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◇男爵家の人々(2)

◇聖女様、お目覚めの時間ですよ? (5) の一部を修正しました。


『元々モンテグロ家は、三百年前まで伯爵位を戴き、広大な領地を有していた。しかし、三百年前の戦乱において、帝国に対して不義理を働いた罪により領地は取り上げられ、爵位も男爵まで落とされた経緯のある貴族家なのである』


文中の三百年前を、年月が経ちすぎているような気がするので、約百年前に修正しました。


 馬車の中から現れた、モンテグロ男爵と名乗る人物に、武装兵たちは呆然とした面持ちで眺めていた。

 何故なら、そこにいたのは――身に纏うのは毛織物の赤いコート。その表面には、金糸や銀糸がふんだんに使われた刺繍が散りばめられ、その胸元からは絹で織られたシャツが覗く。武装兵たちには分からなかったが、赤いコートには魔鋼糸も編み込まれ、防刃や対衝撃にも優れた逸品でもあった。いかにも五爵位貴族の当主らしい豪奢な衣服に、その人物は包まれていた。先ほど馬車が横転しかけた時も、このコートのおかげで大した怪我をする事もなかったのである。

 しかし、武装兵たちが呆気にとられ驚いていたのは、そんな事ではなかった。その中身の方だった。

 値の張りそうな衣服の下にある、贅肉まみれのぶよぶよと膨れ上がった体に驚いていたのだ。

 その丸々とした体には金髪の頭部がちょこんと乗っかり、そこへ手足を付け加えたような姿形。身長に比例して横に広がるその姿は、まさに肉の塊だった。

 そのモンテグロ男爵なのだが、名乗りをあげ馬車の踏み段に一歩ふみ出したまでは良かったものの、急にその場で立ち止まると、顔をしかめて御者のモルドへと視線を向けた。


「モルド、少し手を貸せ」

「はっ、直ちに……」


 大きく横に広がった体が、馬車の戸口に引っ掛かり外に出られないのだ。

 直ぐにモルドが駆け寄り、モンテグロ男爵の体を外に出そうと引っ張る。


「旦那さま、もう少しお痩せになられた方が……」


 心配顔のモルドに、モンテグロ男爵は「ふん」と鼻を鳴らし、苦々しい顔付きをした。

 本来であれば、失笑ものの状況。しかし、そばで膝を突く武装兵たちには、内心であろうとくすりと笑う余裕すらなかった。というのも、モンテグロ男爵の肉に埋もれたまなこが、炯々とした光を放っていたからだった。

 そこにあったのは悪相。弛んだ頬に抜け目のない面立ちは、いかにもな悪人顔。膨らんだ体は、日頃の不摂生な贅をきわめた飲食を想像させ、ある意味貴族らしいといえばらしい姿なのだ。

 武装兵の班長は、ごくりと喉を鳴らす。

 脳裏に思い浮かぶのは、数日前の休日に、婚約者と観に行った帝国劇場の舞台だった。そこで演じられていたのは古典演劇。いわゆる勧善懲悪ものの舞台劇であった。一般の大衆には、そんな演目の方が受けも良いからなのであるが、その劇中に出て来た悪徳貴族に、モンテグロ男爵が似ていた。しかも劇中では、その悪徳貴族に逆らった兵士が処刑される場面もあった。

 実際にはモンテグロ男爵とは何の関係もなく、舞台上でも詰め物等で体を膨らませた俳優が大仰に演じていただけなのである。が、班長はその場面を思いだし、思わず自分と重ねて震え上がったといっても良かった。

 やはり、とんでもない貴族と関わってしまったと、冷や汗を流し早くも後悔するのであった。


「我々は帝都防衛の任にあたる、治安局第三地区第七小隊。わたしはこの小隊の班長を務めるジェリー・ブラッカイマーであります」


 敬礼と共に、上司に報告するように丁寧に話し掛けるブラッカイマー。それをじろりと眺めるモンテグロ男爵。


「我が馬車に、何か不審でもあるのか」


 太り過ぎた体では呼吸をするのも辛いのか、言葉の端々に荒い息が混じる。それを恐る恐るといった様子で見上げながら、ブラッカイマーは慌てて首を振る。


「いえ、そのような事は……事故を目撃したもので、慌てて駆け付けた次第でありまして……」

「ふむ」


 と頷くと、モンテグロ男爵が今度は、未だ座り込んだまま呆けた様子で此方を眺めていた老人へと目を向けた。


「あの老人が、飛び出したのだな?」

「あ、はい……申し訳ございません」


 また恐縮した様子を見せるモルドに、ちらりと視線を走らせた後、モンテグロ男爵はその老人に近寄った。

 傍で控えるブラッカイマーは、顔にこそ出さないものの、この老人の人生はここで終わったなと思わずにはいられなかった。いや、それ以前に、変なとばっちりが此方に向かないようにと、願わずにはいられなかったのである。それは、他の武装兵たちにしても同じであった。

 しかし、案に相違して――。


「ご老体、お怪我はないかな?」

「……え!?」


 その老人は、そこでようやく事態を理解したのか、慌てたように土下座する。


「ご、ご無礼を……す、すみません」

「いや、怪我が無ければ良いのだ。此方も先を急がしていたのでな」


 と、モンテグロ男爵が頭を下げたのだから、モルドを除く、この場にいる皆が呆気に取られたといっても良かった。

 老人はどのような怒りをぶつけられるかと恐れ、ブラッカイマーたち武装兵にしても、どのような難癖を言われるのかと恐れおののいていたのだから無理もない。

 そこへ五爵位貴族の当主が頭を下げ、尚且つ老人の体を気遣って心配顔で微笑むのである。もっとも、その笑顔は恐ろしげであり、腹に一物ありそうなのではあるのだが。だから、老人も武装兵たちも、何か裏が有るのではと、表情を強張らせて変な邪推をしてしまう。


「お許しを……」

「我らも未然に事故を防ぐ事が出来ず、まことにもって申し訳なく……」


 と、老人と武装兵たちが焦ったように、こぞって頭を下げる。

 しかし、それこそ本当の意味での邪推であった。

 モンテグロ男爵は「何時もの事ではあるが……」と、苦笑いを浮かべて御者のモルドと顔を見合わすのであった。モンテグロ男爵には、元よりそのような積りもなく、その性格も見た目に反して温厚なのである。

 元々この太った体も悪相も、男爵家に代々伝わる呪いのようなものだった。

 モンテグロ家は帝国成立以前の大昔から、代々優れた魔力持ちの当主を輩出してきた家柄。時には、後に英傑と呼ばれるような者すら生み出し、帝国成立時には伯爵位まで駆け上がったのだ。が、過度の魔力は肉体にまで影響を及ぼす。大きな魔力を扱う才能、或いはその器を備えていない者には、大いなる悪影響をその身に与えてしまうのもまた、当然の結果なのだ。

 約百年前にモンテグロ家が、伯爵位から男爵位へと降爵した時も、これが災いした。後に『ウィリアムの乱』と称される内乱のおり、裏で敵と通じて騒動を画策した嫌疑が掛けられたのだ。もちろん、当時のモンテグロ伯爵には、そんな積もりも無ければ関わった事実もない。だが、その容姿から大いに疑われる事となり、遂には降爵の憂き目にあったのである。

 その事件が、現モンテグロ男爵の曾祖父の時代の事であった。それ以来、いや、それ以前から、モンテグロ家の悪相は当主自身が良く分かっている事であり、常に清廉潔白を心掛けていたのだが、周りでの風評はこれである。

 そして、男爵位への降爵以来、モンテグロ家では伯爵位への復権が、当主のみならず家臣を含めた全ての者の悲願となっていたのであった。

 因みに、その降爵事件の後、領地は取り上げられ名前だけの男爵と落とされたため、主だった家臣以外は散々となった。今もモンテグロ家に仕えるのは、その時に残った家臣の子や孫たちなのだ。

 当然の事ながら、領地なしとはいえ爵位自体は五爵位下位の男爵位。それなりに体裁は整えなければいけない。しかし、領地収入が無いため、多くの家臣を養う事は出来ない。そのため、家臣の一人一人が何役も熟さなければいけなくなった。御者のモルドも、御者兼屋敷の庭師であり、モンテグロ男爵が出掛ける時には、護衛の武人をも兼ねていた。それはモルドだけでなく、屋敷に詰めるメイドに至るまでが悲願達成のためにと、苛烈な訓練を行うほどであった。しかもここ数年は、その訓練も悲壮感の漂うものとなっていた。

 というのも、数年前にモンテグロ家の財産を大きく傾ける事件があったからである。

 降爵以来、モンテグロ家では商会を立ち上げ、商人の真似事をして糊口ここうしのいできた。商取引の際には、当主の悪相も意外と役に立った。相手が勝手な想像をし我が身の危険を感じてか、モンテグロ家にとっては有利な条件で契約してくれるのだ。現モンテグロ男爵の時代には、家産を倍とまではいかないが、それなりに増やす事には成功していた。しかし、好事魔多しの例えの通り、モンテグロ家は調子に乗ってしまい数年前に紡績関連に手を出してしまった。そこで、手痛いしっぺ返しを食らったのだ。綿花や麻などの繊維関連は、ダナン州に一大栽培地があり、その地を領するストラダイム伯爵家が市場をほぼ独占していた。そこに割って入ったモンテグロ家が、ストラダイム家の逆鱗に触れてしまったのは当然の結果でもあった。取り引きの際、ストラダイム家の息のかかった商人に罠に嵌められ、大きく財産を失う事となってしまったのだ。それ以来、家臣一同は、いつかストラダイム家には仇を返すと、更に激烈な訓練を行うようになり、どちらかといえば武闘化へと傾く傾向があった。だからこそ、武装兵の班長であるブラッカイマーが、モルドの御者にしては隙のない動きに驚いていたのである。


 老人やブラッカイマーたちの態度に苦笑を浮かべつつ、モンテグロ男爵が場の雰囲気を和らげようと、また老人へと声をかける。


「ご老体は、何をそんなに慌てていたのですかな」

「それが……孫娘が治安局に連れて行かれたようなので……」

「……ん、もしやご老体の孫娘も、学園の生徒なのでは?」


 モンテグロ男爵の言葉に、驚いたように顔を上げ頷く老人だった。


「いや、我が家の娘も学園の生徒でな。ご老体の孫娘と一緒で、同じく治安局に連れて行かれたようなのだ」


 老人の孫娘が学園の生徒と聞き、嬉しそうに笑うモンテグロ男爵だった。

時間的に余裕もできたので、もう少し更新頻度をあげれそうです。

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