変化
北津守の溜まり場。
夕暮れの空に、かすかに赤が混じりはじめた頃。
今日も、京志一家――いや、“京絆連合”の面々が集まり出していた。
今日も、備え付けのラジカセからヒップホップが鳴っている。竜が持ってきたやつだ。低く唸る。ざらついた質感のビートの上で、韓国語と英語と日本語が入り乱れている。
「Base Hood Boys」
――横須賀発、多国籍の大所帯クルー。黒人も白人も日本人もいて、誰がどこで踏んでも構わん、ってスタンスが痛快で、竜は近頃ここのミックステープばかりかけている。
最近じゃ、影響された何人かがマネしてフリースタイルをやり出していた――音の上は公平で自由。
竜がかける音は、確かにこの空間の温度を上げていた。
そんな音をBGMに、闇天狗から合流してきた小野原たちも、最初の角は取れつつあった。まだ小競り合いはあるものの、それもまた“馴染みの証”。同じ街で育ったガキ同士、肩の力が抜ければ、自然と笑いも出る。
「え、京志。お前、バイト始めたん?」
江藤がニヤつきながら切り出す。
「……おぅ」
京志は照れ臭そうに目をそらした。
「なにやっとん?」
「ん……まぁ、ファミレスやな」
「は?」
一瞬、場の空気が静止し、次の瞬間に爆笑が弾けた。
口々にツッコむ。
「その目つきで接客?」
「ファミレスって“家族団欒の象徴”やぞ。真逆いくな真逆」
「うるさい。わかっとるわ」
「もっと似合うのあるやん。クラブの用心棒とか、ジムの鬼コーチとかさ。お前の顔、バイト先で子ども泣くで」
京志は心なしか顔を赤らめて呟いた。
「……人と関わるの、ちょっとでも慣れたい思て」
一瞬、空気が変わった。茶化しながらも、誰もがちょっとだけ感心していた。
「今度、俺らで冷やかし行ったるわ」
春也がニヤつく。
「やめてくれ。お前らが来たら店ごと潰れる」
京志のツッコミに、また笑いが起きた。
竜はその様子を、背中をもたせたまま、静かに見守っていた。
――その穏やかな空気を、間柴が少しだけ引き締める。
「春也、学校どないや」
「どないて……まぁ、行ってるで?」
「夜は俺らとつるんどるけど、サボってへんやろな」
一平が突っ込む。
「ちゃんと行っとるっつーねん。今んとこ学年で二十番以内やし」
春也が得意気に言う。
「相変わらず要領ええなぁ、お前は」
「ボクシングもな、最近ちょっと再開してん。ジムから“トレーナーやってくれへんか”言われて。まあ、軽くやけど」
その会話に、ふっと鼻で笑う音が混ざる。
小野原だった。
「お坊ちゃんが何か言うとるわ。で――そんなんで学校通えんのか? その金髪で」
春也の目つきが変わる。この二人は未だ犬猿だ。
「お前の知能じゃわからん話かもしれんけど、自由って成績で勝ち取るもんやで?」
「なんやと? こっちは中学出てから手ぇまっ黒にして働いとんねん。なんやコラぁ、お前整備工舐めとんか?」
「バイクいじりは俺も好きや。舐めてんのは……お前のことだけや」
ピリ、と空気が緊張しかける。――が、すかさず江藤が割って入る。
「またや。またお前ら。何回漫才すんねん」
笑いながらも、皆ほんのり呆れている。近藤も口を挟む
「小野原さん、こないだ“金髪そろそろ飽きた”言うてたのに、なんでまた根本ブリーチしてるんすか。もはや負けたないだけですやんか、目的見失ってるって」
「やかましわ」
そう言って、小野原が近藤の頭を軽く小突いた。場がまた、ほんのり温まる。
――そのときだった。溜まり場の入口。カクが全速力で駆け込んできた。
「たいへんっす!! たいへんっすよ!!」
「なんや、どないした」
一平が立ち上がる。
「無道っす……西成無道が、26号線越えてきたっす! 鶴見橋商店街のシャッターそこら中にスプレーが!」
カクは息を切らせながら続ける。
「十ヶ所以上。全部でっかい赤のスプレーで、“無道”って。どこ通っても目ぇに入るくらい……めっちゃ目立ってます!」
「はァ」
小野原の声が裏返った。
「……無道?」
間柴が静かに口を開く。
「堂島が言うてたな。たしか……もう四年前。闇天狗と揉めて、死人が出たって」
小野原が言葉を継ぐ。低く、重く。
「ああ。あんときはまだ俺も下っ端やったから詳しくは知らんけどな、死人が出たんは事実や」
春也が「今も下っ端やろ」と言いかけて黙る。
「無道はな、当時、山王中出身の連中が立ち上げたばっかのチームやった。西成言うても『向こう側』やから様子見やったけど――うちの冨田ってクズが、向こうのメンバーの妹に手ぇ出してもうてな」
皆、神妙な面持ちで小野原の話を聞いている。
「すぐに当時から頭やったアキラさんが、手打ちに入った。でも話し合いにならず揉めてもうてな。無道の連中、出来たばっかで統制とれてへんかったんやろ。うちのメンバー襲われて……運悪く死んだんや」
誰もが先程の喧騒が嘘のように沈黙している。
「アキラさんも、“抗争の責任”で少年院。殺した側も、当時十五のガキやったけど“悪質や”ってことで、送致された。今もどっかの少刑にいるって話や」
間柴がつぶやく。
「そっから、26号線を境に――西が闇天狗、東が無道。
互いに一切干渉せえへん。それが、暗黙の了解になったってことか」
「あぁ……絶対の取り決めやったはず。これは猛さんもしっかり守っとった」
竜は静かに目を伏せている。
(……でも、それが今、崩れてる)
誰かが言ったわけじゃない。全員の頭に、同じ言葉が浮かんでいた。
小野原が、わずかに首を振る。
「ただの落書きではすまされへん。闇天狗が消えて、街のバランスが変わったってことかもしれん」
風が吹いた。夕焼けが、一段と赤みを増していた。




