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  帝国の運命

その日、帝国を喜びの声が覆い尽くした。

その喜びの中心は、帝国の中心である王宮だった。


皇妃リリス懐妊。


若く偉大なる皇帝カルロは、ただ一人の皇妃だけを愛した。

他国の王族の婚約者であった彼女を皇太子時代に見初めた皇帝カルロは、叶わぬ想いだとそれを秘め、強大な帝国を護る為にも次代を生み出さねばと伴侶を得ようとしていた。

そんな中、皇帝カルロの想い人は突然、国を追われ帝国へと逃れてくるという事件があった。

その国でも重鎮として代々仕えてきた一族の娘だった皇妃は、冤罪によって一族郎党ことごとくを処刑しようとした企みから辛うじて逃げ延びた。

その話を耳にすることが出来た皇帝カルロによって救いの手は差し伸べられ、皇妃とその一族達は皇帝の庇護を得ることが出来た。

聞くに堪えない横暴が彼女の故郷では行われ、多くの貴族が王家によって断罪された。

それは、たった一人の少女が切っ掛けで起きていた。

まるで、帝国に代々語り継がれるであろう伝説となった『魅了の魔女』のような、その少女。

皇帝カルロは、愛しい女性の為、隣国の苦しむ民達の為、そして災いの種でしかない『魅了の魔女』らしき少女の被害者をこれ以上増やさぬ為に、立ち上がることを決意した。

『魅了の魔女』の力を防ぐ方法を探り、隣国の現状を探り、準備を整える為に数年の時間を要した。

その間に、その当時はまだリリアーナという名前であった女性に、皇帝カルロは求婚し妻とした。

けれど、故郷を案じる彼女の不安の内の為か、彼女が皇帝の子を宿すことはなかった。

貴族達はそんな彼女に不安を覚え、皇帝に側妃か妾妃を娶って子を成す様にと勧めたが、皇帝はそれをガンとして聞き入れなかった。

国を追われて不安を抱く妻の為にも、そして自身が彼女以外を愛せないという理由で、皇帝は貴族達の進めを退けた。


そんな不安を向けられて皇妃リリスも、『魅了の魔女』の処刑が終わり安堵を抱くとほぼ時を同じくして、医師によって懐妊が確認された。

不安を訴えていた貴族達も、偉大なる皇帝の跡目を望んでいた民達も、そして皇帝も、大いに喜び、皇妃を讃えた。



「おめでとうございます、皇帝陛下。皇后陛下。」

王宮では早速、祝いの晩餐会が催された。

妊婦の体によいとされる食材などをふんだんに使用した食事の数々が、皇妃の懐妊を王宮の隅々までが歓喜していることを示していた。

食事の時間が終われば、招かれた貴族や官吏達は侍従達の案内によって大広間へと移動し、親しい友人などとの歓談を楽しんだり、王宮楽団の演奏に合わせてダンスを踊ったり、と各々自由な一時を満喫する。

彼らに遅れるようにして、皇帝夫妻が広間に姿を見せれば、次から次へと挨拶と祝いの言葉を皇帝夫妻へと捧げていったのだった。


「おめでとうございます、兄上。」


先帝の時代から国を支えた老貴族達や、現在の国政を担う重鎮達、皇帝や皇妃と直接関わることの多い官吏などが次々と挨拶した後、ようやくキースの番が巡ってきた。

本来、何の地位も爵位も持っていないキースはもっと後、最後から数えた方が早い順番でしか皇帝夫妻の前に姿を見せることは出来ない筈だったが、キースを可愛がる重鎮達がそれを許して背中を押し、若い官吏や貴族達がしょうがないと頷いてみせたのだから、行くしかなかった。

「ありがとう、キース。」

弟の言葉にカルロが答えると、その隣で顔を緩ませて幸せそうにしているリリスがカルロと同じ言葉を口にして、微笑みかけた。


「派遣の準備は整ったか?」


「皆が手伝ってくれていますので、今すぐにでも出立する事が出来ます。」

兄上の友人殿がとても有能で支度の際にも大変に助けられています。


そう言いながらもキースが少しふて腐れてみせるのは、カルロが侍女達にも騎士達にもその件について通達しておいてくれなかった為に、キース自身から支度を頼み説明する度に「寂しくなる」と泣かれる羽目になっているからだった。

上座に用意された長椅子に妻と共に腰掛けている皇帝と、向かい会っているキースの背後からざわめきが聞こえてきた。

「…もしかして、」

「あぁ、皆にはまだ言ってなかったな。」


含み笑いをみせたカルロが立ち上がると、ざわめきはなりを潜めた。

「リリス。君の為の席だが、少し場を借りてもいいだろうか?」

「そのようなことをお聞きにならずとも、この場は私ではなくカルロ様とカルロ様の御子を讃える為の場ですもの。私の許しなど必要ありますのかしら。どうぞ、カルロ様の御心のままに。」

ありがとう、と腰を屈めて口づけを送ると、カルロは動きを止めて注目する者達に一瞥を送り、口を開いた。


「このキースをグランデ侯爵家の跡目とすることとした。そして、これの見聞を広める為に数年、西の大陸に行ってもらうことにした。」


それは、大きなどよめきを生んだ。

全ての者達が驚き、戸惑いを露にする。


そして、そんな人々の反応に、リリスも驚いた。

貴族たる者、人前で感情を露にしてはならない。

動揺など、見せてはいけない最たるものだろう。

何より、リリスとそう年の変わらない若い者ならまだしも、経験豊かな歴戦の猛者という風体の重鎮達が率先として驚き、戸惑い、皇帝に苦言を呈してもいるのだ。


「陛下!キース様はまだ子供の域を出ておりません。そのような方を他国ならばまだしも、西の大陸に向かわせるなど…。」

「これの経験の為だ。それに、信頼出来る部下を二人つける。可愛い子には旅をさせろ、と息子、孫を傭兵にして国から一度は追い出すというゲルロラン侯爵家の当主が何を言う。」


玩具で遊ぶ子供のような笑みを浮かべて、カルロは彼の剣の師である侯爵の苦言をあしらう。


「グランデ侯爵!抜け駆けなど、卑怯ですぞ!!」

「いやいや、抜け駆けなどではありませんぞ?私はただ、跡目が居らず爵位を返上せねばならないことをお詫びに上がったまで。優しき陛下が我が家に慈悲を与えて下さったまでのこと。」

「いいや、抜け駆けだ!ワシだって、姫を孫の嫁か、キース坊を孫娘の婿に、と思っても我慢しておったというのに!!」

子供がじゃれあっているかのような口論を、場も弁えずに堂々としてのけている老貴族達の光景にも、リリスは言葉も無く驚いていた。


皇帝への苦言にも口論にも参加しない者達も、やれやれと肩を竦めてみせた大人びた少年へと詰め寄り、大丈夫なのか、とか、あれやこれやを持って行きなさいと助言をしていた。その表情は一様に、心配を露にしている。


「そもそも、陛下はお酷い!姫の御結婚を勝手に決められ、ワシ等に別れの挨拶もさせてはくれなんだ!」

「教えたら、絶対に邪魔をするだろう。」

「姫に相応しからぬ者ならば当たり前のこと。」

今からでも遅くはない、と鼻息を荒くする老人。

皇帝カルロは面白そうにその様子を見下ろしていた。



自分の許しを得る必要はない。

この場の主役は、皇帝であり、まだ腹の中にいる性別も分からない子供だと言った。

でも、なんなんだろうか。

皇妃リリスは、多くの人が集まり、賑やかなこの場で、隣には愛しい夫が立っているというのに、どうしようもない孤独の中に落とされた気がした。

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