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聖女さまは戦闘職をご希望です。  作者: 飛狼
第一章 聖女覚醒
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◇聖女様、お目覚めの時間ですよ? (21)

 雲ひとつない青々とした空の下に浮かぶのは、微かな燐光を放つ真円。その大きさは、この公園と同程度の巨大なもの。陽光に紛れ、目を凝らして見ないと分からないようなうっすらとしたものだが、確かにそこに存在していた。まるでサークル型に発生した色付く雲のようではあるが、決して自然現象では有り得ない。そこには、同じく燐光を放つ文字のようなものが刻まれていたからだ。

 その不可解な現象の真下ではアンジェラとエースが対峙し、傍らにはアレクとテロリストたちが奇妙な緊張感を孕ませ睨み合っていた。

 斉射された火弾や氷弾は全て弾かれ、エースの放った魔法まで無力化された。それらが今連続して起きている不可解な現象と関連していると思われるのだ。続けて攻撃を加えるのも躊躇われ、それはまたアレクも同じだった。一度は自分の纏っていた『爆炎装身』すらも消えたのである。だから双方が動くに動けず、間には奇妙な緊張が漂っていた。皆が空を見上げながら、関係しているであろうアンジェラに注目していたのである。


 そんな奇妙な緊張感の中で、ぼんやりとした声で呟いたのはサリーだった。


「……魔力回路みたい〜」


 と、ぽかーんと口を開け、皆と同じく空を見上げていた。

 サリーが口にした魔力回路とは、魔導具となる素材へ魔法によって刻まれる、魔石と魔導士を繋ぐ紋様。魔導具を作り出す工程には他にも様々な技術は有るものの、この回路を刻む行為こそが肝心要かんじんかなめきもでもあるのだ。学園の魔導工学科でも基本型は教えるが、各工房では秘伝なども存在し、サリーのように将来は魔導工学士を目指す者にとっては極めて重要なものなのだ。

 だから思わずもれ出た言葉なのだが、誰もその呟きを聞いてはいない。それほど壮大で人の手では成し得ないものに思えたのだが、さっき光の柱を見たばかりである。皆が考える事はひとつ。あれも目の前にある古代の魔導装置が、何らかの影響を与えて生み出されものだと考えていた。

 皆が目を見張る中、エースだけは喜色を浮かべる。光の柱が消えたのは、目の前にいる女生徒が何かをしたのは確か。しかし、魔導装置自体が壊れた訳ではないと確信したからだ。その証拠に、空には不可解な現象が生じている。アレクやこの女生徒さえどうにか始末すれば、まだまだチャンスはあるとの考えに至る。

 だが、そんな希望もアンジェラが打ち砕く。


「あれはわたくしの刻印魔法で宙に刻んだ魔法陣ですわ。さすがにあれだけの規模のものは、ここ以外では無理ですけれども。聖樹が完全に朽ちていなくて助かりましたわ」


 そう言うと、アンジェラは背後の大樹の残骸に愛おしそうに目を向け、


「もう大丈夫よ。わたくしが帰って来たからには、元に戻してみせますわ」


 と、朽ちた大樹に優しく声を掛けていた。その後、再びエースへと目を向ける。対するエースは聞き慣れない言葉に困惑しつつも、その瞳には怒りが色濃く滲んでいた。


「刻印? 魔法陣? それにお前が作り出しただと、いい加減なことを言うな!」

「あら、魔方陣を知らないのかしら……もしかして、駆け出しの魔法使いさん?」

「な、なにぃ!」


 可愛らしく小首を傾げるアンジェラに、更に激昂するエース。こめかみの辺りには血管が浮き上がり、ピクピクと動いて今にも切れそうだ。


 エースがからかわれたと思ったのももっともな事で、今の時代では既に魔法陣の概念そのものもまた失われて久しいのである。現在それに一番近い考え方は、先ほどサリーが呟いた魔法回路の技術だろうか。それ以外では、一部の学者が古文書の中で目にするぐらいでしかない。それ故に、世間一般にもあまり知られておらず、知っていても、もはやオカルト話や与太話に近い感覚でしかないのだ。

 ここにいる者の中では、それらの話や説について一番に詳しいのはマレー教授なのだが、今は身動きも出来ずにエースに踏みつけられたままである。ただし意識自体は有るので、先ほどから体を動かそうと震わせたり、目を大きく見開き「ふがふが」と何かを言いたそうにしているが、誰も気づいてはいない。もっとも、元気であったなら一連の出来事に大騒ぎをし、更に状況を複雑にしていたと思われるので、アンジェラやアレクにとっては幸いだったのかも知れない。


 空を指差したエースの声も、荒々しく大きなものへと変わる。


「ふざけるな! あんなものが人の手で作り出せるものか!」

「あら、わたくしは無敵ですから当然できますわよ。少しは聖樹から力を借りましたけど、正真正銘あの魔法陣はわたくしが編んだものですわ。ですから、今この地は『聖地不殺の魔法陣』の影響下にあります。わたくしの許可なく、いかなる者も他者を傷付けることは叶いませんのよ」

「お前は光の女神にでもなった積りか! そんな魔法が……」


 怒りでわなわなと体を震わせていたエースだったが、言葉の途中で絶句する。続く「あるものか」との言葉を、喉を鳴らして飲み込んだからである。何故なら、実際に自分の放った魔法が、吸収されるように消え失せたのを目にしたばかりだからだ。怒りで赤く染まっていた顔色も、もはや青く更には紙のような白い色に変わろうとしていたのである。

 とそこへ、アレクも話に加わった。


「アンジェラ、君がこれを? それにさっきの皆を包んだ繭のようなものも?」

「当然ですわ、ここは聖域。何者も争う事は禁じ……」


 そこでようやく、アンジェラは周囲を確認するように辺りをキョロキョロと見回し、「随分と変わってしまったけど、どうなっているのかしら」と困惑気味に囁きぶつぶつと呟く。

 アレクとしては今のアンジェラの様子も気になるが――光の柱に、アンジェラの突然の変貌、それに奇跡のような魔法を見せられ、どうしても訊ねずにはいられない言葉があった。


「き、君は……何者?」と。

わたくしは――」


 皆の痛いほどの視線がアンジェラへと集中する。膝を突きしがみ付くように抱き付いていたメリルも――こちらは「女神さまの降臨」と呟き恍惚とした表情で見上げているので、少し皆とは趣きが違うのだが。

 アンジェラはそこでハッと気づいたのである。もしここで、昔この地で聖女を務めていた転生者とでも言おうものなら、またかつての二の舞に成りかねないと。

 そう彼女アンジェラこそ、かつてこの地で栄えていたエルロイ聖国の聖都を守護し、邪神の魔の手から守り通した聖女ラナノアの転生体であった。


「……えぇと……わたくしは……」


 自信満々だった姿は影をひそめて、急にあたふたと慌てるアンジェラだった。


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