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血環 ー大阪・西成・ムエタイー  作者: 京田 学
第2部五章 西成無道
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変化

北津守の溜まり場。

夕暮れの空に、かすかに赤が混じりはじめた頃。

今日も、京志一家――いや、“京絆連合”の面々が集まり出していた。


今日も、備え付けのラジカセからヒップホップが鳴っている。竜が持ってきたやつだ。低く唸る。ざらついた質感のビートの上で、韓国語と英語と日本語が入り乱れている。


「Base Hood Boys」

――横須賀発、多国籍の大所帯クルー。黒人も白人も日本人もいて、誰がどこで踏んでも構わん、ってスタンスが痛快で、竜は近頃ここのミックステープばかりかけている。

最近じゃ、影響された何人かがマネしてフリースタイルをやり出していた――音の上は公平で自由。

竜がかける音は、確かにこの空間の温度を上げていた。


そんな音をBGMに、闇天狗から合流してきた小野原たちも、最初の角は取れつつあった。まだ小競り合いはあるものの、それもまた“馴染みの証”。同じ街で育ったガキ同士、肩の力が抜ければ、自然と笑いも出る。


「え、京志。お前、バイト始めたん?」


江藤がニヤつきながら切り出す。


「……おぅ」


京志は照れ臭そうに目をそらした。


「なにやっとん?」


「ん……まぁ、ファミレスやな」


「は?」


一瞬、場の空気が静止し、次の瞬間に爆笑が弾けた。

口々にツッコむ。


「その目つきで接客?」


「ファミレスって“家族団欒の象徴”やぞ。真逆いくな真逆」


「うるさい。わかっとるわ」


「もっと似合うのあるやん。クラブの用心棒とか、ジムの鬼コーチとかさ。お前の顔、バイト先で子ども泣くで」


京志は心なしか顔を赤らめて呟いた。


「……人と関わるの、ちょっとでも慣れたい思て」


一瞬、空気が変わった。茶化しながらも、誰もがちょっとだけ感心していた。


「今度、俺らで冷やかし行ったるわ」


春也がニヤつく。


「やめてくれ。お前らが来たら店ごと潰れる」 


京志のツッコミに、また笑いが起きた。

竜はその様子を、背中をもたせたまま、静かに見守っていた。


――その穏やかな空気を、間柴が少しだけ引き締める。


「春也、学校どないや」


「どないて……まぁ、行ってるで?」


「夜は俺らとつるんどるけど、サボってへんやろな」


一平が突っ込む。


「ちゃんと行っとるっつーねん。今んとこ学年で二十番以内やし」


春也が得意気に言う。


「相変わらず要領ええなぁ、お前は」


「ボクシングもな、最近ちょっと再開してん。ジムから“トレーナーやってくれへんか”言われて。まあ、軽くやけど」


その会話に、ふっと鼻で笑う音が混ざる。


小野原だった。


「お坊ちゃんが何か言うとるわ。で――そんなんで学校通えんのか? その金髪で」


春也の目つきが変わる。この二人は未だ犬猿だ。


「お前の知能じゃわからん話かもしれんけど、自由って成績で勝ち取るもんやで?」


「なんやと? こっちは中学出てから手ぇまっ黒にして働いとんねん。なんやコラぁ、お前整備工舐めとんか?」


「バイクいじりは俺も好きや。舐めてんのは……お前のことだけや」


ピリ、と空気が緊張しかける。――が、すかさず江藤が割って入る。


「またや。またお前ら。何回漫才すんねん」


笑いながらも、皆ほんのり呆れている。近藤も口を挟む


「小野原さん、こないだ“金髪そろそろ飽きた”言うてたのに、なんでまた根本ブリーチしてるんすか。もはや負けたないだけですやんか、目的見失ってるって」


「やかましわ」


そう言って、小野原が近藤の頭を軽く小突いた。場がまた、ほんのり温まる。



――そのときだった。溜まり場の入口。カクが全速力で駆け込んできた。


「たいへんっす!! たいへんっすよ!!」


「なんや、どないした」


一平が立ち上がる。


「無道っす……西成無道が、26号線越えてきたっす! 鶴見橋商店街のシャッターそこら中にスプレーが!」


カクは息を切らせながら続ける。


「十ヶ所以上。全部でっかい赤のスプレーで、“無道”って。どこ通っても目ぇに入るくらい……めっちゃ目立ってます!」


「はァ」


小野原の声が裏返った。


「……無道?」


間柴が静かに口を開く。


「堂島が言うてたな。たしか……もう四年前。闇天狗と揉めて、死人が出たって」


小野原が言葉を継ぐ。低く、重く。


「ああ。あんときはまだ俺も下っ端やったから詳しくは知らんけどな、死人が出たんは事実や」 


春也が「今も下っ端やろ」と言いかけて黙る。


「無道はな、当時、山王中出身の連中が立ち上げたばっかのチームやった。西成言うても『向こう側』やから様子見やったけど――うちの冨田ってクズが、向こうのメンバーの妹に手ぇ出してもうてな」


皆、神妙な面持ちで小野原の話を聞いている。


「すぐに当時から頭やったアキラさんが、手打ちに入った。でも話し合いにならず揉めてもうてな。無道の連中、出来たばっかで統制とれてへんかったんやろ。うちのメンバー襲われて……運悪く死んだんや」


誰もが先程の喧騒が嘘のように沈黙している。


「アキラさんも、“抗争の責任”で少年院。殺した側も、当時十五のガキやったけど“悪質や”ってことで、送致された。今もどっかの少刑にいるって話や」


間柴がつぶやく。


「そっから、26号線を境に――西が闇天狗、東が無道。

互いに一切干渉せえへん。それが、暗黙の了解になったってことか」


「あぁ……絶対の取り決めやったはず。これは猛さんもしっかり守っとった」 


竜は静かに目を伏せている。


(……でも、それが今、崩れてる)


誰かが言ったわけじゃない。全員の頭に、同じ言葉が浮かんでいた。


小野原が、わずかに首を振る。


「ただの落書きではすまされへん。闇天狗が消えて、街のバランスが変わったってことかもしれん」


風が吹いた。夕焼けが、一段と赤みを増していた。

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