天堕
もはや核は、隠れていなかった。
分散していた魔力の流れ、その歪み、その中心、その“重さ”を辿ることで、皇帝バハムート八世は一切の迷いなく核を守る水膜へ到達し、そのまま剣を振り抜く、水の構造が根元から断たれ、核が露出し、蒼湖の王の制御が崩壊する。
湖は、もはや戦場ですらなかった。
ただの水が崩れ落ちる。
再構築の兆しはない。
すでに勝敗は決していた。
「終わりだ」
皇帝が踏み込む。
そのまま核へ至るため、完全な消滅へ向けて剣を振り下ろそうとした、その瞬間。
空に、落ちた。
音はない。
衝撃ない。
“世界が反転”した。
皇帝の身体が、地面から切り離される。
単純な重力操作ではない。
ましてや引力操作でもない。
空間そのものが“上”へ反転したことで、彼は地上から切り離され、空へと“落ちていく”。
その先に、いた。
「――来たか」
蒼い空を裂くように立つ影。
人型。
だが人ではない。
背から展開された翼は刃のように細く鋭く、紫晶を帯びたその構造は羽ではなく“武器”であり、その周囲の空間そのものが歪み、気流が意思を持つかのように渦巻いている。
翼天界主。
”空”そのものを支配する存在。
その視線が、皇帝を捉える。
次の瞬間。
空間が、止まった。
簡単に動ける。
しかし不自然すぎる現象。
そして世界は“切断可能な状態”へと変質した。
見えない刃が空間を走る。
皇帝の身体を断ち切るためではない。
逃げ場を奪うため。
だが。
皇帝は、笑っていた。
「ただの王級頂点種ではないな。もっと異質な何か・・・」
踏み込む。
足場はない。
重力も意味を持たない。
だが彼は空間そのものを蹴るように加速し、停止した領域へ真正面から突入すると同時に剣を振り抜き、その一閃だけで空間の固定を破壊し、不可視の刃ごと領域を粉砕する。
その衝突で、空が裂ける。
だが。
それは始まりに過ぎなかった。
直後。
地が、鳴る。
「……なんだ……?」
「……地面が……」
長城の兵士達が、震えに気づく。
次の瞬間。
空が、燃えた。
“質量を持った光”が、空を埋める。
無数の光点。
いや。
隕石。
「馬鹿な……」
「――星砕天堕……ッ!」
誰かが叫ぶ。
それは土属性最上位魔法。
星砕天堕。
天より星を引きずり落とし、戦場そのものを破壊する殲滅術式。
空が、落ちる。
一つではない。
十は軽く超えるだろうか。
数えきれない質量が大気を焼きながら降下し、落下の軌跡だけで空気が圧縮され、衝撃波が地表を削り取りながら長城の壁面を叩き、兵士達が吹き飛ばされる。
「退避しろォォ!!」
「防壁展開!!間に合わねえ!!」
戦場は、一瞬で崩壊する。
王級頂点種の戦いではない。
これは。
界主の戦争。
その只中に、人類は立っている。
そして。
空の中。
皇帝は落ちていた。
その頭上。
最大の質量。
他の隕石とは比較にならない、空そのものを引き裂くほどの巨大な塊が、一直線に彼へ向かって降下してくる。
それは回避不可能。
受ければ、終わる。
だが。
皇帝は、剣を構える。
「――この術を使える者がまだいたとは」
踏み込む。
落下しているにも関わらず、彼の速度はそれを上回り、隕石へ向かって“下降”すると同時に剣を振り抜くことで、衝突した瞬間、巨大な質量が中央から完全に断ち切られ、内部の熱と圧力が一気に解放されて爆発し、その余波だけで周囲の隕石群が弾き飛ばされながら軌道を崩す。
その中心で。
皇帝は、立っていた。
空中に。
崩壊した隕石の残骸の上に。
そしてその前に。
二つの影。
翼天界主。
魔人界主。
空域。
地脈。
二つの支配領域を持つ存在が、同時に皇帝へ視線を向ける。
「――ようやくか」
皇帝が笑う。
「遅いぞ。化け物ども」
次の瞬間。
空が歪む。
地が鳴る。
二柱の界主が同時に動き出す。
そして。
皇帝が踏み込む。
その衝突で。
世界が、軋んだ。




