◇男爵家の人々(3)
モンテグロ男爵は、ぐるりと周囲を見渡し「あっ」と、ある事に気付いて老人にまた声をかけた。
「ご老体は、魔導工学士ですな。もしかすると、ドヴェーフ地方のご出身では?」
それは、この場所が工房団地と呼ばれるほど、魔導工房が建ち並ぶ地域であり、老人の風貌から推察しての問い掛けだった。
ドヴェーフ地方とは、帝国北方地域の山岳地帯の事であり、そこに大昔から住み暮らす民には特徴があったのだ。男性も女性も共に背丈が低く、昔は帝国の民からは矮人とも呼ばれていた。しかし力強く屈強な者も多く、特に男性は特徴的で長い剛毛の髭をたくわえ、金属の精練に長けていたのである。ドヴェーフ地方が帝国の版図に加えられてからは、その精練技術の高さから、帝国の魔導工学には欠かせない民となっていた。
その老人も、ドヴェーフ地方の民特有の容貌を色濃く残していたのである。短躯ともいえる低い背丈に、高齢のためか頭髪こそ抜け落ちていたが、その顎には豊かな真っ白な髭が未だ健在であった。それに何より、右肩のみ盛り上がった筋肉質な体が、長年に渡り金属精練のためにハンマーを振るい続けてきた事を物語っていた。
「いかにも、わしはそこで工房を営むドハル・クラインですじゃ」
「おぉ、それはそれは。そうすると、ドハルどのの孫娘さんは、我が家の娘やメリルとは同級生ですな」
学園での事は、メリルから逐一報告を受けていた男爵。その話の中には、同じクラスとなったクライン工房の娘の話もあった。その事を思い出し、男爵の表情が綻ぶ。
元々、曲がりなりにも商会らしきものを経営する男爵だったので、クライン工房の『隠れた名匠』との噂も聞き及んでいた。だからメリルの報告を聞いた時には、娘のアンジェラには良い刺激になるではと、大いに喜んでいたのだった。
そしてそれは、ドハルと名乗った老人も同じであった。孫娘のサリーもまた、入学したその日に見かけたアンジェラの事を話していたのだ。
ドハル老は若い頃に、ドヴェーフ地方の閉鎖的な社会を嫌って生まれ故郷から飛び出し、珍しい魔鋼石や秘石を探し求めて世界中を歴訪した経験があった。そして最終的に落ち着いた先が、この帝都だったのだ。その際、旅の途中で知り合った女性エマと一緒になり、現在のクライン工房を立ち上げたのである。
今では、そこそこに名も売れたドハル老も、最近の悩みは、その工房の後継者についてだったりする。妻としたエマは今も元気に工房を手伝い、自分にとってはなくてはならない伴侶だと思っている。近頃では小言も多くなったが、それでも苦労をかけた若い頃の事を思えば、文句のひとつも言えない。自分には過ぎた古女房だと思っていた。だが、ドヴェーフの民以外から妻を娶ったのがいけなかったのか、二人の間に生まれた一人息子には、経営の才はあっても工学士としての才はなかったのだ。
がっくりと落胆するドハル老だったが、最近になってその風向きが変わったのである。
それが孫娘のサリーの存在だった。本来は血筋も薄くなるクウォーターなのだが、サリーの場合は何故か、ドヴェーフの民としての血筋が色濃く出たのである。それは、いわゆる先祖返りと言われるものだったのかも知れない。
とにかく、幼い頃よりサリーは工学士としての才の片鱗を見せ、ドハル老をよく驚かせたりもしていたのだ。一番に驚いたのは、まだ十にも満たない幼い頃に、強化系魔導具の基本ともいえる『守護の指輪』を、自分なりの試行錯誤の末に作成したことだろう。それは売り物にもならない拙い技術で作られた魔導具だったが、それなりの機能もはたし、ドハル老を大いに慌てさせる事となった。それ以来、折に触れてはサリーに工学士の基礎を教えてもいたのである。
今ではそこらの工房にいる職人にも勝るほどの冴えを見せ、時にはドハル老を唸らせる事もしばしばなのだった。孫娘として贔屓目に見た分を差し引いたとしても、稀にみる天才と思えるほどになっていた。
しかし、元来ドヴェーフの民は頑固な職人気質の者が多く、完全な男性社会だった。その気質は嫌って飛び出したはずのドハル老にも、しっかりと受け継がれ、いや、歳を重ねるにつれ顕著となっていた。だから、最近まで大いに悩む事となったのだが、それは可愛い孫娘を何時までも手元に置いておきたいとの気持ちの顕れでもあった。
だが、サリーが十五歳になった時に、ようやく決断したのである。
この天才を、ここに埋もれさせてはならない。世に出すべきだと。
将来はクライン工房を継がせる――いや、それ以上の歴史に名を残すような魔導工学士に成長させるべきだと、最近になって思い直した所だったのだ。
そんな訳で孫娘のサリーには、もっと世間で経験を積ませるため、或いは将来工学士として大成するのに必要な人脈作りをさせるためにと、名門アグラリア魔導学園へと入学させたのである。
そして入学して早々にドハル老に話したのが、同級生となったモンテグロ家令嬢、ゴーレム姫と陰で囁かれるアンジェラの事だった。
ドハル老もその仕事柄、高位貴族ともある程度の繋がりは保っていた。だから、貴族家のサロンでよく噂されていたモンテグロ家の事は知っていた。魔導士として優秀な血筋だが、その反面それが災いして呪われているとも噂されていることも。貴族家の中には、帝国の大陸統一戦争の時に活躍した当時のモンテグロ伯爵は、その時に多くの敵を虐殺したため、その祟りが一族に今も降り掛かるのだと噂する者もいるほどだった。
だからドハル老も、サリーの話には工学士としての興味も覚え、心に残っていたのである。そしてその際に、サリーが発した言葉に目を細める事となった。
その時にサリーは、こう言ったのだ。
「お爺ちゃん、あたし勉強をもっと頑張る〜」
サリーは天才故にか、少しむらっ気がある所もあった。だから突然の宣言に驚き、ドハル老がどうしたのかと問うと、今度はこう答えたのだ。
「アンジーちゃんみたいな娘を、あたしの魔導具で救ってみせるのよ〜。先ずはアンジーちゃんを卒業までに〜笑顔を浮かべられるようにしてみせるわ〜」
これにはドハル老も、真っ直ぐ優しい孫娘に育ってくれたと涙を流し、嬉しさのあまりこう返した。
「ふむ……もし仲良くなれそうなら、家に連れて来れば良い。わしが一度、ゆっくりと見てあげよう」
ドハル老には長年の経験から、モンテグロ家の血の呪いにひとつ心当たりがあったのだ。
それらの事を思い出したドハル老もまた、「あっ」と声をあげた。今目の前にいる貴族様が、そのモンテグロ男爵だとようやく気付いたのである。




