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灰森の巣竜  作者: AI太郎
世界侵食
114/152

戦場を喰らう王

長城の上では、すでに号令より先に悲鳴が走っていた。


翼王が最初に到達し、その直後に断牙の王が正面城壁へ突入、さらに翠角の賢王と紫晶黒鉱兵が別方向から戦場を侵食し、少し遅れて毒海の八首が毒霧ごと北面へ流れ込んだことで、人類側は最初の数分だけで「一つの大戦場」を五つの災害へ引き裂かれる。


王級頂点種は灰森の竜巣における遊撃戦力であり、それぞれが独立して戦場を壊せる存在だが、今まさにその性質が最悪の形で長城へ叩きつけられていた。


「右翼上空、再接近!」

「南正門前、断牙の王を確認!」

「北面、毒霧侵入! 防護結界をもっと広域に広げろ!こっちにまで霧が来るぞ!」


報告が重なり、どの声も最後まで届かない。


帝国軍は確かに長城そのものを巨大な防衛機構として築き上げていたが、それでも今長城が崩れていないのは、ここに集められているのが北方帝国の中核戦力と、各国から招集された精鋭、それに灰森を実際に見て帰ってきた者達だったからだ。


空が裂ける。


翼王が雲を割って急降下し、そのまま長城上を薙ぎ払うように通過した瞬間、風圧が刃となって砲座を切断し、魔導砲の砲身と兵士の身体がまとめて吹き飛びながら石壁へ叩きつけられる。


さらに一拍遅れて衝撃波が広がり、長城上の旗が一斉に裂けると同時に、詠唱中だった魔導兵達の陣形が丸ごと崩れた。


「隊列を詰めろ、空を見るな!」

「見なきゃ死ぬだろうが!」


アルヴァレクが怒鳴り返した瞬間、翼王はすでに再上昇していた。


速い、では足りない。


見えた時にはもう遅れ、通過した後に初めて“何が壊されたか”が分かる類の速度であり、前代の翼王と同じ王位を継いだ存在だと理解していても、その戦い方は別種に見えるほど苛烈だった。


リディアは空中へ複数の魔法陣を展開し、空気中の水分を凍結させて上空へ白い結晶帯を走らせるが、翼王はその障害すら踏み台にするように軌道を変え、直後には別の角度から長城へ突っ込んでくる。


「右から落ちる!」

「ドゥーガ、前に出ろ!」


ドゥーガが大盾を掲げて跳び出すと同時に、翼王の衝突が真正面から叩きつけられ、盾の表面に罅が走り、足元の石が砕けながら長城の縁まで押し込まれる。


しかしその一瞬だけ軌道が鈍ったことで、アルヴァレクの踏み込みが間に合った。


重力を纏った斬撃が空へ振り抜かれ、その一撃が翼の下側を掠めるように走ったことで、紫の血が細い線を描きながら落ちる。


「通ったぞ!」

「浅い、まだまだ気を抜くな!」


そのやり取りを置き去りにするように、今度は正門前の大地が爆ぜた。


断牙の王が土煙を裂いて突撃し、そのまま重装騎士の盾列へ激突した瞬間、衝突した前列が鎧ごと跳ね飛ばされ、砕けた槍と血が空中で混じり合いながら長城前の泥へ散る。


巨躯の灰王狼が着地した地点では地面そのものが抉れ、次の踏み込みのために全身の筋繊維が一度だけ沈み込むのが見えた。


「来るぞ、二撃目だ!」

「正面を固めろ、だが横は捨てるな!」


ガルド・ベレドが前へ出る。


巨大盾を地面へ叩き込み、その左右に黒鋼騎士団の重装兵が楔形に隊列を組んだ直後、断牙の王は真正面から再加速し、牙と前脚の連撃で盾列を削りながら無理やりこじ開けようとする。


衝突だけで数人が潰されるが、今回はそこで終わらなかった。


第一波を受けた後方から鎖付きの杭が射出され、断牙の王の横を狙って地面へ突き刺さり、さらに左右から騎士達が半円状に広がって突進線を狭め始める。


「助走を取らせるな!」

「囲め、外へ出ろ! 長城の中で走らせるな!」


ガルドの判断は早かった。防壁の手前で受け続ければ、断牙の王は長城そのものを踏み台にして何度でも加速できる。


ならば逆に、あえて前へ出て包囲し、直線を短くするしかない。


だが理屈が正しくても、相手が断牙の王である以上、それを完成させるまでに払う代償は重い。断牙の王は騎士が一人飛び込むごとに一人を噛み砕き、一列狭まるごとに爪で二人を裂き、そのたびに隊列の穴へ別の騎士が飛び込んで埋める。


「まだ足りん、もっと詰めろ!」

「団長、このままじゃ――」

「分かっている、だから俺が前にいる!」


一方、西面では戦場の色そのものが変わっていた。


翠角の賢王が角を掲げ、地脈へ魔力を流し込んだ瞬間、長城外の平野に残っていた草地と林が一斉に成長を始め、根が地面を押し割り、棘枝が槍のように突き上がりながら聖域魔導団の前衛を串刺しにする。


さらに後方へ下がろうとした魔導士達の退路まで樹壁が塞ぎ、そこへ降り注ぐ魔力波が結界を軋ませ、整然としていた詠唱陣は瞬く間に樹海の牢へ変わった。


「結界が持ちません!」

「保て、崩れた瞬間に飲まれる!」


セラフィナ・ルミエールは退却を選ばなかった。賢王の領域形成は速いが、逆に言えばその速度を維持するには莫大な魔力供給が必要になる。


聖域魔導団は対軍ではなく対災害を想定した魔法体系を秘匿してきた集団であり、その本質は“相手より高位の術で押す”ことではなく、“相手の術式を長期的に殺す”ことにある。セラフィナが杖を振り下ろした瞬間、白金の火が戦場へ走り、樹海と化した平野の一角が轟音と共に焼け落ちた。


「燃やせ!」

「森そのものを削る、一本ずつ相手にするな!」


魔導士達が火炎陣を重ね、再生するより早く焼却範囲を広げていく。だが賢王もまた黙ってはいない。角から放たれた緑光が地面を走った瞬間、焼け落ちたはずの黒い土の下から新たな根群が生え、火炎陣を裏側から食い破るように突き上がる。その光景を見たセラフィナは、焼くだけでは足りないと理解した。


「地脈ごと絶つしかないわね」

「やれますか」

「やるの。やらなければ、ここは森になる」


北面では、毒海の八首が戦場そのものを腐らせていた。


八つの頭が別々の角度から毒霧を吐き散らし、触れた鎧は青黒く泡立って崩れ、地面は液状化して兵士の脚を奪う。さらに切り払ったと思った首が新たな肉を蠢かせて伸び始めたことで、普通の攻撃では勝てないと全員が悟る。


「首を落としてもすぐに再生するぞ!」

「再生が速すぎる……!」


ここで前へ出たのは国家軍ではなく、冒険者達だった。


天頂の七星のレグナートが剣を構え、その左右へ影潮衆が音もなく散り、さらに後方には他国の冒険者達が毒対策の布と火炎瓶を抱えて待機する。


影潮衆は前回の侵攻で八首の頭部の一つを持ち帰っており、その解析から“切り落とした首を焼けば再生が止まる”という特性を掴んでいた。


「首を落として燃やす、遅れたら終わりだ」

「簡単に言ってくれるな」

「簡単じゃないから、お前らを呼んだ」


毒霧の中へレグナートが踏み込む。


斬撃が一つの首を断ち切り、同時に影潮衆の二人が飛び出して油瓶を叩きつけると、直後に別の冒険者が火球を投げ込み、切断面ごと燃え上がった首が初めて“戻らずに”地面へ沈んだ。


「効いたぞ!」

「次だ、欲張るな、一つずつ燃やせ!」


しかしそれで優勢になったわけではない。八首は残る七つの頭で即座に距離を取り、毒沼を広げながら近接に踏み込んだ者達の退路を消しにくる。攻略法は見えたが、実行するたびに誰かが毒を浴び、誰かが足を取られ、誰かが次の首へ届く前に弾き飛ばされる。


そして最も重い戦場は、南東の破砕域にあった。紫晶黒鉱兵がゆっくりと前進し、その一歩ごとに地面と金属が共鳴するように震え、周囲の武器屑と砕けた砲座が吸い寄せられながら新たな槍や刃へ組み替えられていく。


人型の核を持つ鎧でありながら、その本質は“戦場に存在する武装を全て支配する城塞”に近かった。


「また増えるぞ!」

「近づけば斬られる、離れれば兵が湧く……!」


ガルド・ベレドはそこで、他の戦場と同じ発想を切り捨てた。


黒鉱兵は再生する。


聖域魔導団の高火力を一時的に借りても核を完全に砕けず、装甲を削っても周囲の金属を取り込んで補う以上、“倒す”を目的にした瞬間に人類側が先に息切れする。


だが同時に、黒鉱兵にも欠点はあった。賢王のように広域の戦場を一撃で呑み込むような術を持たず、目の前の敵を確実に押し潰すことに長ける代わりに、断牙や八首のような瞬間制圧は出来ない。


「……なら、足を止め続ければいい」

「勝つんじゃなく、縫い付けるのか」

「そうだ。こいつにはこの戦場を一気に食うことはできない」

「せいぜい、あいつらの仇討ちといかせてもらおう」


ガルドが前へ出ると同時に、黒鉱兵は大剣を形成して振り下ろし、その一撃だけで地面が砕け、周囲の兵士が吹き飛ぶ。


しかしガルドは退かず、盾と剣を交差させてその軌道を外へ流し、直後に後方の砲撃隊が露出した関節部へ集中射を浴びせる。致命にはならない。だが前進は一瞬止まる。


「そのまま固定しろ!」

「二歩進ませるな、一歩止めれば十分だ!」


こうして長城決戦は、進む。しかし、その時点でなお、戦況全体を見れば主導権は灰森にあった。翼王はまだ空を支配し、断牙の王は騎士団を押し込み、翠角の賢王の森は燃えながらなおも広がり、八首の毒はじわじわと冒険者達を削り、黒鉱兵は縫い止められながらも崩れない。


長城は持っている。

だが、まだ押し返してはいない。


そしてその全てを、遠く最深層から眺める視線があった。竜は戦場の流れを読み、主は各王級頂点種の消耗と人類側の適応速度を測っていたが、この時点ではまだ前線へ干渉しない。


ただ一つ、コアだけが静かに呟く。


「……思ったより、消耗が早い」

竜は答えない。

「でも、まだ間に合う」


その言葉が何を指しているのか、この時点で人類側に知る者はいない。

ただ戦場だけが、次の段階へ進もうとしていた。

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