漢道
血まみれの春也が、強張った表情をわずかに緩めた。
「……来んの、遅いっちゅうねん……」
江藤が涼しい顔で言い返す。
「すまん道に迷った。あとコンビニ寄った」
一平が鋭い眼光を放つ。
「ここからは、俺らの見せ場や。春也、お前ちょっと――休んどけや」
その時、霧の向こうから、緩慢な拍手が聞こえてきた。
姿を現したのは、長い弁髪の男――李 凱恩。
「かっこいいね。トモダチ思い、すばらしい」
その姿を見た瞬間、江藤の全身が硬直した。
揺れる弁髪。細身のスーツ。
江藤の頭によぎる――ひっくり返された鍋、床に広がる泥のような味噌、そして姉をゴミのように蹴り飛ばした革靴。
「……お前、か」
江藤の声が震えた。恐怖ではない。腹の底から湧き上がる、どす黒い怒りだ。
「いいよ――いっしょに殺してあげる」
李が薄く笑う。その笑顔が、江藤の導火線に火をつけた。
「てめぇ……! よくもヘラヘラと……!」
江藤が一歩踏み出す。
「姉ちゃんはな……俺らなんかと違うんじゃ……! 姉ちゃんが、必死で守ってきたもんやったんや!!」
江藤の脳裏に、泣き崩れる姉の姿が焼き付いている。
「それを……お前は土足で踏み荒らしやがって……!!」
激情のままに江藤が叫ぶ。
「謝れや……! 今すぐ姉ちゃんの店の方向いて、土下座して謝れやボケェェ!!」
李の目が細められる。
次の瞬間、江藤の視界から李が消えた。
「がっ……!?」
反応すらできなかった。
江藤の首が鷲掴みにされ、そのままガードレールに叩きつけられる。鉄がひしゃげ、江藤の体が紙屑のように弾け飛んだ。
「江藤!!」
一平が吠え、木刀を振り下ろす。
だが、李はそれを見もせずに裏拳を放った。
「あぐッ……!?」
鼻骨が砕ける音。一平が膝をつく。
速い。重い。そして何より、迷いがない。
李は倒れた一平を見下ろし、無表情に呟く。
「貧乏くさい」
絶望的な戦力差。
その静寂の中。
血まみれの江藤が、歪んだガードレールを支えに、よろりと立ち上がった。
「……貧乏くさい、やと……」
口の中の血を吐き捨てる。
「ああそうや。俺らは泥水すすって生きてきた。昔の俺はクズやった……強いやつには尻尾振って、弱いやつから金巻き上げて……怖くてなんもできへんかった……」
江藤の目が、李を射抜く。
「でもな……あの店だけは、汚したらあかんかったんや」
江藤が拳を握りしめる。
「もう、逃げ回るだけのクズはまっぴらごめんなんじゃ!!」




