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神楽ノ幽言  作者: 雨内蛍


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1/7

プロローグ

 ――20XX/6/23/19:34

 雨の日、僕は電車に揺られていた。

 梅雨で気分が下がり、訳もなく目の前の女の子をぼーっと見てしまっていた。

「お前、さっきから何見てんだ!」

 目の前のおっさんが吠えた。周囲からの視線が痛い。最悪……。

 そして、僕は言った。

「俺はあなたを見てるんじゃない。あなたに重なっている幽霊を見ているんだ」

「……は?」

 当然の反応だ。おっさんは僕の言っている意味を理解できないようだ。


 いま何が起きているのか説明しよう。

 僕の名前は、高橋神楽。幽霊が見える高校二年生。

 一人称は俺。心の中の一人称は僕。

 目の前の座席に女の子の幽霊が座っていて、その上に重なっておっさんが座っている。

 幽霊を見ているのに、おっさんは勘違いしたようだ。

 自意識過剰と言いたいところだが、まあしょうがないだろう。

 僕も多分勘違いする。怒鳴りはしないけど……。

 以上、説明はこんな感じ。


「お前、嘘をつくな。幽霊が見えるなんて言い訳、通用するとでも思ってんのか!」

「じゃあ。証拠をお見せします」

「……見せてみろよ」

「まずこの車両、幽霊に取り憑かれている人が一人だけいます」

 車両が少しざわついた。中にはスマホのカメラで撮影しだす者もいた。恥ずかしいからやめてくれ……。

「誰だっていうんだ? 俺か?」

「あなた……と言いたいところですが、残念ながら違います」

 おっさんは少し安心している様子だ。もう信じてんじゃねーの?

 僕は静かに左を指でさした。それは、大学生くらいの可愛らしい女性だ。

 女性は顔色を変えた。怖いのだろう。それはそうだ。

 急に幽霊に取り憑かれている人がいると言われ指をさされた。あなたです、と。

「……私に幽霊が憑いてるんですか」

 女性は今にも泣きだしそうな声で言った。

「幽霊が憑いてます。でも、いい幽霊ですよ。守護霊的なやつです。あなたを守っています」

「ほんとですか……?」

「本当です。ひとつお伺いしてもよいでしょうか?」

 女性は、「はい……」と自信なさげに答えた。

「以前、犬を飼っていませんでしたか?」

「そうです! 飼ってました。どうしてそれを?」

「あなたに憑いているのは犬の幽霊ですから。飼っていたのかと思いまして」

 女性は唾を飲んでから話し始めた。

「……さくらって、名前の柴犬だったんです。生まれた時から一緒に育って……。そっか、私のそばにいるんだね。よかった……」

「さくらちゃん。笑ってますよ」

 女性は静かに涙を流していた。


 目の前のおっさんのことを忘れていた……。

 うるさいと思って見てみると、大号泣していた。

 良いやつなのか、悪いやつなのか、どっちなんだよ。気づいたら僕は微笑んでいた。

 なんだか、車両の空気が緩み、雨の冷たさからほど遠い世界が広がっていた。

 この時の僕は、あんなことが起きるなんて知る由もなかった。今日と同じ雨の日に――。

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