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茨の王  作者: 山臣
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差し伸べられた掌 1




「長くなりそうですから……皆さん、座ってもらいましょうか」

丁度良くツェーザルとロザリーも執務室に入ってきたので、シキは皆に座るよう、それとなく促した。

しかしすぐに、座るものが無いと気がついて肩をすくめる。様々な思惑が入り混じった視線を振り切って、シキは部屋の隅に置かれていた予備の椅子を見やった。

リーゼロッテが座るものほど大きくも豪奢でも無いが、それなりに美しい造りの椅子だ。それらに、ただ、思う通りに動け・・・・・・・と意識の波をぶつける。すると、椅子たちは実に呆気なく宙に浮いた。うきうきとスキップするように四本の足で跳ねながら進み、執務室にいるリーゼロッテ以外の全員の背後にぴったりと張り付いた。もう動かないそれらは、座ってもらうのを今か今かと待っている風にも見える。

「シキ、」

フェルディナントは、一足先に椅子に腰を落ち着けたシキを見る。

「――大丈夫ですよ。説明は、できると思いますから」

シキは苦笑する。

魔法など使えないと、魔法など知らないと言っていた自分がこれでは、フェルディナントが疑うのも無理は無いと思う。守ってくれる気なのは知っていたが、フェルディナントが頭からシキを信頼している訳ではないということは彼女も感付いている。それはそうだ、一朝一夕に相手のことなど理解できるはずも無いし、シキだとて、彼の立場ならもっと警戒をしているはずなのだ。

茨を操る、魔術を意のままに操る、かつて存在した魔王のような魔術師に酷似したものとあらば。


「まずは……どこから、お話しましょうか」


皆がおそるおそる用意した椅子に座るのを確認して、シキは目を伏せ、話し出す。

「できれば……口を挟まないでいただけるとありがたいです、ややこしくなりますから。ああ、一番最初から話した方が早いでしょうね。最初は……毒酒の説明にします。一番簡単ですから」

「簡単?」

ツェーザルが眉を顰める。

「簡単ですよ、他の説明と違ってややこしくない――事実だけですから。

そうですね――あの、葡萄酒には毒が入っていました。あれは私の茨が取り込んで毒ごと消してしまったから、調べることができなかったと思うんですが……調べても、多分この国には知識も実例も無いと思いますから、無駄だったかと」

「無駄、だと?」

アンゼルムが今にも縊り殺しそうな顔でシキを睨む。

が、シキは全く恐ろしいとは思わない。今のシキが恐ろしいもの――それは、自分自身に他ならない。

「無駄、というか、実例が無いから特定も出来ないんですよ。あれは臥龍山脈以北の森でしか取れないアカバネユリという草の根を煎じて煮詰め、他に数種類――イタチゴロシ、ユキドウロウとかの花粉や、乾かした飛燕蜂の腹を砕いたものを加えて蒸留したもので、無味、無臭に近いものです。毒を日常的に扱う人間ならすぐわかる匂いですけど……あの匂いは、【後妻迎えアンドラ・フストル】と呼ばれる毒薬でした。大陸の北の国で盛んに使われていた――今でも、使われているものだと思います」

「……何故、それが、分かった?」

今度はコンラートが口を挟んだ。

が、シキが望まない野次ではなかったので、シキは安心する。


「あなたたちが、【茨の王】と呼ぶ男が――この匂いが、大嫌いだったからですよ」


シキの耳に、幾つもの息を呑む音が聞こえるた。


「あの匂いに、多分【彼】はとてつもなく嫌な記憶を持ってると思います。そうでなかったら、あんな現われ方・・・・はしないはずだった。いえ、――遅かれ早かれ、ああはなっていたのかも知れませんけど。ともかく、【彼】はあの毒の匂いが憎くて仕方なかった」


誰一人、口を出すものはいなかった。シキの雰囲気があまりに少女らしくて、どこか歪な雰囲気を漂わせていた所為もある。

しかし、その静寂を最初に打ち壊したのは今まで黙っていたリーゼロッテだった。

「お前は、――そう・・なのか?」

「そう、とは?」

「シキ、お前が、――【茨の王】であるのか、ということよ」

「……広義ならば、そうであるとも言えますが、狭義なら、そうではない、とも言えます」

「どちらつかず、という訳か」

「あなた方の対応や、意思によります。――敵意があるなら、私は【彼】になれる。善意を受けるなら、私は私のまま、ということになります」

「……貴様っ!」

煮え切らないシキの言動にとうとう頭に血が上ったのか、アンゼルムが物凄い剣幕で立ち上がった。

痩せぎすな見た目に似合わず激しい男だ、とシキは思った。と同時に、まずいことになった、とも。

――シキがぎりぎり意識を向けた瞬間、アンゼルムの後ろにあった椅子の木枠部分から瞬時に発芽した何か・・・・・・が、鞭のように素早く伸びてアンゼルムの身体を絡め取った。

「なっ!?」

アンゼルムの目が驚愕に見開く。

見やれば、彼の身体を拘束しているのは淡い緑色の枝だった。それはアンゼルムの背後、彼が座っていた椅子の枠から幾本も伸びており、見た目は弱弱しいが、若木のしなやかさと硬さでもって、アンゼルムを傷つけることなく動きを阻害している。

いきなり背後から現われた植物の蔓が、瞬く間に自分の身体を腕ごと拘束した。それに驚いたのは当事者のアンゼルムだけではなく、他の者もそうだった。

「シキ!」

フェルディナントが立ち上がろうとし、それをシキは手だけで留めた。

微かに頭を振る。これ以上何もしない、と無音の内に潜ませて、彼の顔を横目で見る。

困惑したような、それでいてシキの動向を見守ってもいるような強い光を宿した瞳に、シキは覚えがあった。いや、正確には【ヨルゲン】が、憶えていた。それが誰のものなのか、シキは知らない。わたし・・・は言わずもがな、憶えてなどいない。――ただ、その瞳を酷く苦手とし、また希っていたことだけは、分かった。

「これを解け、貴様!!」

アンゼルムが吼える。

「私のせいじゃありませんよ……いえ、私のせい、かな?何にせよ、茨でなくただの枝だったことを有難く思ってもらった方がいいかと」

「……何だと?」

「私が抑えなかったら、ろくなことにならなかった。そういう意味です」


「……【茨の王】――魔術師ヨルゲンは、茨を己の手足のように操ったと言うの」


呟いたのは、リーゼロッテだった。

机の上で手を組み、顔を伏せているために、口元で感情は読み取れない。ただ、その瞳の強い光はフェルディナントのそれと酷似していて、やはり親子だとシキは思った。いかにフェルディナントが否定しようと、顔の造形といい、意思の現れといい、どれをとっても二人はやはり親子なのだった。

「【ヨルゲン】は、魔術の修行の一環として茨を――自分を守り、また攻撃するための手段として茨を操ることを好みました。それが無意識になるまで、操ることを自分の魂の一部にしてしまうまで。だから私は、茨を操ることができる。――けれど、私は【ヨルゲン】じゃない。【ヨルゲン】が感じる【悪意】に対しての攻撃を、完全に止めることは出来ない」

「……まるで、己が【茨の王】ではないような口ぶりだな」

「だから違うって言ってるんですよ」

アンゼルムの唸りに、シキは溜息をつく。

どうしてこうも回りくどい口調になってしまうのか、シキは自分でも訳が分からなかった。それが自分の内から滲み出る【ヨルゲン】の癖なのか、それとも元々の自分の本質なのか区別がつかない。つくづく便利で不便な身体になってしまった、とシキは肩を落とした。

つい、と視線をアンゼルムを縛る枝にやる。すると、見る間に枝はしゅるしゅると解かれていき、枝から茂った葉は芽のように丸まって、どんどん縮んで終いには何の痕跡も残さず椅子の中に戻っていった。ほんの少し発芽の後があるが、装飾にも色にも、椅子には何の変わりも無い。

アンゼルムは行き場の失った怒りをどうしていいか分からないのか、視線を数度彷徨わせ、微かに舌打ちをしてまた席に戻った。

それを見守って、シキはまた話し始める。


「リーリヤとカレヴァ――彼らの言う通り、私は【彼】であって、【彼】じゃない。――わたし・・・は、【ヨルゲン】の妹だった人間です」


「……いも、うと…?」

フェルディナントが僅かに呟く。

「……この世界、いや、国に……転生という考えはありますか?生き物が死んで、身体が滅んだ後、その魂がまた新しく生を受けて肉体を持つ、そういう考えが」

シオキがリーゼロッテに視線をやると、彼女は鷹揚に首を振った。

「ああ、あるにはあるが……そう多くは信じてはおらんな。魔術師連中には研究している者もおるようだが」

「でしょうね。まあ、実例がここにあります」

「しかしシキ――お前は、ワタリビトであろう?魂が世界を越えて、別の世界に転生することは多くあるのか?」

「私は、ワタリビトです。そのことに全く間違いはありません」

「では」

「何故、わたし・・・の魂が世界を越えて、私の世界でまた生きようとしたのか、それは私にも解かりません。ただ、」

「ただ?」

リーゼロッテの問いに、シキは目を伏せる。


朧気に残る、わたし・・・の記憶。意識。

僅かばかりの、塵のような残滓。



――ただ、何かを強く、望んでいた。



「……世界を越えるほど、強い想いがあったんでしょうね」


想えば叶うなどと、ただの子供の戯言だ。シキはそう思っていた。

しかし確かに、想えば叶うのだ。想い、ただただ強く想い、それが己を変える。世界さえも変えてしまう。ここはそういう世界だと、シキは本能的に感じ取る。

ただ主と決めた者の傍に在りたいと、そう願って何度も輪廻を巡った傍らの魔鳥のように。

そうして強い想いでもって世界を越えた魂を引き戻してしまうほど、狂った想いを抱いた男のように。


「……まるで他人事だな」

アンゼルムが、胡散臭げに顔を歪め、吐き捨てる。

全く気にせず、シキは続けた。

「他人ですよ、まるでね。――【彼女】は、私じゃない。私の中身で、それでも、私じゃあない。魂なんてものは、結局は情報の重複存在に過ぎません。情報は全てが全て――多分、此処の思考や生き様や好き嫌いだって収められているんでしょう。でも人間には軽々検索が出来ないから、知識や経験の源流としてはまるで役に立たないんです。魂の記憶は、きちんと脳に引き出しがあって取り出そうと想えば取り出せる肉体の記憶とはかけ離れてる。出来事や感情をぼんやりにでも思い出せるなら、それだけでも儲かりものなんですよ」

「それは経験談か」

そう聞かれると、シキは首を捻りたくなった。

理屈として知っているわけではない。これは全て感覚の話だ。だが――確かに、識っていることなのだ。おそらく、産まれる前。まだ、【彼女】とシキが入り混じり、混在している間の出来事。思い出した者だけが理解する、世界の理の一端。

「経験談ですね。……私が識っているのは、それだけです」



「私の中に、わたし・・・と、【ヨルゲン】が眠っている――その副作用で、私は無唱魔術スィレ・ソーサとその知識を使うことができる。それだけですよ、――何とも、簡単なお話です」



「――それが、簡単な話で済めばいいのだがの」

一拍の後、リーゼロッテは深く、長く溜息を吐いた。

「ああ、あとひとつ、いや……ふたつありました」

「悪いことなら遠慮をしたいが」

「そう悪くは……アンゼルムさんのように、私、に敵意を持つ人に、【ヨルゲン】はとても敏感です。全く無差別に、茨で攻撃をしてしまうくらいには。【ヨルゲン】は、すごく私の中身の【彼女】に執着しているようだから」

一瞬、アンゼルムの顔が引きつった。

はっきり言われた訳ではないが、死刑宣告を受けたのと同じことなので仕方がないだろう。

フェルディナントとツェーザルはと言えば、最初の出会いのことを思い出しているのか、何とも微妙な顔をしていた。愛用の剣をあの凶暴な茨にへし折られ砕かれたのは、まだフェルディナントの記憶に新しい。

「ある程度は私でも操れますけど、」



「死にたくなければ――不用意に、私に近づかない方がいい」



酷く昏い目をしている、と、その場にいた全員が同じ思いを抱いた。

深く沈み、暗い色を宿した黒瞳は、あの大広間の惨劇のように狂気こそ宿してはいなかったものの、年相応の娘がするものでは到底なかった。落ち込んでいる、という訳ではない。自棄になった色でもない。ただ深く、冷たい水底のように昏い光は全てを拒絶しているようで、そこを覗いた者全てを引きずり込みそうな虚無を抱いている。


流石に引くだろう、とシキは思った。

誰だって死にたくはない。しかも此処にいるのは言わば国家の礎、ロザリーを除けば重鎮ばかりだ。失われては困るものが勢揃いの大盤振る舞いだ。それに彼らだけとは言えない、ここにいない他者が何らかの理由で持ってシキを害そうと考える者が出ないとも限らないのである。その度にあのような狂気を振り撒いていては、逆にシキの精神が持たない。

城を出ることも考えた。元々客人の身分だ、世話にはなったが、いつか出てゆくことも織り込み済みだった。それが早まっただけで、未練は無い。いつかリーリヤ達が言っていたように、世界を旅するのも良い。

そう、シキは考えていた。





「……言いたいことは、それだけか?」





しかし、シキの予想は――大きく外れた。












うーーーーーーーん難産……ド畜生…

シキの性格がどんどん悪くなっていっているのは内なるヨルゲンの影響です。決して今までが書き辛かったわけじゃn(ry

さあ次からは空気だったフェルディナントさんが言ってやってくれると思います。

頑張れフェル、がんばれアンゼルム。そしてコンラートさんは相変わらず空気すぎるなあ!

ロザリー?彼女は空気を呼んでいます。優秀な女官です。

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