大切な場所をね、見つけたんだよ。
エピローグは千佳さん視点でございます。彼女――彼の決めた結末を見守ってください!!
新谷君にとっての都ちゃんが、あたしにとっての真雪だと思っていた。
それはある意味大正解だったけど――でも、あたしと彼には、明らかな違いがある。
「……何事もなくてよかったよ、本当に」
あたしと新谷君であの部屋の男に正義の鉄槌を加え、二度とこんなことするなよと誓約書を書かせた後。(書かせるよう言ったのは真雪である)
二人と別れた私達も、自分達の家へ向かって歩いていた。
西日を背にして、国道沿いを歩く。横断歩道で信号待ちをしているときにぽつりと呟いた言葉には、真雪も同感だったようで、
「新谷君も、色々大変そうね」
「だねー……都ちゃん、これからも色々無茶なことやらかしそうだし」
本人たちがいないので、言いたい放題。ただ、あの二人は今後もあのペースで付き合いを続けていくのだろう、あの二人にしか分からない空気で、ずっと。
信号が変わったので、歩みを再開する。ギリギリまで歩行者に近づく車を軽く睨みながら、車の往来が激しい道路を渡りきって。
「……ねぇ、千佳。一つ聞いてもいい?」
「ん?」
あたし達が一緒に暮らしているマンションの入り口前。さっさと中に入ろうとしたあたしだが、不意に足を止めた真雪につられて立ち止まる。
振り返った彼女は、今までに見たことがないほど……儚い存在であるように思えた。
手を伸ばせば消えてしまうんじゃないか、そんな錯覚。
微妙な距離のまま、彼女があたしに問いかける。
「もしも私が……今日の都さんみたいになったら、助けに来てくれる?」
「当たり前でしょ? あたしはそんなに薄情じゃないよ」
当然の質問に笑って返答するあたしだが、
「真雪?」
「……本当に?」
「ちょっと、どうして疑うのよ。あたしが真雪を見捨てるような、そんな人間だと思ってるわけ?」
彼女に信用されてないような気がして、少し声を荒らげる。
「あたしは真雪を見捨てたりしない。何があっても絶対助けに行くわよ!」
彼女の存在がなければ、今のあたしはいない。
真雪と出会っていなければ……あたしは、「あたし」でいられなかったのだから。
思わず激昂したあたしに、彼女は「ごめんなさい」と目を伏せて呟く。
「……バカなこと聞いたわね。さて、今日の夕食は千佳の担当だから……私は部屋でのんびりさせてもらおうかしら」
「真雪……」
あたしの横をすり抜けて、マンションのエントランスに入っていく真雪。
そんな彼女の背中を見つめながら、釈然としない思いだけが、あたしの中で、くすぶり続けていた。
それからも、彼女は特に変わりなかった。
私達の部屋は2LDKで、6畳づつの個室と、そこに続く12畳のリビングで食事をしたりテレビを見たりしている。後は玄関横にあるキッチンと、風呂場とトイレを供用中。まぁ、至極一般的なルームシェアの形ではないかと思う。
夕食後、あたしはぼんやりテレビを見ながら……さっきの真雪のことばかり、考えていて。
あたしに何を伝えたかったんだろう。付き合いがそこまで長いわけでもないけど、最近は彼女の表情から……真雪が何を考えているのか、何となく察することが出来るようになってきていたのに。
……出来るようになったって、思ってたんだけどなぁ。
「千佳、お風呂いいわよ?」
パジャマを着て、濡れた髪をタオルで拭きながら……だらりと床に転がっているあたしを呆れ顔で見下ろす真雪。
「……洋服、しわになっても知らないから」
「アイロンは自分でやりますよ」
「前みたく、ブラウスを焦がさないようにね」
過去の失敗をにやりと笑う彼女に、あたしは起き上がって頬を膨らませ、
「同じ失敗を二度と繰り返さないのが藤原千佳なんだよっ!」
「ハイハイ。その言葉、忘れるんじゃないわよ?」
しょうがないとでも言わんばかりの表情で彼女はあたしに背を向け、自分の部屋へ向かう。
「――真雪!」
「ん?」
思わず呼び止めてしまった。反射的に振り返る彼女だが……勢いだけで呼び止めたあたしは、どうしていいのか分からないまま、言葉を捜す。
彼女に伝えようと思っていた言葉が、確か、どこかにあったはずで――
「あたしは……真雪がどこにいたって助けに行く」
「千佳……」
「約束する! あたしは――真雪と、一緒にいたいって思ってるから……」
後から考えれば、真雪にとってはた迷惑な言葉だったと思う。
これから、あたしはどうなるか分からない。もしかしたら症状が改善するかもしれないし、悪化するかもしれない。不安定なあたしと一緒にいることは、あたしと何の関係もない真雪にしてみれば、明らかな負担であり……迷惑なことだって、分かっているつもりだけど。
今まで誰も手を差し伸べてくれなかった。みんなが「あたし」を完全否定したこの世界で……真雪は、真雪だけは、その笑顔であたしに手を差し伸べてくれた。
これが、どれだけ救いだったか。
どれだけ――彼女を愛しいと思ったか。
「真雪にしてみれば、迷惑な話だって分かってる。けど……あたしは、あたし、はっ……!」
あたしは、
「真雪以外なんか……いらない! あたしは、真雪がいてくれればそれでいい!!」
聞き分けのない子どもみたいに、あたしは肩を震わせて感情を吐き出していた。
ようやく、気が付く。
あたしと新谷君の違いは、相手のことをどれだけ大切に思っているかを自覚しているのかってことだ。新谷君は都ちゃんのことを誰よりも大切に思っている。他の人間とは比較できないくらいに彼が彼女を愛していることは、明白だった。
じゃあ、あたしは? あたしは真雪のことが大切だ。でも、それだけ? 仮に明日、彼女があたしの前からいなくなってしまったら……あたしは、どうする?
泣くだろうか? 恨むだろうか?
……ううん、その程度じゃすまない。きっと、自分を見失うと思う。
そこまで彼女に依存しながら、あたしは、彼女の優しさの上でしか生きてない。自分の足で立つことを恐れ、世界を怖がり、外を見つめようとしない。
――新谷君は、きっと違う。都ちゃんを守るために、自分の足で立つことを望むだろう。そして、彼女を支えようとするはずだ。
じゃあ、あたしは?
「千佳……?」
普段とは明らかに違うあたしの態度に、心配そうな顔で座り込む真雪。
至近距離で見つめる彼女が、とても、綺麗に見えて。
ほのかなシャンプーと石鹸の香り。濡れた髪の毛が首筋にまとわり付いて、雫がポタポタと床におちていく。
「どうしたの? どこか悪い?」
化粧なんかしなくても、十分魅力的な容姿。その名前にふさわしく、雪のように透き通った肌と……真っ直ぐにあたしを見つめる、黒い瞳。
「ねぇ千佳? 千佳ってば!!」
「……ふふっ……あはははっ……!」
思わず、あたしは笑い声を上げていた。
状況を理解できない真雪が目を白黒させているけど……でも、ようやく、あたしは認めるしかない。
あぁ、あたしの負けだよ新谷君。君に触発されるなんて、あたしもまだまだ若いな。
認めるよ、あたしは、
「……長かったな、ここまで」
「千佳?」
「ようやく……「俺」でよかったって、思えるかもしれないよ、真雪」
やっぱり目を白黒させている彼女に、心からの笑みを向けて。
「さて、お風呂に入ってスキンケアしなくっちゃー★ あ、真雪、あんたの使ってるボディーソープ貸してねー」
「えぇ!? ダメよ千佳! あんたが使うと減りが早いんだから!!」
ケチなことを言う彼女を背に、自分の部屋へ寝巻き一式を取りに行くあたし。
……その後、お風呂場に向かった真雪がボディーソープを隠していることに気が付き、軽く口論になるのだが……それはまぁ、別の話で。
あたしは、真雪のことが好きなんだ。
出会ったあの時から、彼女の手を握り締めた瞬間から、ずっと。
「……びっくりしました」
次の日の夕方、やっぱりバイトの休憩時間が少し重なった新谷君とロッカールームで鉢合わせ。今度は彼が仕事に向かう準備をして、あたしがこれから栄養補給なのだが……あたしの変化に気が付いた(まぁ、気がついて当然だけど)彼が、心底驚いたという顔であたしを見つめる。
「髪の毛、切ったんですね」
「そ。ショートヘアーもなかなか似合うでしょ? 都ちゃんに見える?」
午前中にばっさり切って、今はすっきりしたショートヘアー。どうやらお客さんは男女の区別がつかないらしく……フロア内をうろうろするあたしをジロジロ見ながら、ヒソヒソと憶測を飛び交わせている光景を、この4時間で何回目撃しただろう。
実質、都ちゃんよりも短くなってしまったのだが……わざとらしく流し目を向けるあたしを、彼は爽やかに斬り捨てるのである。
「見えませんから」
「うわひどっ! 相変わらず、都ちゃんに関しては厳しいなぁ……」
スポーツドリンクを飲みながら嘆息するあたしは、ロッカーに寄りかかって……ブラウスを整える彼を、見つめた。
「昨日は、あの後どうなった……なんて、聞く必要もないか」
「今回ばかりは、藤原さんに感謝しますよ。これで都も少しは女らしくなってくれるんじゃないかと思います」
相変わらずぶっちゃけてくれる彼は、眩しいくらい強い。
どうやら、昨日はよっぽど楽しかったと見た。多分今日もバイトが終わったら、都ちゃんが待っているんだろう。都ちゃんも大変だねぇ……今度じっくり話を聞かせてもらわないと。
「都ちゃん、これからもっといい女になるんじゃないの? 悩みは尽きないねぇ、新谷氏?」
「大丈夫ですよ」
あたしの言葉を、彼は余裕の笑みで否定して、
「都は、俺しか見てませんから」
いつかあたしも、彼のようになれるだろうか。
好きな人に対して、誰よりも強く。
今日も相変わらず爽やかにフロアへ出て行く彼を見送りながら、自然と、表情が笑顔になる。
見ていてイライラしないこの二人は、実に貴重なバカップルであるような気がした。
さて、ココからは少し余談。
「おかえりなさい、千佳」
その日、夜8時過ぎ、バイトから帰ってきたあたしをいつもの笑顔で迎える真雪。
「疲れたー……」
ぐたりとダイニングテーブルに座り込むあたしに、そっとお茶を差し出して、
「その髪型の反応は、どうだった?」
「すっかり性別不詳になっちゃったよ。まぁ、面白いから放っておくけど」
お茶を一口すすってから、
「今日の夕食は、ハンバーグ?」
台所に立つ彼女の背中に尋ねると、「ご飯とお味噌汁、お願いね」と、笑顔で役割分担。
彼女の指示に従いながら隣に立ち、鍋に入った味噌汁をお椀にそそいでいると、
「……ねぇ、千佳」
「はいはい?」
「私も、千佳と一緒にいたいって、思ってるわよ」
突然の言葉に、あたしは持っていたおたまを鍋の中に落としてしまう。
思わず彼女をまじまじと見つめてしまった。フライパンからいい色に焼きあがったハンバーグを皿の上に盛り付けながら、真雪がちらりとあたしを見やり、
「……今日は、一緒に寝てみる?」
「ばっ……!」
「冗談よ。さっさと食べましょ、今日は見たいドラマもあるし」
あたしを軽くあしらいながらテーブルをセッティングする真雪。あたしは味噌汁を持ったまま、そんな彼女を見つめて、
「――寝かせてやらねぇよ」
本音はまだ、一人で呟くだけにしておく。
「?」
「なーんでもっ! さーて、ご飯ご飯ー。真雪、マヨネーズ取って」
「ケチャップ以外は認めないわ。今日は諦めなさい」
あたし達の日々は、まだもう少しだけ、このままだと思うけど。
でも……これからゆっくりでも変化していけばいい。あたしが変えていければいいかな、なんて……そんなことを考えて。
こんなあたし達の関係は、これからも実に奇妙なまま、それでいてあたしたちらしく、続いていくのだ。
とりあえず一区切り……皆様、いかがお過ごしでしょうか? 霧原です。
今回は正当なる続編「Two Strange IterestS/Second Progress -Lovey Dovey-(以下ラビダビ編)」をここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!!
今回は新キャラの千佳と真雪、二人の奇妙な関係が何となく軸になったので、殊更綾美と大樹の出番が少なくなってしまいましたが。(外伝でフォローしたいです……)
サブタイトルの「ラビダビ」という言葉にあるように、とにかくラブでしたねぇ(書いていて楽しかったですけど)……マニアックな要素よりも普通にラブストーリーになってしまいました。後半都や薫がやたら語っていたのは、霧原の自棄だと思ってください。(苦笑)
都と薫の二人は、物語が進むたびに親密にしかならなくて……もうどうしよう、このバカップルめ勝手にラブラブしてろ!! と、作者としてあるまじきことを何度思ったことか……。
う、うざいと思われたら嫌だなー……と、思っているんですけど。楽しんでいただけたのならば幸いです。
あと、ここまで完結が長引いてしまったのは……霧原が最後のアップを忘れていたからですごめんなさい!!
第3部も、そのうち……公開出来ればいいなぁ。(サイトにはありますが)
今後とも、このヲタカップルを生暖かく見守っていただければと思います。ありがとうございました!!