カチュアの恋 続 上
しっとりしとしと。
昼時、台所の窓から外を見ると、雨で濡れたカチュアの姿。
いったいどうしたのかしら。私は急いで結界内に入れるように許可を出す。
カチュアはそれでも入ってこない。その様子が気になった。
「カチュア!」
「リウ……」
「ほら、濡れ鼠になってるわよ。家に入って」
「うん」
私に促されてカチュアは家の中へと入る。
そこへルーが地下倉庫から上がってきたので、タオルと私の服を用意するように頼む。
そして、持ってきてもらった後は、私とカチュアだけのほうがいいと判断して、ルーには自分の部屋に戻ってもらうことにした。
冷え切ってしまった体を温めるために、私は先ほど作っていた暖かい野菜スープをだす。すぐに手はつけなかったカチュアだけど、私の無言の勧めによって、少しずつ口に運んでく。
少し身体が温まってきた頃を見計らって、私はカチュアに問いかけた。
「なにがあったの?」
その問いかけに、どうやって答えような悩んだ様子のカチュア。私はカチュアが話してくれるまで待つ。
「あのさ」
「うん」
「実はさ」
「うん」
「見ちゃったのよね。レックスとニコラが抱き合っているとこ」
それはまた、えらいとこ見ちゃったわね……。私はカチュアの心情を察しておおうと唸る。惚れてる相手が自分でない誰かと抱き合っているのを見たら、そりゃ、こんな状態になるわね。カチュアは項垂れている。
それにしても、この前の話じゃなんだかいけそうって思ってたのに、なんで急に?
「昨日、ニコラから話があるって言われて、約束の時間に教会裏まで行ったのよ。そしたらレックスとニコラが話してるのが見えて。それ窺ってたら」
「そうしたら抱き合い始めたってわけね」
「うん。やっぱり好きな相手とじゃないと、ああいうのってできないじゃない? レックスは結局ニコラを選んだってことでしょ。ニコラはそれを言いたかったのよね、きっと」
でもなんかおかしいわよね。
「でもさ、タイミング良すぎない? 私にはニコラがそれをわざと狙ってたんじゃないかって思っちゃうんだけど」
「あたしも最初はそうだと思ったんだけど、今日レックスと偶然会ったから、とりあえずは普段どおりに挨拶したのよ。そしたらすごいぎこちない挨拶が返ってきてさ。あー、私が気があるの知られてるわけだし、どう答えたもんだか考えてんだなって思うと、なんか辛くて、逃げてきちゃった」
「うーん。たしかにカチュアの話が本当なら、そういうこともあるかもしれないけどさ。レックス本人にはたしかめてないわけでしょ」
「そうだけど、振られる確率が高いのに、わざわざ聞きに行くなんてあたしにはまだ無理よ」
「なら私が聞いてこようか」
「え、でも」
「大丈夫よ。それとなく聞いてみるだけにするから」
私はそう言うと、さっそくポラリスの街に行くことにした。カチュアは私の家でお留守番。ついてくのはまだちょっとって。
街につくと、雑貨屋の前でうろうろしているレックスがいた。なにしてんのかしら。
「レックス。こんなところでなにしてんの」
「リウか。いや、ただ、足りない物を買おうと思い来てみたんだが」
「だが?」
「いや……。その、カチュアはいるかなって」
「ふーん」
カチュアねえ。今頃私の家でパン生地でも捏ねてるんじゃないかしら。思考に耽ると練り物をしたくなるって言ってたし。
というか、レックスってこんなにヘタレっぽかったっけ?
なんか、うろうろしてるから、ミリーさんも気になるのか、窓を隔てた雑貨屋のカウンターから訝しげに見てるわよ。
「とりあえず、話さない?」
「そうだな。ああ。俺もリウに聞きたいことがあったんだ」
レックスはぱっと顔を上げると期待したようにこちらを見る。こりゃ、なんか私の予想通りな感じよね。そうだとしたら、ニコラって。
私とレックスは、教会裏にやってきた。
「ニコラから昨日話があると言われ、ここに来たんだ。そうしたら俺と付き合いたいと言われた」
「へえ。前からニコラが好きだもんね、レックス。それでどうしたの」
「結果から言うと、付き合うことになった」
「へえ……。それでカチュアのことを振るために、雑貨屋の前でうろうろしてたってわけね」
「いや、まあ、そうなんだが」
「なによ。振るなら振るでさっさと言っちゃえばいいじゃない。カチュアだって振られたら次を探せるわけだしさ」
なんだか煮え切らない態度のレックスに私はイライラ。うじうじぐずぐずしてるのは性に合わないのよね。
「私が言ってきてあげようか? ニコラと付き合うから、君とは付き合えないって」
「それはだめだ」
「なんで」
「それは……」
ああもう。
「あんたもしかしてカチュアのことキープしておくつもり?」
「ぐ……」
なにこいつ。図星ってこと?
「それとも二股でもするつもりなの」
「それは、まあ……」
「あんた馬鹿にしてんの。カチュアのことなんだと思ってるわけ。カチュアはあんたの奴隷や玩具じゃないのよ。弄ぶのやめてくれない。カチュアの気持ちを利用して、蔑ろにして、傷付けて。人の気持ちがわからないの」
レックスは俯いたまま私の言葉に反論もせずにただじっと聞いていた。
「はあ。あんたと話してるとイライラするわ。もう話すだけ無駄ね。私帰る。ちなみにカチュアだけど、今私の家にいるから。雑貨屋に行っても会えないわよ」
俯いたままのレックスを置いて、私は雑貨屋に行き、ミリーさんにしばらくカチュアを預かると言い帰った。なかなかいいところもあると思ってたけど、全然駄目じゃない。あいつにカチュアは勿体無いわ。
「てわけ。カチュア、あんたあんな奴さっさと忘れたほうがいいわ」
「……うん」
元気なんかでないわよね。こんな話聞かされちゃ。でも私はカチュアに少しでも早く元気になってほしいから、そうね。傷心旅行にでも行きましょうか。そしたら素敵な出会いがあるかもしれないしさ。
「ね、カチュア。旅行にいかない? こんな時は違う土地に行って、気分転換しなくちゃ!」
「そう、ね。うん。いいかも。行こう!」
どこの国がいいかな。あ、ナンダルがいいかも。新しいラガーや織物、きっとできてるはずだわ。お金はたくさんあるから、豪遊しないとね。ただ、カチュアがいるから、飛んでいくわけにはいかない。私とカチュアはポラリスの門前にある辻馬車乗り場に行くと、さっそく王都を経由して向かう辻馬車に乗り込んだ。
荷物? そんなの、向こうで揃えればいいわよ。持って行くのは武器と食料とお金のみね。
こうして私とカチュアはルーに留守番を任せて、二人だけの突発傷心旅行へと旅立つのだった。




