表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/120

犯罪

タケシのポケットの中で、スマホが小さく震えた。

夜の天王寺公園。冷たい風が頬を撫でる。近くでは、チャリを停めたホームレスが焚き火を囲んでいた。煙の匂いが微かに鼻をつく。


タケシはスマホを取り出し、画面を見た。

英語ばかりの無名アプリ。カタカナすら出てこない。剛田のとこで“使え”と言われて入れたやつや。起動した瞬間、十五分のカウントダウンが始まる。それを過ぎれば、すべてのチャットが消える。スクショ禁止、通知も残らん。

兄貴分の栄二は「LINEなんて雑魚の連絡網や」と鼻で笑っていた。

画面に表示されたのは、たった一文。


「19:45 京橋ロータリー裏 手押し」


“手押し”は隠語。客はネット掲示板経由でつながった“ミヤ” ってやつ。名前も顔も知らん。けど、関係ない。運んで金が入れば、それでいい。報酬は一回三万。成功すれば、その夜はキャバで姉ちゃんとシャンパンが飲める。


「クソ、寒ぃ…」


缶コーヒーの熱を唇で確かめながら、中継地のコインロッカーへ向かう。ブツを受け取って、スマホで指定された座標を確認。マニュアル通りや。

途中、ゲームアプリの裏チャットで「もうすぐ着く」「目印は白キャップ」とDMが届く。


取引は数分で終わる。ベンチの下に仕込まれた封筒にブツを入れ、現金が置かれているのを確認する。姿は見せない。“見せない、喋らない、関わらない”が鉄則や。

だが、その夜の京橋には、風に混じってもう一つの気配があった。

封筒を置いて背を向けた瞬間


「警察や。動くな」


鼓膜を突き破る声と同時に、地面に押さえつけられる。冷たいアスファルトの感触が、手のひらから腕へと染み込んでいく。スマホを奪われ、ポケットをまさぐられながら、タケシは無抵抗のまま目を閉じた。

 

警察署。殺風景な取調室。机越しに、刑事が無表情で言う。


「尿、出してもらうで。シャブの反応、見せてもらわなな」


終わったかもしれん。でも、ここからが勝負や。剛田の周りの連中は、全員“もし捕まったら”を想定して動いてる。


タケシも教わっていた。

「知らん外人に封筒渡された」、それだけ言え。絶対に名前は出すな。出したら“終わる”のは自分だけやない。


刑事がスマホを机に置いた。


「これ、お前のか?」


「……知らんす。拾いました。さっきのベンチの下に落ちてたやつです」


画面には、何も残ってへん。アプリは時間切れで全てを消去済み。LINEも入れてない。証拠は、どこにもない。


タケシは机の下で、拳を握りしめた。剛田の名前が頭に浮かぶたび、背筋に氷が走る。

あの目。あの無言の圧。言葉にせずとも、存在そのものが“処刑命令”みたいや。

 

兄貴分の栄二が言っていた。


「絶対に余計なこと言うな。お前が消えるぞ」


それだけで充分だった。結局、タケシは一貫して「拾ったスマホ」「知らん外人」しか口にせんかった。


証拠も状況証拠しかない刑事は、苛立ちを隠せず、歯ぎしりする。


このままいけば、数日で出られる。大丈夫や。絶対に“あの名前”は出せへん。なぜなら、剛田理貴の背後には、“恐怖”という名の“信用”がある。

タケシは、その傘の下でしか、生きられない。


これが現実。生きるってのは、こういうことや。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ