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聖女さまは戦闘職をご希望です。  作者: 飛狼
第一章 聖女覚醒
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◇聖女様、お目覚めの時間ですよ? (19)



 朽ち果てていた巨木の表皮が、ぱらりと捲れ欠片となって落ちていく。あれほど周囲に満ち溢れていた魔力も、いつの間にか霧散していた。そして何より最も重要なのは、猛るように迸り天を突き抜けていた光の柱が消滅していたのである。

 そこには、いつもと変わらない『巨人の腰掛け』の姿があるだけだった。


 その前では、英雄になると高らかに宣言をする美少女がひとり。モンテグロ男爵家の令嬢アンジェラである。産まれた時から自らの意思を示す事もなく、言葉すら発する事がなかった。元々が、目の覚めるような美貌の持ち主でもあるアンジェラ。しかしそれが逆に災いして、感情の欠落した表情は、人に不気味な印象を与えることすらあったのだ。だから周囲からは、人形姫やゴーレム姫と陰口を囁かれることも度々だった。それが、今は別人。弾けるような輝く笑顔を振り撒いている。そこには一切の邪気や翳りが無い。清々しいまでの笑顔なのだ。美貌の中に感情豊かな表情が花開き、人を惹きつけずにはいられないほどだったのである。

 そう、それはまるで、お伽噺に出てくる聖女や女神のような笑顔だった。


 あまりの嬉しさから思わず叫んだアンジェラ。そこでようやく、周りから注目されているのに気付いたのか、少しはにかむ。


「あら……えぇと、コホン」


 誤魔化すように、可愛らしく拳を握ると小さな口元にあて空咳をひとつする。その後、スカートの裾を少し持ち上げ、


「皆さま、ごきげんよう。わたくしはラナイっと、今は違いましたわね。今は確か……そうそう、アンジェラですわ。わたくし、アンジェラと申しますのよ。これからは仲良くして下さいね」


 と、ぺこりとお辞儀した。

 なんともこの状況で、場の空気を読まない可愛らしい挨拶をしたのである。

 これには、皆も呆気に取られるしかない。

 それはエースの仲間たちも同じだった。彼らもテロリストとはいっても、根っからの悪人ではない。中には農夫や坑夫の倅等のごく普通の生まれの者も多い。帝国側から見れば確かに治世を乱す犯罪者でしかないが、反対側から見ればそれもまた変わる。用いる手段の是非はあるものの、ある種の正義、或いは思想と信念の元に己の命をかけて行動しているのだ。もし、後に帝国が打倒されるような事があれば、歴史は彼らを、打倒帝国の先がけとなった英雄として称えるかも知れないのである。

 そんな彼らであるから尚更、斉射後の不可思議な現象の後に、突如現れたかと感じられた美少女――女神の如く美しいその姿に、躊躇、いやその前に呆気に取られてしまったのだ。


 アレクやサリーにしても、ゴーレム姫の噂は前から知っていた。それに、実際に自分の目でその姿も確かめている。だから今の華やいだ姿に、目を丸くして驚いていた。が、やはり一番に吃驚するのはメリルである。


「……お、お嬢さま?」


 驚きを通り越して、もはや絶句である。例え神話の中で語られる邪神や光の女神が、この場に降臨しようともこれほどの驚きは見せないだろうと思えるほどだった。


「あ、メリル。これは……えっと、何の集まりかしら?」


 可愛らしく小首を傾げるアンジェラ。その声に、メリルの体がビクンと反応して脱兎の如く駆け出した。


「お、お嬢さまぁ! アンジェラさまぁ!」


 メリルにとっては、夢にまで見た瞬間でもある。

 アンジェラを診察した医者も匙を投げ、近頃は男爵家の人々の間でさえ、諦めの雰囲気が漂っていた。その中でもメリルだけは、いつかはアンジェラも元気になって、自分と楽しいお喋りをするのだと信じていたし、その場面を頭の中で想い描いてもいたのだ。

 その願いが叶った瞬間でもあった。

 頭の中からは周りの状況も全て吹き飛び、すがり付くようにアンジェラに抱き付くと、わんわんと涙を流すメリルだった。


「あらあらメリルったら。どうしたのかしら、いつも一緒にいたでしょうに。それではまるで、久し振りに再会したみたいですわよ」


 メリルの姿に、今度は困ったようにまた小首を傾げるアンジェラだった。


 だが、周囲の張り詰めていた雰囲気が真逆へと変わる中でも、違う反応を示した者がひとりいた。

 わなわなと体を震わせるのは、テロリストを率いるエースである。その視線はアンジェラではなく、その背後の『巨人の腰掛け』に向けられていた。


「女ぁ! 何をしたぁ!」


 エースが激昂するのも当然だった。さっきまで奔流となって溢れ出ていた魔力、光の柱が消失したのだから。

 帝都に壊滅的な打撃を与える今回の作戦。その根幹となすのはその魔力。古代の魔導装置で得た魔力で、帝城に痛撃を与える。そうなれば帝都どころか、帝国中が混乱するのは火を見るより明らか。その混乱に乗じて、各地の同志が立ち上がる。それがエースたちの描いた計画だった。準備にも何年もかけ、問題となっていた帝都内で用意すべき膨大な魔力も、マレー教授のお陰で手に入れる事ができた。

 それなのに――今から作戦を開始しようとした矢先に、その要となる魔力が消え失せたのだ。怒り心頭となるのも無理はなかった。当然その怒りの矛先は、光の柱が消えてなくなる直前に、魔結晶に触ろうとしていたアンジェラに向けられる。

 しかし、その向けられる怒気を、アンジェラは軽く受け流す。


「あらあら、あなたでしたの。強引に地脈から魔素マナを汲み上げようとしていたのは。五芒星の魔方陣もなしに、無茶にもほどがありましてよ。地脈へと穴を開けるのは簡単ですけど、その後の制御が難しいのですから」

魔素マナ? 五芒星? 地脈? 何を言ってる……えぇい構わん! 射てえ! この場にいる者を全員射ち殺せぇ!」

「あら、無駄ですわよ。わたくし、無敵ですから」


 激怒するエースに、余裕の笑みを返すアンジェラだった。

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