帝国料理
ゆっくりとしたペースだが、無事に帝都に到着したイフィル達は、まず、停車場に馬車を停めた。
ミアが怒っていたからだ。
「どーして、街に地元料理が無いのですか?」
途中に、幾つかの街があったが、地元料理と言える物が、無かった。
おそらく、アレがと言うメニューは有ったが、馬車で作る食事の方が、マシだった。
「元が王国と同じ国で、その王国に食材を依存している段階で、独自の料理は期待薄でしょう。」
イフィルの答えに、頭では理解しているが、舌が理解を拒むミアは、香辛料があるという帝都に期待をよせていた。
そして、ゴネにゴネて、本来の目的地である城よりも、食堂を優先させた結果が、寄り道である。
イフィルが、馬に水と飼葉を与えている間に、ミアは通りに出て、鼻をヒクヒクさせた。
香辛料独特の匂いを求めて。
「ミャー」
ゼルータが、ひと鳴きしてから、馬車の屋根を飛び降りる。
そして、建物の隙間に姿を消した。
「迷うなよ!」
イフィルが声をかける。
鳴き声に振り返ったミアが、視線で追ったが、すぐに見失った。
「大丈夫なんですか?」
「あぁ。大丈夫。あれでいて、しっかりしているから。」
いつも寝ている姿しか見ていないが、飼い主が言うなら大丈夫なのだろう。
「街並みと匂いから察するに、こちらです。」
ミアは、イフィルの腕を掴むと、強引に引っ張って、歩きだした。鼻を鳴らしながら。
「お婆様が見たら、泣きますよ。」
「女は、食欲に忠実なのです。お婆様も御理解いただける筈です。」
飢えた狼。いや飢えた娘に抗える者は居なかった。
「香辛料が効いた、この国の名物料理を!」
ミアが店に入って、最初に口にしたのは、こんな言葉だ。
正直、マトモに聞いていなかった。
イフィルは、彼女が座ったテーブルが見える様に、カウンター席に腰を降ろす。
「連れが居るんで、ミルクと軽食を。」
『客』は注文しなければならない。
「店員さん。隣の王国からお貴族様が来てると聞いたんだが、いつ頃の話か知ってるかい?」
イフィルの問いに、店員は首を傾げる。
「いや、来ていないね。関係者かい?」
「まぁね。以前に、お世話になった御方が来てると聞いて、挨拶しておこうと思ってね。」
「商売かい?そんな事でも有れば、話題にも上る筈なんだが、聞かないねぇ。」
店員の返事に、考えを巡らしたが、答が簡単に得られる筈もない。
情報は複数から集めて、精査するのが常識だ。
「後で、城に行くか。」
予定が一時間位ずれるだけだ。
大差はないだろう。
見れば、ミアはコップを片手にヒーヒー言いながら料理を食べている。
激辛なのだろう。しかし、顔は笑顔だ。
カウンターでの軽食をとりつつ、店内を見回す。
城の近くとは言え、兵士の割合が多い。
「兵士の数が多いみたいだけど、いつも、こんな感じかい?」
店員は、周りを見回してから、小声で耳打ちする。
「なんでも近々、大規模な魔物狩りがあるらしくて、各地から兵士が集められてるって話だ。城の食堂だけだと入りきれないって、こっちまで溢れて来ているって聞いている。」
店員の耳打ちは、あまり公の話ではない証だ。
「そんな事なら、食材を積めるだけ、積んでおくんだったな。あぁ、急な発注ってのも、ソレが原因かぁ?」
「知ってれば、手間賃を吹っ掛けられたかも知れなかったね。」
店員は、笑って慰めてくれる。
まぁ、実は全てを知って、やって来ているのだが、『普通の行商人』は、知らない事になっている。
悔やむ顔で、軽食の残りを口に詰め込む。
「魔物と言えば『トラ』や『ヒョウ』の毛皮が手に入るかも知れないね。もう少し滞在してみるか?」
イフィルは、小声で話す。
この世界で『魔物』と呼ばれているのは、虎や狼、象やキリンなどの肉食動物や大型動物だ。
人間の住みかである大陸西側には、家畜や小動物しか居ない。
そんな環境に暮らす人間にとって、大陸の東側に住む肉食猛獣や大型動物は『魔物』とよばれていた。
「大昔に、生きて帰った冒険者によると、ドラゴンやスライムと呼ばれる嘘の様な生物の他に、知恵を持つ動物も居るらしい。まぁ、どこまで本当かは、眉唾物だが。」
店員が自慢気に話す。
王国側では聞かない話だ。
そんな話を聞いている間に、ミアの食事は終わった様で、食後のお茶を飲んで満足気だ。
唇が赤く見えるのは、化粧をした訳ではない様だ。
彼女と、アイコンタクトを取ると、店員に両方の料金を払い、ゆっくりと店を出る。
「ちょっと待って下さい。交渉団は、まだ到着していないみたいです。城で、更に情報収集が必要でしょう。」
「私達は、かなり遠廻りしてきましたよね?おかしいですよね?」
馬車で魔導師の法衣に着替えようと足を向けたミアを呼び止めて、イフィルは、入手したての情報を伝える。
彼等が向かったのは、城の正門だ。
しばらく、遠目に門番達を監察していたイフィルは、ある兵士に目をつけて、駆け寄った。
「何者だ?」
すぐさま、門番である兵士の誰何が入る。
「お役人様。王国から来た行商人でございます。王国からの貴族様が、此方にみえると伺ったのですが、もう、御付きなのでしょうか?」
片膝を付いて、見上げる様に、訪ねた。
「其方らに教える事はない!」
「そんな事は、仰らないで下さい。その方は、恩義のある方なのです。」
イフィルは、兵士の手を握って懇願する。
兵士は、その手を振り払うと、自らの手のひらをチラリと見て、後ろ手に組み直した。
「うむ!恩義を返すのは大切だな。昨日、国境より先駆けが到着し、明後日には城へ到着する様だ。」
兵士の顔が、一瞬ニヤケる。
「ありがとうございます。」
イフィルは、深々と頭を下げて、正門を離れた。
離れた所から、一部始終をみていたミアは、イフィルが戻ると同時に詰め寄った。
「あなたは魔法つかいですか!」
ミアの言葉に、微笑みながら、イフィルは、懐から何かを出した。
「魔法のタネは、これ。」
「金貨?」
「まずは、身なりを見て、裕福で無さそうな兵士を選び、話術とタイミングを見て、こっそり手渡す。」
ミアは呆れて、天を仰ぐ。
「で、判ったのが、交渉団が国境を越えたのは、つい先日で、城へは明後日の見込みらしいです。」
「何かあったのでしょうか?国内で襲撃とか?」
ミアは、自宅近くで襲われた事を思い出した。
「交渉団が着けば解る事です。詮索しても始まらない。」
イフィルは、ミアを誘って歩き出す。
「これから、宿を探しましょう。久々に柔らかいベッドで寝れますよ。」
「フカフカァ~!」
イフィルの言葉に、そこに居たのは、導師様ではなく、一人の少女だった。




