1 ◇ 男装の麗人と新入生
全32話(執筆済)。基本毎日投稿予定です。
まずはまだベルミーが本性を隠している6話ほど。
のんびりお付き合いいただけたら幸いです。
「あ、あのっ!メリサ先輩……ですよね?
ボク、昨年この中等部の学祭で先輩の魔法実演を見て、先輩に一目惚れしました!
だから、無茶なのは百も承知なんですけど──……
──ボクを『弟子』にしてください!!」
新年度初日の入学式。
上級生の私のことを突然呼び止めてきたのは、私よりも頭ひとつ分は小さい、初々しい新入生だった。
緩く一本に編まれている、黄色みを帯びた薄紅色の髪。
上目遣いで私を見てくる、大きな胡桃色の瞳。
男子の制服を着ていたけど、その子はまるで女子みたいに可愛かった。
入学初日から私に異様に懐いてきたその1学年下の男の子は、子犬のように従順で、子猫のように愛嬌があって、子ウサギのように元気に跳ね回って──
──カワイイ外面で騙して私を利用しようとしてきた、まるで悪魔のような奴だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
◇◆◇◆◇◆◇◆
「キャー!メリサ様よ!今日はまた一段と麗しいわ!」
「あ〜ん格好いい!メリサ様がわたくしと同じ女子だなんて、信じられない!」
「分かる!……っていうか、ねえ聞いて?!
私ついこの間、階段で転びそうになったところをメリサ様に抱きとめられちゃったの!もうあのイケメンっぷりは完全に男子──いえ、性別を超越した王子様よ!」
「キャー!好き!」
「惚れる!」
「はぁ……メリサ王子を見た後だと、男子が全員霞んで見えるわ……。」
「もうわたくし、メリサ様と結婚したいですわ。」
「本当それ!」「私も!」「メリサ王子〜!」
…………聞き慣れた言葉。よく浴びる讃辞。
まあ、悪口を言われるよりは嬉しいけど……だからと言って、そんなに浮かれるほどでもない。
──……私も、同じ『女子』だから。
だから、彼女達の言葉の意味が分かる。
どういうノリなのかが分かる。
彼女達は皆、本気で私に惚れているわけじゃない。
本気で男子よりも私がいい、私と結婚したいとまでは思ってない。
……ただ、私の方が同じ女子だから、男子よりも安心できるってだけ。
どうせ実際は付き合わないから、現実では結婚しないから。だから安心してはしゃげるってだけ。
どれだけ過激なことを言って盛り上がっていても、触れるほど近くに寄ってしまっても。私は男子とは違って、彼女達に勘違いしないから。
私は彼女達に「じゃあ、本当に私と結婚しちゃう?」「そうか。なら私と婚約して。」「そんなに言うならキスしようよ。」なんて、絶対に迫ることはない。
だから彼女達は安心して女の私で、擬似的な恋心や共通の話題で騒ぎたいミーハーな乙女心を、楽しく満たしているってだけのこと。
そんなものだろうと思っているから、別段気にすることもない。
騒がれても適当に聞き流して、声を掛けられたら笑顔で応対すればいい。向こうは向こうで、私に具体的な「何か」を求めてるわけじゃないから。
……所詮、誰も本気じゃない。彼女達の「好き」は、そういう意味。
だから男子達は私を遠巻きにして見たり、陰で変に張り合ったりしないで、普通に過ごしてればいいのに。
彼女達はちゃんと、君達を「婚約者候補」として見てるよ。本当の「恋愛対象」は、私じゃなくて君らだよ。
いつからだっただろう?
中等部学生になった頃にはもう、私はそんな風に考えていた。
◇◇◇◇◇◇
旧王家の長子【メリサ・ハド・ユグマネル】、12歳。
現在の王国が建国される前の、古国の王家の本流。由緒正しい名家に生まれた──……期待外れの『長女』。
「男装の麗人」なんて言えば聞こえはいいけど、実際は「男に生まれ損なった」だけ。
……というか、別に男装まではしてない。ただ男子並に髪が短いってくらい。私は普通に女子の制服を着ている。……まあでも、この短髪も男装に含まれるなら、一応「男装女子」ではあるか。
無駄に由緒正しい家に生まれて……でも残念なことに「男」には生まれなかったから、私は人生の途中まで、男の役割を担わされた。
「仕方ない。こうなったら、お前が次の『ユグマネル家当主』になるんだ。古国の王族の血を継いで、祖伝魔術とユグマネル式剣術を継承するんだ。
そして……いいか。将来的には、お前は婿を取って、絶対に男児を産むんだ。」
って。私は父様からそう言い聞かされて育った。
「……ああ、良かった。あなたが男らしくて。まだユグマネル王家の血は途絶えていないわ。」
……って。男児を産めずに精神を病んでしまった母様が、喜んで落ち着いてくれるから。
私は髪を短髪にして、家ではなるべく乗馬服を着るようにしていた。
……けど昨年、ようやく弟が生まれて、母様の精神が安定したから。
私は昨年やっと、その役割から解放された。
ただ、そうして弟が生まれた頃には、もう私は12歳の中等部学生になっていて──……結局その「男になり損なった」部分が、自分の中でも周りでも、抜けきれずに残ってしまった。
そうして私は「短髪でいること」と「刺繍よりも祖伝魔術とユグマネル式剣術の特訓をすること」と、「女子に騒がれること」の三つに慣れた。
だから、私は驚いてしまった。
中等部2学年に上がった、新年度初日。
入学式を終えたばかりの1つ下の新入生の子に、いきなり「弟子入り志願」をされたから。
私で安心してはしゃぐ女子達とは違って。具体的に「何か」を要求された。
……そんな「弟子を取る」なんて馬鹿げた経験は、当たり前だけど初めてだった。
◇◇◇◇◇◇
「……ねえ、君。」
「ベルミーです!【ベルミー・ジ・リリアネッツ】です!」
「…………ベルミー君さ、」
「ベルミーでいいです!『君』なんて恐れ多いです!ボクのことは呼び捨てにしてください!」
………………。
「……ベルミー。私は君を『弟子』にはしないよ?
そもそも弟子なんて取ってないし。君に教えることなんてないから。」
中等部学校の昼休み時間。
わざわざ2学年棟の教室前まで来て、私を見るなり嬉しそうにチョロチョロついてくる後輩。
私がその男の子【ベルミー】にハッキリそう伝えると、彼は驚いたように目を丸くした。
「そんなことないです!ボク、先輩から学びたいことばっかりですもん!
弟子じゃなくて『子分』でもいいです!購買でご希望のパン買ってきますよ!何でもいいから、先輩の側にいさせてください!」
…………………………。
「君は具体的に、私から『何』を学びたいの?
言ってくれたら教えてあげるから。……それで勘弁してくれない?」
私はベルミーにそう言った。
入学初日から毎日のように私について回ってくる、小柄な新入生男子。
お陰様で新学期早々、私とこのベルミーは2学年の間で、ちょっとした話題になっていた。
普段私を見て騒いでいる女子達が、ベルミーを見るたびに「キャー!可愛いー!」「何あれ!メリサ様がまるで親鳥みたいだわ〜!」って。追加で安心して楽しんでいる。
……それだけこのベルミーが、彼女達にとって『男子』に見えないってことだろうけど。
………………あ。
ああ、そういうこと?
もしかしてこの【ベルミー】は、私が女子にモテてると勘違いしてるのかな?
ベルミー。君、間違ってるよ。
私は別にモテてないから。真の男らしさとか格好良さとか、モテる男の所作とか……そういうのを知りたいなら、私じゃなくて普通に本物の男子を参考にすべきだよ。
私はそう思ったけど、ベルミーは少し違うことを言ってきた。
「──え!いいんですか?!
じゃあボクに、去年学祭の魔法実演で見せてくれてた『祖伝魔術』を教えてください!ボクもあんな風にド派手にカッコよく魔法が撃てるようになりたいんです!」
「ああ、そっちか。」
「『そっち』?何がですか?どっちとかあるんですか?」
「あ。ううん、何でもない。こっちの話だから気にしないで。」
ベルミーは「そっち?こっち?どっちですか?」って言いながら、何が面白いのか笑っていた。
まだ初等部学生らしさが抜けていない幼い感じの笑顔に、私は毒気が抜かれてしまった。
「私の魔法実演を褒めてくれてありがとう。嬉しいよ。
……でも『祖伝魔術』は教えられない。ごめんね。」
私が正直にそう言ってそう断ると、ベルミーはピタッと笑うのをやめて、あからさまにガーン!って顔をした。
「ダメなんですか?!」
「うん。」
「どうしてですか?!だって、祖伝魔術って別に『門外不出』の『一子相伝』ってわけじゃないんですよね?!」
「うん……まあ、そうだけど。」
「じゃあどうしてダメなんですか?!」
……………………。
「っていうか君、よく『祖伝魔術』のこと知ってるね?
そもそも私、去年の学祭の魔法実演に『祖伝魔術』を組み込んでたこと言ったっけ?」
話が少し逸れるとは思ったけど、私は気になったからそう言った。
約600年ほど前、今は亡き王国ユグマネルの王侯貴族が使っていた、古代語による祖伝魔術。
──その最大の特徴は、「威力の割に派手」なこと。
まあ、言ってしまえば……いま主流の現代魔法に比べて、見た目の割に威力がショボい「見かけ倒しの魔法」ってこと。
でもさっきベルミーが言った通り、祖伝魔術はたしかにド派手でカッコいい。実戦では効率が悪いからわざわざ使う意味はないけど、それこそ学祭の出し物のようなパフォーマンスには最適だったりする。
あと何か長所があるとしたら……一応、派手な分、範囲が広いことかな。威力はそんなにないけど、広範囲に魔法が拡散されやすい。そんな感じ。
どっちにしろ、あんまり実戦向きではない。
「え?だって、言うも何も、現代魔法じゃないのが思いっきり入ってたんですもん。普通に見れば分かりません?
先輩がいきなり見たこともないカッコいい魔法を撃ってたから、『あれ何だろう?!』って思って調べました!
そしたら先輩のお家が特別な魔法を使えるってことが分かったんで。その魔法を教わりたいなって!」
にこにこと話すベルミー。
私はその内容を聞いて、素直に感心した。
「君、その学祭のときはまだ初等部学生だったのに、魔法の種類を見分けられたんだね。
……すごいよ。普通は見ても分からないって。初等部はそもそも攻撃魔法を習わないでしょ。」
するとベルミーはフンスッ!と鼻息を荒くして
「ボク、『魔法』が大好きなんです!カッコいいから!
だから中等部で習う魔法も先取りして独学で勉強してるんです!」
と胸を張った。
……鼻息荒く胸を張ってドヤ顔をしたところで、ただ普通に可愛いだけだった。
──……真っ直ぐで、勤勉な「いい子」なんだな。
私はそのときそう思った。
だから、理想を打ち砕いて申し訳ないと思いつつも、私はベルミーに祖伝魔術の特徴を伝えた。
「──ってことで、あれは君が思っているような『ド派手な必殺技』なんかじゃない。見かけ倒しの非効率的な、古い魔法なんだ。
だから習得するだけ無駄。君はそんな変な知識を身に付けるくらいなら、教科書に載ってる現代魔法を練習して、そっちを極めた方がいいよ。
……そんなに『魔法』が好きなら。その方が絶対に強くなれる。」
……すると。
私の言葉を聞いたベルミーは、落ち込むどころかパッとその目を輝かせてきた。
「やっぱり先輩はすごい!!!」
「……は?」
「冷静な分析!的確な指導!
ボク、こんな風にアドバイスをしてもらえたの初めてです!
やっぱり先輩に魔法を教わりたいです!先輩!ボクに魔法を教えてください!」
「…………。」
「教えてください!!」
「………………いや、」
「購買でパン買ってきますよ!!」
「いや、別にパン要らないから。
っていうか……だから、君に『祖伝魔術』を教える気は無いんだって。」
私がそう諭すと、ベルミーは全然効いてないって感じでこう言ってきた。
「じゃあ『祖伝魔術』じゃなくていいんで!普通に魔法を教えてください!!
ボクに魔法の稽古をつけてください!ボクの師匠になってください!!」
って。
そして私は結局、何回か断ったけどしつこく何度も粘られて──……最終的にそのニコニコな笑顔とキラキラの尊敬の眼差しに折れて、ベルミーに約束をしてしまった。
「──じゃあ、週1回。1時間。
放課後、一緒に魔法を勉強してあげる。」
これが私たちの最初だった。
中等部2学年から4学年まで。私が卒業するまでの3年間。
これが私とベルミーの、二人だけの時間の始まりだった。




