12.和葉と塔子さん
川の本流に並ぶ幹線道路を、塔子さんの運転で、お父さんとジュジュと連れ立って、和葉は河川敷のドッグランに向かっている。
ジュジュはこれまで使う機会がなかったペット用のキャリーケースに収まっているが、観念してか、大人しく突っ伏して寝入っている。ジュジュも大きくなり他の成犬とそう変わらないまでに成長したので、遠出で初のドッグランデビューだ。
先日喧嘩別れとなった和葉と塔子さんは、塔子さんの提案で仲直りだとして、ジュジュの大好きな駆けっこに、ドッグランを提案した。
当初はうちのワゴンを父さんの運転で向かう算段だったが、「竹中さん。父、病み上がり何で、運転はちょっと……」と貴実子お姉ちゃんの示唆で、急遽塔子さんの車と運転にと、切り替わった。塔子さんは、
「私の車に犬乗せるんですか?」
と青ざめて、悲観的な確認を取ったが、
「ボーダー・コリーってそう、毛が抜ける犬種じゃないですよ」
と塔子さんの答えになっているか否か分からない返答で、貴実子お姉ちゃん応じた。そうして、出勤前の貴実子お姉ちゃんのお見送りの元、軽自動車に揺られながら三十分掛けてドッグランに着いた。
キャリーケースを出たジュジュは大きく伸びをして、寝ぼけ眼を全身をブルブルと振って気合い一発。もう体力満タンチャージされて、今にも駆け出さんといった塩梅だ。
青空が空一杯に広がって、ジュジュや和葉だけでなく、中年のお父さんまでルンルンと心踊るような快晴だ。
そうしてジュジュは他の犬達がドッグランで思う存分駆け回っているのに興奮して、和葉を引き摺るようにしてリードを引っ張り向かった。
広場に着いて、和葉が放つと、矢か鉄砲のように勢いよく駆け出した。他の犬達と混ぜこぜで、ジュジュはこれまで見たことのない、全身全霊で大きく駆け回った。
「良い日和だね」とお父さんは感慨に浸って、ベンチで遠巻きにジュジュと和葉を見遣りながら、隣の塔子さんに声を掛けた。塔子さんは、
──全く、何で私の車に獣なんか乗せるのよ。
ブツブツ独言で、足元を見つめていた。
応答のない塔子さんにお父さんは訝しがって、
「塔子ちゃん。塔子ちゃん。聞いてる?」
と腹から声を出して確認した。すると、塔子さんは、ハッと我に返り、
「えぇー。そうですね」
と適当に返事して、にっこり笑って見せた。まぐれで発した合いの手が丁度お父さんの答えと重なり、お父さんはご機嫌で話し始めた。
「この間の仕事の案件が……」「うちの部下が……」「ジュジュが……」
と昭和生まれの男性らしく、同調出来る話ではなく、身勝手な自分に都合のいい話ばかりだった。
塔子さんはお面を被ったように口角を上げてにっこり笑っていたが、腹の中では、瘤付きのオッサンとの掛け合いなんて時間の無駄、と思っていた。
そうして時間が経ち「ちょっとトイレ」と、お父さんは席を外した。丁度入れ違いで、一頻り駆け回ったジュジュを連れて和葉が戻って来た。和葉は、
「お父さんは?」
と塔子さんに聞くと、
「今、トイレだって」
と答えた。そうすると、和葉は空いてるベンチに座りジュジュに「待て」とお座りさせて、リュックからペット用のお椀を出し、水を注いで「ヨシッ」と声を掛け、水を飲ませていた。
塔子さんはこの間の話を持ち出し、
「この間。意地汚く食べてごめんね。お煎餅食べた後で、残りのケーキ食べるつもりだったけど、本当にお腹一杯になったのよ」
と謝って懇願した。和葉は空耳の如く、ジュジュが飲み終えた器を同じく、リュックからタオルを出して、水を捨てて乾拭きしていた。
「和葉ちゃん。仲直りしてくれないかな? 握手」
と手を差し出した。それを受けて和葉は食器とタオルを片付けつつ、じーっと塔子さんに視線を配り、仕舞うと徐に手を差し出した。そして、
「そうね。いい娘ねぇー。握手。握手」
と手を繋いだ。すると水の入った器を拭いた和葉の手は湿っていて、塔子さんは、
「イヤッ」
と思わず手を引っ込めた。するとまた和葉はじーっと見やり、その視線から塔子さんは気掛かりなことが不意に頭を過った。
「和葉ちゃん。ちょっとお姉ちゃん気に掛かったことがあって。そのタオル、まさか、みんなと一緒に洗濯物で洗ってないわよね?」
「うんとね。幸枝お姉ちゃんが手洗いして。その後、洗濯機で洗ってる」
和葉は正直に答えた。
「手洗いした後、洗濯機で洗っている? 分別してるの?」
「分別ってなーに?」
「分別って人様の物と、獣で別けているかって」
「分かんない」
「分かんない? ねぇ和葉ちゃんのお家洗濯機何台ある?」
「一個」
「じゃあ人間と同じ洗濯槽で洗っているわけよね。分別してるにしても」
塔子さんはベンチから立ち上がり遠くを見た。
「まさか、冗談じゃない。そんなの、もうやめなさい。人様と獣を、おんなじ洗濯機で洗い物するなんてどうかしています。犬なんて小汚いものなの。手洗いだけで充分。人間様と同じに洗濯機で洗い物するなんて、考えられないわ。全くどうなっているのかしら」
そう塔子さんは捲し立てた。それを受けて、和葉はムッとした。