え、乙女ゲーム? 下
それから約一年が経って、今日、渡辺愛美が転入してくる日になった。
「転入生の渡辺愛美だ。皆、仲良くするように」
担任にそう言われて教室に入ってきたのは、天使のような女の子だった。ゆるふわの金髪に、少したれ目の碧眼。後ろに羽でも生えてないか、ついつい見てしまうような、ほんわかした感じの、そう、見た目だけならば守ってあげたくなるようなタイプの子。
教室内の男子は彼女にほぼ全員見惚れてて、女の子は何かしらの危機を感じたようで、すこしばかり警戒している気がした。
「席は雑賀の隣だ。ほれ、そこな」
「はい。渡辺愛美です。皆さん、これからどうぞよろしくお願いします」
席の場所を言われて、彼女は自己紹介を軽くした後、私の隣の席に座った。一応、挨拶だけでもしておこうかな。
「私、雑賀莉羽よ。これからよろしくね。渡辺さん」
「よろしくね、莉羽ちゃん」
わお。初対面なのに、いきなり名前のちゃん付けとか。これ、私も名前呼びにしたほうがいい感じ?
「愛美ちゃん、午後は空いてる? 私、学園内を案内してって言われてるの」
「うん、大丈夫! 案内してくれるのすごく楽しみ」
「じゃあ、ホームルームが終わったら行こう」
今日は土曜日で午前中に授業が終わるのよ。朝、教室に来たら、担任に案内してって頼まれたのよね。サポートキャラとしているから、必然なのかもしれない。
「ここが食堂よ。寮で作ったお弁当を持ってくる子もいたり、そうじゃない子はここで頼んだりして食べるの」
「そうなんだ。じゃあ、私はお弁当にしようかな」
「愛美ちゃんって料理できるんだね、すごい」
「えへへ。今までもお弁当は自分で作ってたから。慣れちゃったのよね」
へえ。家庭的なのかな。私は毎日ルークスのお弁当を食べてるけど。自分でも作れるけど、私、低血圧だから朝はちょっと弱いのよね。別に言い訳なんかじゃないよ?
ああ、でも。そういえば、お弁当を中庭で食べさせるスチルがあるんだっけ。だからお弁当作れるくらいの料理の腕があるのかしらね。
「こっちは購買。あっちの階段上がれば職員室。あ、ここは知ってるか。あとは、三階の奥に生徒会室があるから、何か問題が起こったら行くといいかな。あとは、向こうの別棟に選択授業の教室があるの」
「そうなんだあ。わたし、覚えるの苦手だから、頑張って覚えるね」
「慣れるまでは私が案内するから」
「ありがとう。莉羽ちゃん」
そう言って微笑む姿は聖女のよう。これで魔王が出たら、まんま聖女になるわけだけどね、この子。でも、それは面倒だから、なんとしてもバッドエンドは阻止しなくちゃね。
そんな感じで私と愛美ちゃんは、いつも一緒にいるようになった。愛美ちゃんは私のことを親友だと言いはじめ、誰々は自分のことをどう思っているのかと聞いてくるようにもなって。彼女は次々とイベントを引き起こしては正解の言葉を言うものだから、今では逆ハー状態っていうのになってるのよ。私も家に帰ればそんな感じだけどさ。
だけどまあ、学園中の女子生徒はあまり面白くないようで。まあ、それもそうよね。ファンクラブまである攻略対象者達を侍らせてるんだもの。
「俺の愛美。今日のお弁当はなんだ?」
「俺の女神。さあ、そんな男は放っておいて東屋へと行きましょう」
「愛美ちゃん、俺と行こうよ。今日はカップケーキの差し入れもあるんだ。食べよう」
「愛美様、私とゆっくりとした一時を楽しみましょう」
「愛美。もちろん俺の分も作ってきてくれたんだろう? 食べさせてくれ」
「愛美先輩! 僕のからあげと愛美先輩の卵焼き、交換してほしいな」
愛美、愛美、愛美。恋は盲目というのは本当か。隣にいる私のことは視界に入ってないみたいよ。そんな六人を上手に返答して捌いている愛美ちゃんはすごい。容姿は天使みたいなのに、小悪魔だったのね。
というか、この状態って、いいのか悪いのか判断に迷うわね。逆ハーなんてできる仕様ではないって、アラリスが言ってたから。
楽しそうな毎日を送る愛美ちゃん。私は毎回色々連れまわされててちょっとぐったり。一人に絞ってくれた方がいいのに、なんでまるで知っているかのように、攻略対象者達だけを目的にして好かれていくのかしら。
あ、もしかして愛美ちゃんって転生者だったりするのかな。だけど、魂はこの世界の者なのよね。でもなんか違和感があるけども。家に帰ってアラリスに相談すると。
「もしかすると、憑依ってやつかもしれないよ」
「憑依って、霊体が人の体に入り込んで体をのっとることよね。そっかあ。そうすると色々と辻褄が合うのわよね。だって、イベントを起こす前の愛美ちゃんってどこか挙動不審で、終わると今度はすぐに相手がどう思ってるのか聞いてくるし。まるで乙女ゲームをやりつくした感じっていうのかな。言葉の選び方だって正解ばかりだし」
「……今、彼女の過去を覗いてみたけど、学園に入学する前に一度高熱で倒れたことがあるみたいだね。その時に元の体の持ち主は亡くなったみたいだ。そして入れ替わりに魂と霊体が融合したんだね。だから彼女の魂はこの世界のものだけど、どこか違和感があるんだね」
「ふうん」
「だけど、なんで霊体がはるばる地球からこの世界に来たのかしら。それに、霊体の気配もわからなかったわよ」
「それは、地球の神様。つまり僕の父親が元々はこの世界の創造者でもあるから、上手いこと紛れさせたんだろうね。たまにあるんだ。けど、予定外に亡くなる人間ってその世界ではもう居場所がないでしょ。だからここに送り込むんだよ。干渉しやすいからね」
「ふうん。逆もあったりするの?」
「あるよ。だけど、霊体の回収はここ数百年はないかな。天使が持ってきてないし」
なんだかそういったこともしないといけないのね、天使って。てっきり死神とかがそういうことをするもんだと思ってたわ。
それから。
愛美ちゃんは、攻略対象者達全員を相手にして、数々のイベントを起こしてはクリアしていき、卒業とともに全員と婚約をしたみたい。
レフ国って、多夫多妻制だから、結婚しまくれるんだって。なんて愛美ちゃんには都合のいい国なんだろうか。でもまあ、逆ハーエンドなんて設定されてないのにできた彼女には賞賛するわ。一応、バッドエンドではなかったから、魔王は出てこなかったし。
でもなんか、疲れた。もう彼女には関わりたくないわね。そんなことを思いつつ、私は家へと帰るのだった。夕食は久々にルークスのポトフが食べたいな。
「そうだリウ、言い忘れてたんだけど」
「なに?」
「今回の乙女ゲー要素のは、一〇〇年周期で発生するように設定されてるから、今後もよろしくね」
「1回じゃないの!? うわあ、もうやりたくないんだけど」
「そりゃ僕もそうだけど、親がやる気あるからね。飽きるまでは手伝ってよ」
「はあ。わかったわ。早く飽きることを祈ってるわ」
せめて一,〇〇〇年周期とかにしてほしかったわね。




