プロローグ
――20XX/6/23/19:34
雨の日、僕は電車に揺られていた。
梅雨で気分が下がり、訳もなく目の前の女の子をぼーっと見てしまっていた。
「お前、さっきから何見てんだ!」
目の前のおっさんが吠えた。周囲からの視線が痛い。最悪……。
そして、僕は言った。
「俺はあなたを見てるんじゃない。あなたに重なっている幽霊を見ているんだ」
「……は?」
当然の反応だ。おっさんは僕の言っている意味を理解できないようだ。
いま何が起きているのか説明しよう。
僕の名前は、高橋神楽。幽霊が見える高校二年生。
一人称は俺。心の中の一人称は僕。
目の前の座席に女の子の幽霊が座っていて、その上に重なっておっさんが座っている。
幽霊を見ているのに、おっさんは勘違いしたようだ。
自意識過剰と言いたいところだが、まあしょうがないだろう。
僕も多分勘違いする。怒鳴りはしないけど……。
以上、説明はこんな感じ。
「お前、嘘をつくな。幽霊が見えるなんて言い訳、通用するとでも思ってんのか!」
「じゃあ。証拠をお見せします」
「……見せてみろよ」
「まずこの車両、幽霊に取り憑かれている人が一人だけいます」
車両が少しざわついた。中にはスマホのカメラで撮影しだす者もいた。恥ずかしいからやめてくれ……。
「誰だっていうんだ? 俺か?」
「あなた……と言いたいところですが、残念ながら違います」
おっさんは少し安心している様子だ。もう信じてんじゃねーの?
僕は静かに左を指でさした。それは、大学生くらいの可愛らしい女性だ。
女性は顔色を変えた。怖いのだろう。それはそうだ。
急に幽霊に取り憑かれている人がいると言われ指をさされた。あなたです、と。
「……私に幽霊が憑いてるんですか」
女性は今にも泣きだしそうな声で言った。
「幽霊が憑いてます。でも、いい幽霊ですよ。守護霊的なやつです。あなたを守っています」
「ほんとですか……?」
「本当です。ひとつお伺いしてもよいでしょうか?」
女性は、「はい……」と自信なさげに答えた。
「以前、犬を飼っていませんでしたか?」
「そうです! 飼ってました。どうしてそれを?」
「あなたに憑いているのは犬の幽霊ですから。飼っていたのかと思いまして」
女性は唾を飲んでから話し始めた。
「……さくらって、名前の柴犬だったんです。生まれた時から一緒に育って……。そっか、私のそばにいるんだね。よかった……」
「さくらちゃん。笑ってますよ」
女性は静かに涙を流していた。
目の前のおっさんのことを忘れていた……。
うるさいと思って見てみると、大号泣していた。
良いやつなのか、悪いやつなのか、どっちなんだよ。気づいたら僕は微笑んでいた。
なんだか、車両の空気が緩み、雨の冷たさからほど遠い世界が広がっていた。
この時の僕は、あんなことが起きるなんて知る由もなかった。今日と同じ雨の日に――。




