表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血環 ー大阪・西成・ムエタイー  作者: 京田 学
第2部五章 西成無道
109/136

亡霊

庭の虫の音が、深まった夜を一層際立たせている。


「――そろそろ、終いにしとこか」


三崎が呟く。酒にほとんど口をつけることなく、手元の灼を女中に差し出す仕草が、無言の命令にすら見えた。

的場が、重ねるように口を開く。


「剛田。今日の話……よう考えとけ。オレらは、悪いようにはせぇへん。

スピンの件も――お前に任せたからな」


剛田は無言。それが了承なのか、拒絶なのか。わからない。場に沈黙が走る。

三崎が、ゆるやかに口角を上げた。



「ところでや――西成、まとめたんか?」



たった一言で、空気が変わった。


「結局な、喧嘩もシノギも、人数や。金でも、女でも、薬でも、権力でも……理由は、なんでもええ。人数をまとめれるかどうかや」


視線を、横に座る才へ投げる。才の肩が、微かに跳ねた。三崎の眼光は、どんな罵倒よりも深く才の矜持を切り裂く。


「ちと、甘いんちゃうか?」


声は柔らかい。だが、心臓に刃を当てられたような圧がある。


「なぁ、剛田――どないや」

 

的場がここからが本題といわんばかりに、椅子に深く腰を沈めた。


「西成無道やて? 大きい名前ぶら下げてても、結局、西成ひとつ、掌握できてへんのとちゃうか」


剛田の目が細くなる。睨むというより、射抜く。

だが三崎は目を逸らさない。


「威勢がええのはええ。けどな―大人の暴力の怖さは知っとかなあかんかもなぁ」


低い、静かな脅し。声を張る必要すらない。剛田が鼻で笑う。


「別に。西成なんて場所に――執着はないですわ」


的場が、語気を強める。


「ならやってみぃ。口動かす前に。それだけのことやろが。ほれ、やってみせんかい」


じわじわと、言質を取ろうとする圧が強まる。三崎も追い打ちをかける。


「お前がその気になったら一発や。ん? 剛田理貴が本気出したら、こんな街、一夜で飲み込めるやろ? ちゃうか?」


剛田なら一夜で獲れる? その言葉が、才の限界だっ

た。才が割って入るように震える声で言った。


「……親父。……そう簡単にはいかへん」


三人の視線が才に向く。


「西成には、“京絆連合”が――おる」


三崎が目を細める。


「……京絆連合? なんやそれ。ガキの集まりちゃうんか?」


呆れたように鼻で笑う。


才は唇を噛む。


「――あいつらが、おる限り……西成での商売は無理や。特に、“ 加賀谷京志”は……厄介や」


ピン、と。まるで糸が切れる音が、空間を裂いたようだった。


三崎の目が――確実に、変わった。


「加賀谷……京志……」


小さな声だった。だが、明確に何かが崩れる音がした。


「いま……なんて言うた?」


明らかに様子の違う三崎に的場が怪訝そうに声をかける。


「オヤジ? ……どないしましたんや」


だが三崎は答えない。じっと虚空を見据えたまま、拳を握っていた。


その目に映っていたのは、いまここにいない、“亡霊”のような名前だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ