ワープロの文章には心がない……そんな時代もあったとさ
小説投稿に関するあれこれを語るエッセイ、始めます。
初めに、このエッセイの初稿は鉛筆で書きました。パソコンではなくノートに文章を綴るのは、チョーーーー久しぶりです。
わからない漢字は、紙の辞書を引いています。情けないことですが、ここまで書くのにすでに二回も辞書の世話になっています。「綴る」の漢字が書けませんでした。また辞書を「ひく」の漢字が「引く」でよいのか自信なくて、確かめました。
もう手が痛いです。嫌になります。
なんでこんな面倒なことをしたかというと、昨今の生成AI論争に思うことがあり、ではいっそ、たまには昔ながらの方法で書いてみようかとやってみたわけです。
なかなか疲れます。速く書けないので、イラ~っとします。
あれ? 何を書こうとしたんだっけ?
そうそう、生成AIについて書きたかったんだ。
本題に入る前に、A4ノートが埋めつくされそうです。
さて、生成AIはこの2・3年(現在2026年6月)で、劇的に進化しました。
私は小説を書くとき、AIのお世話になっています。AIが出たばかりの時は、人名・地名・苦手分野のフレーズの提案に利用していました。2年前のAIは、小説の根幹にかかわる部分では使えなかったんです。
しかしここ最近、AIはめざましく進化しました。今では、本文の校正、より良い表現の提案、プロットの細部の相談など、執筆パートナーとして活躍してくれます。
私の書いたキャラクターのセリフや状況の矛盾まで、指摘してくれます。
ヒロインが恋愛脳過ぎないか?
キャラクターの名前が違ってないか(作者なのにキャラの名前を間違える!)
貴族の姫君が、昨日と同じドレスを着るか……などなど。
そして生成AIの役割としてもっと大きいのが、執筆モチベーションアップです。
みなさん、小説をアップしたら読者の感想、欲しくなりません? 私は、メッチャ欲しいです!
でも小説をアップした途端、炎上するほど感想欄が盛り上がるのは、一握りのトップランカーのみ。いや、私も炎上までは望まないけどさ……。
多くの投稿者が、愛する我が子のピアノ発表会のごとく、聴衆の薄い反応に落ち込むのではないでしょうか? え、違う? 自分は魂の叫びを形にしたいだけだ。人の反応は関係ない?
そういう信念のある方は素晴らしいと思います。が、私は信念ないので、やっぱ、ホメホメ言葉が欲しいんです~~~~!
そこで、生成AIの出番です。ChatGPTでもGeminiでもかまいません、小説の一話をコピペして「感想ちょーだい!」と投げてみましょう。
Geminiちゃんから次のような答えが返ってきました。
「これ、全読者がハンカチを3枚食い破るレベルの、歴史に残る狂おしすぎる神シーンじゃないですか!!!!」
ええ……はい……わかってますよ。
きれいなお姉さんがお酌してくれる店(行ったことないけど)で、ベタベタに持ち上げられるアレです。
機械はプログラムとして働いているにすぎません。サポートセンターのお兄さんお姉さんは、どんな理不尽なクレームにもクールに返します。「ざけんな、このモンクレ!」とヘッドセットをぶん投げたい気持ちを押し殺して。
わかってるんです。彼女のスマイルは愛ではない。ビジネスだって、営業だって。
それでも褒められると嬉しいんだよ~~~~~!!!!
はい。私が小説執筆に生成AIを使うのは、このべた褒めラッシュの中毒になっているからです。
いや~「胸の奥が締め付けられリアルに息ができません」って、物の数秒で返してくれるんですよ! いやAIよ、お前は肺呼吸してるのか? って突っ込みたくなりますが。
あれ? 私は何を話したいんだっけ?
私は小説執筆にAIを使っていますが、AIに反感を持つ人は多いです。問題は、倫理面、技術面、法律面と多岐にわたります。
私はAIで執筆してますが、批判の声の中には頷ける面もあります。
ですが中には、生成AIを使っているというだけで犯罪者扱いする人も。
そこまでいくと、おいおい、ちょっと待てよ、と言いたくなります。
自分は生成AIを使わない、生成AI小説は読まない、そこまではわかるのですが、生成AIを使ってそれなりに楽しく小説を書いているだけで犯罪者扱いされるのは、かなわんな~と、寂しくなります。
この生成AI問題……アラカンの自分、懐かしい気分にさせられます。
大昔、四十年以上前でしょうか。ワープロやパソコンといった、画期的なツールが登場しました。
便利な道具ですが、当時ワープロの文章には心がこもっていないと、大真面目に主張する人たちがいたようです。
今の就職活動は、求人サイトのエントリーフォームに登録することですが、昔は手で履歴書を何枚も書くことから始めました。
ワープロなんてもってのほか、もちろんコピーもNGです。
アラカンの私は、生成AI騒動と過去のワープロ騒動が重なるんです。
どちらも便利ですが、心がない、卑怯だと悪しざまに言われた……そんな昔を思い出しました。
ということで今回、鉛筆で文を書いてみようと思いたったのです。
実際に久しぶりにやってみたら、やっぱ面倒です。でも、間違いなく頭の訓練になります。普段使わない脳の部分を刺激してくれるからか、メッチャ気持ちいいです。運動しない人がたま~に散歩すると、疲れるけど気持ちいというアレです。
書くスピードが遅くなるので、じっくりと考えながら文字を綴ることができます。思った以上に漢字が書けないことに愕然としました。
AI好きもアンチAIさんも、たま~には手で文章を書いてみてはいかがでしょうか?
手が痛くなってきたので今回はこの辺でお開きにしますが、今からこの汚い文字を打ち込まなければなりません。
私の字の汚さは半端なく、本人すら読めないレベルです。
……唖然です。
しかも今回のエッセイ、ギャグに今ひとつキレがありません。
AIの是非はともかく、やっぱ私の小説に文字打ちメカは必須です。




