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灰森の巣竜  作者: AI太郎
世界侵食
134/149

蒼の底

水の音がしていた。


まるで呼吸のような、ゆっくりとした揺れだった。


 市街区の中心に立っていたガルド・ベレドは、その音を聞いた瞬間に、背筋へと走る違和感を抑えきれず、ゆっくりと視線を上げる。


「……湖、かよ」


 そこはすでに帝都ではなかった。


 市街区を取り囲む四方すべて。


 見渡す限りの水。


 建物の外縁はすでに消え、石畳の先はそのまま水面へと沈んでいる。


 地底湖。


 いや、そんな規模ではない。


 水平線が見える。


 地下であるはずなのに。


「……はは」


 乾いた笑いが漏れる。


 思い出したからだ。


 あの時の光景を。


 蒼湖の王。


 自分が率いていた黄金牙傭兵団を、何も残さず潰した存在。


 あの時と、似ている。


 違うのは――


「まだ、静かだってとこか」


 だが、その静けさが逆におかしい。


 この規模の水域で、何も起きないはずがない。


 そして――


 来た。


 水面が、揺れる。


 小さく。


 だが次の瞬間、同時に“無数”に。


 水が弾ける。


 飛び出す影。


 魔物。


 しかも――


「……灰森の、魔物?」


 ありえない。


 本来、水中では生きられない種ばかり。


 狼型。


 甲殻種。


 虫系。そして竜蜥種。


 それらが、水から“普通に”這い出してくる。


 濡れているだけで、弱体化の様子もない。


「なんだよ、それ……」


 その瞬間、悲鳴が上がる。


 市街区に残されていた人々が、次々に襲われていく。


 逃げ場はない。


 背後は水。


 前は魔物。


 完全な孤立。


「高所へ上がれ!」


 ガルドが叫ぶ。


 反射だった。


 指揮を取るのはもう自分ではないはずなのに、それでも身体が動く。


 冒険者たちが応じる。


 数は少ない。


 だが、戦える者たちだ。


 その瞬間、最前列の一体が踏み込むと同時にガルドの剣が振り抜かれ、首ごと斬り飛ばされた魔物の体が水面へと叩きつけられる。

 しかしその断面はすぐに崩れ、まるで“溶ける”ように水へと戻り、その場に新たな個体が浮かび上がる。


「……は?」


 違和感。


 いや、確信。


「生き物じゃねえ」


 これは個体ではない。


 “得体の知れない悪意”だ。


 その証拠に、動きに個性がない。


 完全に統一されている。


 そして――


「増えてる……」


 倒しても、減らない。


 むしろ、水面から湧き続ける。


 無限ではないのかもしれない。


 だが、それに近い。


「くそったれが……!」


 その時だった。


 空間が歪む。


 水面の上。


 空気が裂ける。


 そして、落ちてくる。


 巨大な影。


 王級頂点種。


 それが、何の前触れもなく出現し、その着地と同時に地面が砕け、建物が崩壊し、周囲の人間ごと瓦礫が押し潰される。

 その衝撃で水面が跳ね上がり、さらに魔物が溢れ出し、市街区の構造そのものが一気に崩れていく。


「……っ、やべえな、これ」


 ガルドは笑う。


 もう理解している。


 これは戦場ではない。


 処理場だ。


 人間を、削るための。


 その時だった。


 視界の端に、人影が映る。


 振り向く。


 そこにいたのは――


「……おい」


 かつての仲間。


 黄金牙傭兵団。


 自分と共に戦い、死んでいった連中。


「……なんで、ここにいる」


 答えはない。


 だが、その姿は明確だった。


 表情。


 傷。


 武器。


 すべてが、記憶通り。あの時の絶望の表情をしている。


 そして――


 動く。


 こちらへ。


 剣を構え。


「……そういうことかよ」


 理解する。


 深蒼界主。


 この戦場の本質。


「喰ったもん、全部コピーできるってか」


 笑う。


 声が出る。


 乾いている。


 だが、止まらない。


「悪趣味にも程があんだろ……!」


 踏み込む。


 剣を振るう。


 だが、その刃が届く前に、視界が揺れる。


 重い。


 足が、沈む。


 水ではない。


 魔力だ。


 この空間そのものが、沈み始めている。


「……ああ」


 理解する。


 ここはもう、逃げ場じゃない。


 選択肢もない。


 あるのは――


「終わりだな」


 かつて見た光景。


 蒼の底。


 仲間が消えた場所。


 それと、同じ。


 いや、それ以上だ。


 そして、視界の中で、仲間たちが踏み込んでくる。


 剣が振り下ろされる。


 避けることもできる。


 だが――


 しない。


「……おれも、そっちにいけるんだろ?」


 最後に、笑った。


 そのまま。


 視界が、黒に沈む。


 水音だけが、残った。

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