◇聖女様、お目覚めの時間ですよ? (20)
エースが怒鳴るも、他の者は火杖を構えたままためらいを見せ、思わず顔を見合わせていた。アンジェラの天使のような変貌ぶりもあったが、それよりもさっきの斉射後の不可思議な白光現象が脳裏を過ったからだ。幾ら世界に魔法があふれていようと、いや逆に魔法が存在しているからこそ、神秘を感じさせるものには過剰に反応してしまう。それもまた、人の心理なのである。
だが、エースは違った。
「何をしている、これしきの些末な事に気を取られるな! 我らの大義を、帝国の圧政を忘れるな! ダナン解放のその時まで、我ら一同、悪鬼に堕ちようとも成し遂げるとの誓いを思い出せ!」
エースの叱咤に、誓いとの言葉に仲間たちは顔色を変えた。組織が掲げる大義や後に続く同志たちの事を思い出したのだ。テロリストたちの顔から迷いが消えた。腰だめに構えていた火杖が、またしても生徒やアンジェラたちに向けられる。
謎の白光現象が起き、溢れていた魔力が消失してからここまで、それほどの時間がかかっていた訳ではない。全てが重なり、ほぼ同時に進行していたのだから。
その僅かな時間に、目まぐるしく状況は変わる。
それでも気を削がれていたアレクが、改めて行動を起こすには十分な時間があった。
だが動こうとしたアレクは、ふとその時になって気付いた。自分が魔法で生み出した全身に纏っていたはずの炎も、光の柱と同じように消え失せていることに。
――む、何故? やはり、あの時にアンジェラが何かをしたのか?
光の柱が突然に消えたことや、辺りに漂っていた濃密な魔力が消失した事も、アンジェラが魔結晶に触れたのが原因かと、一瞬そんな思いが浮かぶ。しかし、今はそれらを考えている僅かな時間も惜しい。直ぐにその考えを、アレクは強引に脇へと押しやる。
「ちぃぃ、そんな事は後でゆっくりと考えればいい。今はとにかく、【爆炎装身】!」
改めて言葉を唱え、もう一度、全身に燃え盛る炎を纏う。アレクの場合は、身に付けている装身具――ピアスや指輪は勿論、腕輪や首飾りやアンクルバンドまで、全ての魔導具を同時に触媒として使用して、彼特有のオリジナル魔法を発動させるのだ。本来であれば、触媒の複数使用はほぼ不可能。それを成し遂げているのだから、生徒会の中ではその戦闘向きの性格からフレイヤが目立つも、アレクもまた希有な存在なのである。
しかし【爆炎装身】は強化系の魔法。だから続けざまに、アレクは放出系の魔法の言葉も唱える。
「【紅炎蛇咬】!」
アレクの体から生み出された数匹の蛇を象った炎の塊が、渦を巻いてテロリストたちへと襲い掛かった。
だが――。
「【氷柱壁】!」
エースもまた触媒である魔杖を振るったのである。アレクのような優秀な属性特化型の魔導士ではないが、エースも実力のある万能型の魔導士。事前に調べていた生徒会メンバーの魔法特性に対抗すべく、特別質の良い魔結晶を手に入れていた。今はアレクに対抗するために、氷属性の魔結晶を魔杖に嵌め込んでいたのだ。
テロリストたちの前に、氷柱が壁のように連なり、アレクの放った炎の蛇を阻む。
たちまち、灼熱の炎と凍てつく氷が轟音を響かせ対消滅する。周囲に撒き散らされるのは、煌めく氷の破片と大量の水蒸気。
「なにぃ! 馬鹿な!」
アレクが驚きの声を上げる。
それも無理はなかった。自分の能力に絶対の自信を持っていただけに、攻撃を防がれた事が信じられなかったのだ。
「馬鹿め。だから自信過剰の甘ちゃん学生だと言ったのだ。事前に相手を詳細に調べ上げるのは戦闘の基本。炎の貴公子とか呼ばれていい気になっている有名な大公家の御曹司に対抗するため、此方は三百年物の魔結晶を用意してある。お偉い貴族家でも滅多にお目に掛からない魔結晶をな」
迷宮で産出される魔石は、迷宮内で魔力を浴び続けるほど結晶化が進み質の良いものとなる。エースが言うように、三百年物ともなれば滅多に産出れることもないのだ。
確かにアレクも、上位貴族家として恥じないように魔道具自体は名工の手によるものだが、そこに嵌め込まれる魔結晶は百年物が精々。上位貴族家といえどそんなものなのである。しかし、魔法を扱うにはこの差は大きい。言うなれば、エースはアレクとの実力の差を、魔法発動に必要な触媒の質の差で埋めたのである。
「半数は、対炎属性用の氷弾に換装せよ」
矢継ぎ早に、エースの指示が仲間へと飛ぶ。
火杖も魔杖には違いなく、別に他の属性弾も装填はできる。ただ属性弾の中で最も威力が高いのが火弾なのだ。そんな訳で、専ら通常使用されるのは火弾となった。それらの事から一般には、単純に火杖と呼ばれるようになったのである。
しかも、エースが換装を指示した氷弾もまた、対アレク用の特別製であった。
「射て! 全員を皆殺しにしろ!」
「く、氷弾だと……まずい」
アレクの顔に焦りの色が浮かぶ。炎属性とは最も相性が悪い。それでもただの氷弾であれば、自分の魔力で強引に捩じ伏せる自信はあった。今までも学園の訓練でもそうしてきたのだ。しかし、エースの用意したのが、ただの氷弾で有るわけがない。そこまで考えての、アレクの焦りだったのである。
「勝ったな……」
エースがぼそりと呟く。もはやアレクの始末はついたものと思い、この時、別の事を考えていた。エースの脳裏に過るのは作戦失敗の文字だった。しかし、それを頭を振って打ち消す。この場にいる者、逆らう者を全て抹殺し、もう一度、古代の魔導装置を起動させれば良いと考え直したのである。
――こいつさえいれば何度でも……。
傍らに転がっていたマレー教授を踏みつけ、エースがにやりと笑う。
だが、次の瞬間には愕然とした表情で凍り付いた。
何故なら――斉射され撒き散らされる火弾と氷弾。意識を失ったままの生徒やアレクやアンジェラたちに突き刺さるかと思われたが、その寸前で全てが弾かれたのだ。
全員が透明の繭のようなものに包まれ、着弾した時にそれが波紋となって露になった。
「な、何が……」
驚くのは、今度はエースたちの方だった。
「私の結界魔法ですわ!」
またしても場違いな、アンジェラの涼しげな声が響き渡る。
「女ぁ、またお前かぁ!」
エースが憎々しげにアンジェラを睨み付けた。
「私の名前は、女でありませんわよ。先ほども申しあげた通り、私の名前はアンジェラですわ」
アンジェラの慇懃な態度が、またエースの癇に障り怒声と共に魔杖を振るった。
「女ぁ、死ねぇ!」
放たれたのは、さっきの氷弾とは違う氷の刃。四方から無数の刃が迫る。
「お嬢さまぁ!」
未だアンジェラにしがみついたままのメリルが、庇うようにして叫ぶも、またしても全てが弾かれたのだ。いや今度は弾かれたのではない。全てが波紋を残し、透明の繭に吸収されて霧散したのである。
「な、何をした……」
理解が追い付かず、絶句するエース。このような魔法を見たことも、聞いたことも無いからだ。
「ですから、私は無敵ですのよ。ここはかつての私の憩いの庭。ここで私に危害を加えるお積りでしたら、それこそ邪神でも召喚しなければ無理ですわね。ごらんなさい、上空を」
アンジェラがにっこり笑って空を指差した。
釣られて見上げた皆が驚く。
「おぉ、何だあれは……」
真上に――晴天の空の下、巨大な魔法陣が浮かんでいた。




