2.英雄創造
学園内の地下。邀撃科の生徒が普段あまり通らない廊下を、ヴェントと技術科の教師であるフォルタ・ドゥデクセプの二人は歩いていた。
向かっているのはフォルタ教師が主任を任されている第七開発室。
主に〈魔法少女〉関係の研究を行う施設だ。
そのため、学園のかなり深い部分まで潜っている。
「いやぁ、実習当日だっていうのに来てもらって、本当にすまんね。一応、最終報告をしないといけないからさ」
「いえ、大丈夫です」
ヴェントは返すが、〈星域〉外に出ることに緊張しないわけがない。
ただその中には、乗ることへの恐怖と興味が入り混じる、不思議な感情が燻っている。
「あとは最終調整だけなんだけど、未調整のまま外に出すのはさすがにマズイから」
「いえ! そんな! 訓練で使いたいっていうのは、僕の無理なお願いですから!――それに無理だということは、僕もほぼ毎日触れていますから分かっていますし」
それから、今日の実習に関する質問などを続ける。
と、等間隔に配備された灯りが続くのだが、その先から強い光が差し込む。目的地の近くまで来たということだ。
地下一二〇メートルから地表四〇メートルへと伸びる、学園内でもかなり広大な施設であるのがここ第七開発室。
部屋に入ってまず目に留まるのが、数機の〈魔法少女〉が格納されたハンガー。これは全て〈ファルサコロソ〉である。
その内の一つは上半身のみ。また頭部もないことから、修理中だろう。
八つある内の三つが開いているのは、真なる〈魔法少女〉のものである。
五体の〈魔法少女ファルサコロソ〉の中で、一際大きく容姿も異なる機体こそ、今開発しているヴェント専用の〈魔法少女〉。
「この強化型〈ファルサコロソ〉は名こそ〈ファルサコロソ〉だけど、設計思想が根本的に違うからね。もはや疑似〈魔法少女〉なんて呼べないよ」
新型機は隣で整備している〈ファルサコロソ〉と比べても、大きさも形も全く異なる。
通常機の全長が三〇メートル前後なのに対し、新型機は一〇メートル以上高い。魔導装甲に至っては形状や目的などが全く異なり、明らかに重装甲だ。
配色も骨色単色ではなく、〈ファルサコロソ〉用ではない外装もあるために赤や青が多い。
また多量の血色の髪を見て、『旧時代の歌舞伎の獅子物に似ている』とベトゥル・セスが無断で緑の二つ目に隈取りをした。他にも、通常機にはない排熱肩章も目立つ。
「無理を言って、本当にすみません」
「何言っているんだよ。こっちとしては君の発想は実に興味深かったし、今後のためになる。それに設計や製造も君が手を貸してくれたじゃないか――何より、資金面には苦労しなくて済んだしね」
「……すみません」
「おいおい。冗談だって」
丁寧に頭を下げるヴェントに、フォルタはやや狼狽した。
それから改めて機体を見、呟く。
「ただ、ラーフォ先生はこのまま完成して欲しくはないだろうけどね」
「……先生は終始、反対していましたね」
「彼女はまぁ、そうだろうね。正直、先生もこの立場じゃなかったらラーフォ先生側に着きたかったね」
「……やはり、学生が設計した〈魔法少女〉なんて危険だからでしょうか?」
「いや。そういう問題じゃないよ」
どこかばつの悪そうな笑みを浮かべながら、フォルタは小さく頭を振った。
そして、目の前の〈魔法少女〉のじっと見つめる。
「この機体の性能は先生が保証するよ。もちろん、ラーフォ先生と同じ意見はあるけど、早急に仕上げるつもりだ。未完成には絶対させない」
「では……?」
「それは先生達が大人だから、かな?」
その言葉の意をヴェントは分からなかった。
問おうにもフォルタ教師が醸す雰囲気はどこか訊ね難い。
というよりも、フォルタ教師そのものが答え難そうだった。
「ちょぉぉぉおおおおおおどぃぃぃいいいいいところにいたぁぁぁああああああ!」
少しばかり漂っていた気まずい空気を壊す、品性の欠片もない大音。
あまりの大声に、もはやなんといったか分からない。
が、誰が言ったかは分かる。
「ベトゥルさ――」
「このパーツ! 上腕の関節動力の歯車!」
「がふっ――!?」
走り込んだ勢いのまま、少女はヴェントの鳩尾に掌と一緒に一枚の紙をめり込む。いや、彼女としては渡したつもりだった。
速度に加え、腰、背中、肩、腕と連動させた正拳に近い理想的な打撃は、ヴェントを倒すには充分過ぎる。
崩れ落ちた彼は、うつ伏せのまま痙攣していた。
「どうした!? なんか君らしくない、実に面白い恰好をしてるじゃないか! くそっ! カメラはどこだ! こんな貴重な画、もう二度と拝めないかもしれないというのに!」
「助けなさい」
ぺしんっ、と慌てふためく少女の後頭部をフォルタがはたく。
その少女。白衣に丸眼鏡のベトゥル・セス。
彼女の視力は裸眼で両目ともに一.二。
白衣を羽織っているのは彼女の趣味。他に着用している者は誰もいない。彼女曰く『なんか科学者っぽいじゃん』とのこと。
「大丈夫かい?」
「ええ。ちょっと危険でしたけど……」
朦朧とする意識の中で、差し出されたベトゥルの手を取るヴェント。
立ち上がろうとするものの、足がまだ震えている。この経験は、一年前に軍の格闘訓練に参加させられて以来だ。
「それに、ベトゥル。何度も言うがヴェントくんはあくまでも外部研究生だぞ? 課題ではないとはいえども、それくらいは自分でやりなさい」
「だって、ヴェントのは精確なんですよ? もはやここまで正確だと、修正かけなくても使用できますよ。先生だって知ってるでしょう!?」
「それを召喚できるようになりなさい。そして、君が胸を張って自慢をすることでは決してないぞ」
「僕は別にいいですよ。好きですし」
「あまり甘やかさないでくれ」
溜息交じりのフォルタ。ただ、隣のベトゥルの顔には『甘やかしてくれて全然構わないぞ』と書かれていたが。
「でもこれ見るに、低濃度の〝魔石〟を直接削り出した方がいいんじゃないんですか?」
「今回のパーツは精密度を重視するから。それを視野に入れてコスト面を考えると、むしろ高濃度ので大量生産した方が安価なんだよね~。加えて。それやっちゃうと、〝魔石〟一個につき一枚しか作れないじゃん?」
教師の監督の下、生徒の自主研究に〝魔石〟を回せるほどの量は確保できる。
とはいえ、安価なものではない。
余計な出費は避けたいのはどこも一緒である。
「だけどヴェントなら、こんな生徒会の経理と経費の駆け引きに頭を抱えずとも、パパッと『天吏』を一掃できる武器を創造できるんじゃないのか?」
「想像できないものは創造できませんよ。〝魔石〟の摂理通り」
「頭が固いなぁ。若いんだから、そんなルールを壊すバイタリティが必要だぞ?――というわけで、善は急げだ。早速、その手首のサスペンションのとこをやってみよう!」
「ベトゥル・セス!」
「すいません! 調子に乗ってました!」
びゅーっ、と持ち場へと逃げていくベトゥル。割と運動神経があるという噂は、本当かもしれない。
「――ったく」
「相変わらずですね」
「少しは変わって欲しいけどね。あれでも成績は優秀なんだから」
「……耳が痛いですね」
乾いた笑いを一つし、ヴェントは視線を別に移した。
「あれは……?」
ヴェントの目に留まる、やたら長大な……板。
なぞるように見上げると、これまた巨大なブースターが六門装備されている。
「ご注文の品。全長五五メートルの超大型刀『破邪の利剣』だよ」
「これが、ですか……?」
あまりの大きさに板だと勘違いしていたものこそ、新型機を象徴する武装。
内在概念割断刀『破邪の利剣』。
自分で設計しておきながら、実際の大きさにさすがのヴェントも目を見張る。
「でもこれは、機体が完成してからの製造予定じゃ……?」
「まぁ、機体に合わせて造るなら同時進行でもよかったからね。それに随分前からできていたんだけど、何分調整が厄介でね――というのは建前で。実際はベトゥルが面白そうとか言って勝手に造り出しちゃったんだよ」
「持てそうですか?」
「現状、高濃度の〝魔石〟を装飾し、かつ保持制御のジャイロセンサーを取りつけても、隠し腕とパワードアームの二つを併用しないことには持つことさえできない――ただしそれはあくまでも、一般常識から割り出したデータだ」
ただですら、機体そのものが従来の〈ファルサコロソ〉に比べて破格の大きさだというのに、『破邪の利剣』はそれよりも約八メートルも大きい。
当然、そのままでは装備すらできないため、分割されるようになっている。
元来、人造である〈ファルサコロソ〉は、真なる〈魔法少女〉と違って自身で熱代謝ができない。
それ故に、連続稼働は短い。
対策として髪や血管の増長、増量を行うのだが、限界まで行っているためこれ以上はできない。
そうまでしてヴェントが『破邪の利剣』にこだわったのは、断固たる理由がある。
これが完成すれば、『実体を持った世界の滅亡』と称される『終界獣』の完全体でさえも両断可能だ。
それは数少ない、人造の対『終界獣』用〈魔法少女〉兵装の誕生に繋がる――完全体の『終界獣』など過去に五度しかいないこともあり、製造があまりされていない。
この『破邪の利剣』の実用データを多く取れば、いずれは量産化。人類平和に貢献できるはず。
ヴェントはもっぱら、そう考えている。
「本体は今週中には完成させるから、君は最後の設計を頼んだよ?」
「設計ですか? もう、僕が考えることなんてないんじゃないですか?」
「あるよ。一番の大仕事だ。今日はそのために呼んだと言っても過言ではないね」
分からず、僅かに眉根を寄せる。
「この機体につける名前だ。もうすぐ産声を上げるこれに、君は何を感じる?」
ヴェントは目の前の機体を見上げる。
この〈魔法少女〉には、様々な想いが詰まっているのは間違いがない。
が、とてもではないが名として一つに纏めるのは難しい。
(名前、か……)
両親は『風のように自由に生きて欲しい』という願いを込め、『風』とつけてくれた。
思うに、名前とは願いの体現だ。安易なものなどつけられない。
考えてもみなかった難題に、ヴェントは眉根を寄せることしかできなかった。




