次代の王
帝国前線基地。
魔力観測装置が、異常を示していた。
「……反応、消失?」
観測士が震える声で呟いた直後、背後に立つ騎士団長パドリック・カイゼルが低く返す。
「どの個体だ」
「蒼湖の王……それと、灰森の翼王です」
その場の空気が変わる。
「同時に、か?」
「はい……完全に消えています。残滓すらない」
消滅ではない。
“途切れた”という感覚だった。
カイゼルは一瞬だけ考え、すぐに判断を下す。
「……確認する」
「蒼湖の方だ。あれは固定領域型のはずだ。手がかりは必ずある。」
「はっ!」
部隊が動き出す。
翼王は後回し。
森を自由に飛び回る彼の竜は追えない。
だが湖は違う。
そこに“ある”。
だからこそ、調べられる。
森の北部にある湖。
静かだった。
かつてのような濁った水流も、捕食の気配もない。
だがその静けさは、やはり不自然だった。
「……魔力、濃すぎる」
前衛の冒険者が低く呟く。
湖面は鏡のように静止している。
だがその下で、何かが“圧縮されている”のがわかる。
「踏み込むな」
「様子を見る」
騎士団が制止した直後――
湖が、割れた。
中心から水が持ち上がり、そのまま巨大な柱のように立ち上がると、内部で渦が高速回転しながら周囲の水を引きずり込む。
「来るぞッ!」
次の瞬間、水柱が崩れ落ち、その流れが一斉に前方へ押し出されると、地面ごと削り取りながら冒険者達を呑み込もうと迫る。
衝突した水流が岩盤を削り、地面が抉れ、後方の樹木がまとめて薙ぎ倒される。
「散開!!」
だが、その“攻撃”は止まらない。
水は形を持つ。
槍のように、刃のように、あるいは渦として。
「……違う」
魔導士が息を呑む。
「前の個体じゃない……」
湖面が再び隆起する。
そこに、“意思”が現れる。
以前の蒼湖の王は、ただひたすらに待ち“捕食する湖”だった。
だが今、そこにあるのは――
明確な ”敵意” 圧倒的な“制御”。
水が意思を持ち、役割を持ち、戦場を組み立てている。
「これは……新たな王か」
騎士団長が低く呟く。
その瞬間、湖全体がゆっくりと回転し始める。
「撤退だ」
「これは調査対象を超えている」
誰一人反論しなかった。
あれは“湖”ではない。
古城遺跡からの帰還路。
レグナート率いる探索隊は、無言で森を進んでいた。
紫晶黒鉱兵との遭遇。
あの情報だけでも十分すぎる成果だった。
「……空、静かすぎないか?」
誰かが呟く。
その瞬間――
空が、落ちた。
上空の空気が歪み、次の瞬間、巨大な影が地面へ叩きつけられるように降下し、その衝撃だけで周囲の木々が根こそぎ吹き飛ばされる。
地面が陥没し、爆発のような衝撃が走る。
「伏せろ!!」
全員が地面に張り付く。
直後、風圧が遅れて叩きつけられ、地表の土と破片が一斉に吹き飛ぶ。
だが――
「……あれは?」
レグナートが顔を上げる。
視線の先。
そこには
翼王がいた。
だがその姿は、以前と違う。
より鋭く、より軽く、より――
暴力的。
そして
その視線は、こちらを見ていなかった。
「……戦ってる?」
別の隊員が呟く。
翼王の前にいたのは、巨大な竜獣種。
だが次の瞬間、翼王がわずかに姿勢を変えたかと思うと、その巨体が消え、直後には竜獣の身体が空中で引き裂かれながら吹き飛ぶ。
衝突した肉片が地面に叩きつけられ、周囲の地形が砕ける。
「……一方的だ」
翼王は止まらない。
再び上昇し、次の瞬間には別の個体へと突撃する。
その速度は視認できない。
ただ結果だけが残る。
「……絶対に見つかるな」
レグナートが低く言う。
「息を殺せ」
「動くな」
隊員達が完全に静止する。
その間にも、蹂躙は続く。
翼王は楽しんでいた。
狩りではない。
戦闘でもない。
“破壊そのもの”を。
「……違うな」
レグナートが呟く。
「あれは、確認されていた王級頂点種じゃない」
かつての翼王は空を支配していた。
だが今、目の前にいるのは――
「戦うために生まれた個体だ」
その言葉が終わる前に、翼王が一瞬だけこちらを向く。
心臓が止まる。
だが次の瞬間、興味を失ったように再び別の獲物へと向かう。
「……助かったな」
誰も声を出さなかった。
ただ、生きていることだけを確認する。




