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なまえのないうた  作者: pu-
第三章 恐らくは美しさを守るもの。恐らくは美しさを壊すもの。
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3.訓練開始

 いよいよ、行動訓練。

 ファルステールは徐々に激しくなる動悸を感じ、秒を越すごとに実感していく。

 学園は性質上、〈星域〉の端、世界を隔てる壁に密着している。

 門に値する〈鬼瓦〉を前にして、ファルステールはどこか平静にはいられなかった。

 まず、今着ている本物のパイロットスーツに違和感を覚えていた。


(なんか着ている感じがして、心許ないんだよな……)


 何度か触れてみたものの、感触は演習用の簡易スーツと変わりはない。

 決定的な違いは、〝魔石〟(オクルタ・ユヴェール)によって召喚されたゴムに近い伸縮性の高い物質で造られていることだ。

 外界に肌が(正確に言えば、〝魔石〟(オクルタ・ユヴェール)によって召喚された物質以外の全て)触れると『拒絶』されてしまう。

 そのため、このスーツの通気性は皆無。というのに、それでも暑さは感じない。

 これも〝魔石〟(オクルタ・ユヴェール)というトンデモ物質の賜物だ。


 ただそれ以上に、ファルステールは居心地の悪さを噛み締めていた。

 生徒達の列は二種類あり、一人で乗るグループとペアで乗るグループである。

 その後者にファルステールとチェーロは並んでいた。


(視線が痛いな……)


 昨日、転校してきたばかりの少女と一緒に〈魔法少女(マギスティーノ)〉に乗るのだ。みなの瞳は集まる。昨日よりもさらに強く。

 疑問を持つのは当たり前だろう。

 何せ、ファルステール当人でさえ、一緒に乗る理由をいまいち分かっていなかったから。

 他でもない彼自身が、志願書を提出したにも拘らず。


 今日のこの時間まで自らを納得させる答えを探った結果、最初の訓練から二人で乗った方がのちのち苦労せずに済む。

 どうせ一年後には、今パートナーがいなくても共鳴感応紋の形が近かった者と一緒に乗るのだから。

 そして、気軽に誘えるのがチェーロだった。

 そういう落としどころを見つけ、解決させた。

 刺さる視線から意識を逸らそうと改めて見る、世界を隔てる門。

 中からは見えないが、外側には鬼の顔が彫られている。らしい。


(この能天気なら、知っているかもしれない)


 そう思い、実物はどんなものなのかチェーロに訊いてみようとした。

 が、彼女はいつになく真剣な表情を浮かべていた。

 それにどこか、気を張っているようにも見える。


(……そりゃ、さすがにそうなるわな)


 チェーロの緊張まで移ったかのように、息が詰まるような錯覚さえもし始めていた。

 意識のやり場に困り、何よりも目立つハンガーに視線を置く。

 ずらっとハンガーに並ぶ、二〇機以上もの〈ファルサコロソ〉。

 生徒が乗る四五機全てを置くスペースがないため、ここを合わせた計三カ所からの出動となる。

 なお、ファルステールとチェーロは移動せずにここから。


 そこに一機。骨色の魔導装甲ではなく橙色の魔導装甲を纏う白い短髪の〈魔法少女(マギスティーノ)アクタコヌス〉がある。

 そのハンガーから下りて来るのはラーフォとインスラル。

〈アクタコヌス〉は二人の専用機であり、同時に〝魔石〟(オクルタ・ユヴェール)によって召喚された真なる〈魔法少女(マギスティーノ)〉でもある。


 二種が並ぶと、二つが全くの別物(・・・・・)なのだとはっきりする。

 真なる〈魔法少女(マギスティーノ)〉、〈アクタコヌス〉の容姿はまるで芸術品のよう。

 対し〝魔石〟(オクルタ・ユヴェール)によってできている疑似〈魔法少女(マギスティーノ)〉の〈ファルサコロソ〉は、まさに機械そのもの。

 改めて違いを感じている間に、二人の教師は整列した生徒達の前まで到着した。

 まず、ラーフォが口を開く。


「はい。つーわけで、これから実際に〈魔法少女(マギスティーノ)〉に乗ってもらうわけなんだけど……」


 並ぶ生徒を見渡し――


「ペアは八組か……う~ん。まぁ、毎年初回は少ないものとはいえ、せめて一〇はいって欲しかったかな。本物の〈魔法少女(マギスティーノ)〉は知っての通り複座だから、経験は積んだ方がいいんだぞ」


 とは言うものの、ラーフォの学生時代は自ら言い出せずに誘われた身なので、強くは言えない。

 もちろん、その事実は墓まで持っていくつもりだ。


「とりあえず。喋るのが面倒臭い説明はインスラル先生に任せます」

「はい。たった今、ラーフォ先生から面倒を押し付けられた先生が説明をします」


 しんと静まり返る。みなが説明を聞くためだ。

 ただ、緊張を少しでも和らげようとウケを狙ったものの肩透かしだったため、インスラルは少しだけ渋い顔を浮かべた。

 隣のラーフォは、滑り具合がツボに入ったようだが。

 咳を一つ払い、インスラルは淡々と説明を始める。


「実習内容は先日渡した書類の通り。〈星域〉外に於いての〈魔法少女(マギスティーノ)〉の操縦、及び簡単な戦闘訓練となります。まずシーフィネハ城跡まで歩行。そこに到達した人達から先生達に報告後、戦闘訓練を始めます。それと備考に書いてあったことなんですけど……」

「ああ。あの爺婆?」


 視線がラーフォ自らに集まっていることに気づくものの、やはり焦る素振りはない。


「ほら、歳でしょ? だから時差ボケなのよ、きっと」

「どの口が言ってるのかしら?」


魔法少女(マギスティーノ)〉が格納されたハンガーの奥から現れたのは、軍服に眼鏡姿のややきつい印象を与える女性。


「レト先生。お久しぶりです」


 ラーフォの何気ない挨拶に、生徒達が俄かに緊張とざわめきが広がる。

 レト・ナウデククヴィン。彼女は現役最年長(六八歳)の琥珀の庭園(スクツェーノ)星軍所属〈魔法少女(マギスティーノ)〉操縦者であると同時に、琥珀の庭園(スクツェーノ)最強の攻撃力を誇る〈クルエラフラム〉の操縦者だ。

 確かに、先日渡された資料にはビックゲストが来ると仄めかしていた。

 だが、まさか本当に、しかも大物が来るとは誰もが想像していなかった。


「ったく。年が経つにつれて、ガキどもが貧相になってくるな」


 その後ろから現れる、やたら口の悪い厳つい男。


「カルブ先生も相変わらずですね」

「お前も学生の頃から何も変わっとらんな、ラーフォ」


 このカルブ・ナウデククヴィンは〈クルエラフラム〉のもう一人の操縦者。

 彼もレトと同年齢。ただ筋骨隆々な肉体は、生徒達はおろか教師陣よりも太く屈強。喧嘩をしてもまず敵わないだろう。

 二人は元邀撃科の教師であり、定年退職後に軍に引き抜かれた。


「じゃあ、お二人からアドバイスをどうぞ」


 みなに視線が二人の老兵に。そして重みある言葉を、固唾を飲んで待つ。


「愚図の素人が上手く乗ろうとするな。身の程を知れ」と、にこやかにレト。


「身の程を知らない愚図が見栄を張るな。ど素人共が」 と、表情を変えずカルブ。


 身も蓋もない痛烈な言葉に、誰もが硬直した。

 唯一、老兵二人と深い親交のあるラーフォは、毎度のことと言わんばかりの苦笑を浮かべていたが。


「はい。口は悪いですが、このじーさんばーさんは照れ屋さんなんで、今の言葉はみんなの心の中で異訳して、いい感じに整えてからしまっておいて下さい」


 無理をするな――ファルステールはそう解釈し、胸にしまう。


「では、これから訓練を開始しますので、みんなは指定された格納庫まで行き、それぞれの担当指導者の元で〈ファルサコロソ〉に乗って下さい」


 その言葉にファルステールの心臓が跳ね、息が詰まる。

 ついに始まるのだ。

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