引き際
崩れた土がまだ落ち切らないうちに、魔物は踏み込んだ。
迷いがない。
さきほどまでの様子見とは違う。
アレンの呼吸の乱れ、足の震え、その一瞬の遅れを読んでいる。
爪が振り下ろされる。
アレンは受けるが、衝撃が腕を痺れさせる。
剣がわずかに弾かれ、体勢が崩れる。
セインが火を放つが、湿った空気で勢いが削がれる。
火は鱗を焦がすだけで、止めきれない。
「いける……!」
アレンは歯を食いしばり、踏み直す。
今度は低く、腹側を狙う。
刃が深く入る。
確かな手応え。
魔物が低く唸る。
血が落ちる。
万全なら、押し切れる。
連携もある。
地上での消耗がなければ、足場を確保できれば、勝てる。
だが通路が鳴る。
上層が薄い。
魔物があえて後退し、足場を崩す。
土が揺れ、アレンの踏み込みが鈍る。
甲殻虫がまた壁から落ち、視界を奪う。
スライムが足裏に絡む。
「セイン、光を!」
光が強まる。
だがその一瞬、魔物は横から入った。
爪が脇腹を裂く。
アレンの息が止まり、声が漏れる。
「……っ!」
セインが駆け寄るが、足を滑らせる。
魔物は退かない。
今度は首を狙う。
剣が受ける。
金属が軋む。だが力が足りない。
連戦の疲労が、腕を削っている。
そのとき、入口の方から足音がした。
荒い呼吸と、重い踏み込み。
「下がれ!」
エドリックの声だった。
一瞬、アレンの顔が明るくなる。
その瞬間、魔物は踏み込んだ。
判断の遅れは刹那だが十分だった。
爪が胸を抉る。
空気が抜ける音がし、血が通路に広がる。
「師匠……」
剣が落ちる。
セインが叫ぶ。
光が乱れ、火が暴れる。
だが足場が崩れ、彼女は膝をつく。
魔物は振り返らない。
尾が振られ、セインの体が壁に叩きつけられる。
息が止まり、光が消える。
通路は急に暗くなる。
入口に立つエドリックは、その光景を見た。
アレンが崩れ、セインが動かない。血の匂いが濃い。
「……引き際か」
理性が言う。
傷は深い。
王との連戦だ。
ここで引けば、生き延びられる。
だが足が動かない。
エドリックは踏み込む。
短剣を構え、一直線に走る。
魔物は向き直る。
今度は余裕がある。
地形は味方。
共生の虫が再び壁から落ち、足場が軋む。
エドリックは低く滑り込み、目を狙う。
刃が浅く入る。
確かな痛みを与える。
魔物が唸る。
だが一撃では足りない。
通路が鳴る。
上層が崩れ、土が落ちる。
エドリックはかわすが、遅れる。
爪が肩を裂き、体が壁に打ちつけられる。
息が抜ける。
「くそ……」
立とうとする。
足が言うことを聞かない。
魔物が近づく。
目は冷静だ。
怒りではない。
観察している。
エドリックは短剣を握り直す。
「客が、長居しすぎたな……」
踏み込む。
だが速度がない。
魔物は半歩ずれ、顎を振るう。
刃が外れ、喉元に影が落ちる。
通路の奥で、百足の殻が軋む。
支柱が鳴る。
次の瞬間、血が土に落ちた。
地下は静まる。
魔物は三つの死体を見下ろす。
人間は弱くない。
連携し、狙いを定め、地形を読む。
危うかった。
背骨の付け根が脈打つ。
理解する。
地上の獣とは違う。
彼らは巣を壊せる。
遠くで、黒角熊が一度だけ吠えた。
地下の振動が、それに応えるように返る。




