7話
満景が部屋の中でアレコレと動いている間、マンションの一室の扉の前で、ソコノ住職とマンションの大家が会話をしていた。
「なあ、住職。あんな若い奴に任せて良かったのかい? この部屋。以前に誰かが亡くなったわけじゃないのに、級に悪霊がでるようになって、もう五組もの入居者が出ていってしまった、いわくつきなんだが」
大家の心配の声を聴いて、ソコノ住職はくつくつと笑う。
「ふふっ。まあ満景は歳が若いから、侮る気持ちもわからんではない。しかし、あやつの占いと悪霊祓いの腕前は確かだと、この儂が保証する」
自信を示すソコノ住職の態度を見て、大家の不安な気持ちが和らいだようだった。
「そういえば、あの子は住職のお弟子さんだったね。やっぱり、念仏を唱えて悪霊を祓うのかい?」
「あやつも念仏を唱えるぐらいはできるし、弟子ではあるのだが、儂一人の弟子というわけではないのだ」
「住職以外に、師事を受けている先が?」
「儂が占いの館を運営していることは知っておるだろ。その館に所属する者の大部分が、大なり小なり、満景に教えを授けておるのだ」
「……なんでまた、そんな酔狂なことを?」
大家は占いや悪霊祓いといった、霊能力者関係に詳しくない。それでも、何人もの霊能者が同じ人物を弟子にするなんてことは非常識だという認識は持ち合わせていた。
ソコノ住職は、マンションの扉に目を向けて、その向こうにいる満景のことを考える。
「満景はな、心優しい子供だ。それこそ、普通の家庭に生まれておれば、両親から不自由ない愛情を向けられるぐらいの好人物だ」
「その口ぶりだと、生家は普通の生まれではないと?」
「マンションの所有者ほどの金持ちであれば、あの子の家の名ぐらいは耳にしたことはあるだろうな。あの子の生家は、犬塚家だ」
犬塚と珍しいというほどでもない家名ではるものの、大家の脳裏に浮かんだのは、ある一つの家だった。
「犬塚って、あの呪術師の? 犬の首を切っているって噂の?」
「噂じゃないぞ。あの家の呪術は、動物霊を使役するものだ。呪術に使うために、動物の頭――特に犬の首を多く斬り落とし続け、立派な犬首の塚を建っていたことから、犬塚の呪術師とよばれるようになったのだ」
「映画の題材にあった、狗神とかいうやつかい?」
「純粋そのままというわけではないらしいがね。ともあれ、江戸時代の初期から、色々な方向から呪術の術法を集めて改良し続けてきた、呪術一本で現代まで残った家。それが満景の生家だ」
大家は、満景の生家の成り立ちに納得した後で、首を傾げる。
「犬塚の家に生まれた良い子は、その家にとっては良くない子ってことだが、どういうことだい?」
「さっきも言っただろ。あの家では、呪術のために動物を殺すことを行う。それも、熱心に愛情を込めて育てた動物をその手で殺すことが、最も強い呪術を作るという。だが普通の心優しい少年が、手塩にかけて育てたペットを殺せるか?」
「そいつは無理だ。うちも猫を一匹飼っているが、大金を積まれたって、この手で殺せる気がしない」
「それが普通だ。しかしあの子の家は、その普通じゃないことが普通であり、その普通ができなきゃ落ちこぼれなのだよ」
「いやはや、なんとも難儀な。そんな家に生まれてしまった可哀想な子だから、占いの館の面々が師匠になってくれたと、そういうわけなのだね」
大家がここまでの情報から推測できる結論を告げたところ、ソコノ住職は違う違うと身振りを返した。
「そういう点もないわけじゃないが、満景ぐらいの不孝な生い立ちは世にごまんとある。そんなことで一々同情心を動かしていたんじゃ、占い師なんてやっていけねえよ」
「じゃあ、どういう理由なんだい?」
「そりゃあもちろん、満景に占い師や霊能者としての才能があるからだ。それに満景も、生まれが生まれなだけあって、どこか頭のネジが緩んでいるところがあるんだ」
「才能とネジ?」
大家が理解できないと表情で語ると、ソコノ住職は追加で情報を出してきた。
「満景が落ちこぼれな理由は、自分が育てたペットを殺せなかったという点しかない。それ以外の部分に関しちゃ、流石は江戸時代から生き残り続けて呪術の家だと思える、それなりの霊能者になれる才能がある」
「それなり、なのかい?」
「占い師も霊能者といっても、箸にも棒にも掛からぬ輩が多く、口達者の詐欺師がそれ以上に多い業界だ。それなりなら、上位層の才能って言えるんだ」
「なんとも嫌な業界だね。それで、才能があるから、教えていると?」
「あとは満景の性格だな。なんとなく、世話を焼きたくなる性格をしてるんだ。何に対しても一所懸命といおうか、自分ができる最大限をやろうとしているといおうか」
「具体的に、どんなことをして、目をかけてもらえるようになったんだい?」
「そうさな……。あの子が占いの館にやってきたのは、小学生の中学年ぐらいの頃だ。占いの館にいる占い師の中には、祓い師の方面で有名な奴がいてな。占いを受けると称して、直談判にきたんだ」
「直談判? なにやら物騒だね」
「なにを言い出したかというと、ペットのエサ代を稼ぐために、腕前は未熟だと承知の上で霊能者としての仕事をくれだと。親から金を貰えと突っぱねたら、自分で稼いで来いと言われたと。流石に小学生に霊能者活動させるわけにはいかないからと、占いの館で小間使いのようなことをさせて、御駄賃を与えるようになった。これが最初の最初だな」
「そして小間使いを頑張ってこなしている姿に看過された占い師が師匠に名乗り出たと」
「天は自ら動くものを助く、ってわけじゃないがね。占いに来るような人は、何とかしてくれと他力な人が多い。そういう人物に関り慣れた連中からしたら、小さい子が自助努力で頑張って困難に立ち向かおうとしている姿は、心に刺さるものがあったんだろう」
「ソコノ住職もですか?」
「馬鹿言っちゃいけねえよ。満景の霊に対する扱いが、力づくばかりになっているのを見てな。力尽くばかりではやがて道に行き詰まるからと、念仏でもって仏が教える成仏にやさしく誘導する術を教えたに過ぎん。何事も、硬軟併せ持ってこそ一流だからな」
大家は、ソコノ住職の心の内は言葉とは違っているだろうと察しながら、あえて何も言わずに済ませた。
そんな風に会話が一区切りついたところで、マンションの部屋の扉が開き、満景がやりきったという表情で出てきた。
「除霊が終わりました。確認してみてください」
大家は、まさか本当にできたのかと疑いながら、マンションの部屋の中に入った。そして、ワンルームの場所に足を踏み入れても、悪寒が感じられなくなっていることに感動した。
「すごい。どうやったので?」
「えっと。悪霊を他の場所に出したというか、行きたい場所に行かせてあげたって感じです」
「えっ、成仏させたとか、やっつけたとかじゃないので?」
「あの悪霊は聞く耳を持ってなかったので、念仏を唱えても聞いてもくれない様子だったので、成仏させることは出来ませんでした。やっつけるためには道具が心許なかったので。それに、悪霊だって目的を果たせば天国へ上る道も開けるでしょうから、現世の心残りを片付ける方向でいってみました」
大家は、満景の言葉に一利を感じつつも、それでは他者に迷惑が降りかかるだろうという気持ちが湧いた。思わずソコノ住職に顔を向けると、少しネジが外れていると言っただろうという顔が返ってきた。
ともあれ悪霊が部屋からいなくなったこともあり、マンションの住民が感じていた不安感は解消されるだろうし、この部屋も除霊のお礼として満景に安く貸し出すことができる。
つまるところ大家の立場で考えてみれば、望みは全て叶った状態である。
ならば波風立てることもないだろうと、大家は満景に感謝の言葉を述べることにして、他のことについては目を瞑ることにしたのだった。




