第2話〜暗内智〜
都内某所。
倒壊を免れた物流センター跡に、青年の姿があった。
無造作に伸ばされたボサボサの髪は目元まで隠し、酷い猫背の二十歳前後くらいだろう。
センター内の天井から垂れる蔦や草、棚を覆う木の根を邪魔そうに除去しながら青年は何かを探している。
「あ、くそ。この区画、食品置いてねぇ」
根っこを除去した棚の奥からは日用雑貨が発掘され、それをひとつ手にとって落胆の表情を浮かべる。
物流センターなら缶詰などの長期保存の効く食料があるかと思って訪れていたが、いかんせん自然の侵食が激しく、人が活動出来る場所があまりにも狭まっていた。
青年のいるセンターも半ば樹木に埋もれており、生存していた区画に食品があると一縷の望みに賭けたが……失敗に終わった。
「くっそ〜、形の残ってる建物自体そこそこ珍しいからなぁ。缶詰なんてあったら、物好きがレアなアイテムと交換してくれそうなのに」
都心だけでなく、日本全土を襲ったダンジョンの侵食。
無論、人間の文明はリセット。半原始時代的な生活を余儀なくされ、当たり前だがスーパーに並べられていた加工品は手に入らなくなった。
生産工場も自然に食われ、作る人間も大部分が殺されたのだ。流通する訳がない。
ゆえに、現存する缶詰などの加工品は今では高級品扱いだ。
“ダンジョン攻略者”にはそういった物を集める物好きがいたりするので、そういう人間と交渉をすればダンジョン内でしか手に入らないアイテム、人によってはレアなドロップアイテムや上等なポーション等と交換してくれる。
今となっては紙幣など尻を拭く紙にもならないチリ屑。現状の日本では、物々交換が主流になっている。
そのレアアイテム狙いで缶詰を発掘に来ていたが……そう簡単にはいかないようだった。
「時間は……昼の14時か。日が暮れるまでに帰りたいし、そろそろずらかるか」
腕時計で時間を確認した青年は腰をグ〜っと伸ばした後、ポケットに手を入れて帰路につく。
あまりにもリラックスした雰囲気の青年だが、このセンター近辺にもモンスターはちゃんと生息している。
決して安全な場所だからリラックスしている、という訳ではない。
にもかかわらず青年がこうもリラックスしていられるのは、事前の下見で近辺地域をしっかり把握しており、夕方を過ぎるまではゴブリンやコボルトなど、比較的危険度の低いモンスターしかいないことを知っているからだ。
だとしても、一年前――ダンジョンが出現した当時ならばそのゴブリン、コボルトでさえ人間からすれば十分な脅威であった。
が、特殊能力に目醒めた今、ゴブリン等のG級モンスターではあまり脅威とならなくなって久しい。
「お」
センターの入り口に向かい歩いている青年の元へ、一本足のカラスが飛んでくる。
すると、カラスは青年の頭上を3回円を描くように飛び、青年の肩に止まった。
「センターのまわりにモンスターは一匹もいない、か。ラッキー。急げば戦わずに帰れそうだな。さんきゅ」
青年はカラスに礼を告げると、ポケットから10cm程度の大きさに整えられた長方形の水晶を取り出し、鳥に近づける。
カラスに近づけた水晶が淡く光ると、カラスの身体を水晶と同じ光が覆う。
覆った光が“カラスと一緒”に水晶へ吸い込まれるのを確認すると、青年はその水晶をまたポケットにしまった。
「よし、急ご!」
カラスの帰りでセンター近辺の現在情報を得た青年は、センター内に転がる大きなコンクリートの破片を器用に避けつつ駆け出した。
――◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇――
築60年、トキノ荘。203号室が、俺――暗内智の城だ。
今や珍しい、完全な建物として現存している。残念ながら外観は蔦が所狭しと生えているせいで良いとは言えないが、家の中は全く侵食されていない。
家賃が安いから住んでいたオンボロアパートも、こんな世の中になっちまえば最高級マンションよりも貴重な建物だ。
蔦が天然のカーテンをしてくれるおかげで、外からは俺の存在がバレないのがデカい。
都心部から多少離れたここなら、オークやリザードマンのような人型のF級モンスターも群れで行動していないから危険度も低い。
馬鹿みたいに大声を出さなければ充分に安心して暮らす事が出来る。
缶詰を求めた遠征は失敗に終わったけど、まぁ「なかった」っていう結果が分かっただけ良しとしよう。もうあそこまで行く必要はなくなった訳だし。
「ん〜。でも、もうここらに倉庫や物流センターってないんだよなぁ」
部屋の一角をチラリと見ると、十数個の山積みにされた缶詰達が鎮座している。
ここら一帯のは集め尽くしたかな? まさか、缶詰が資産になる時代が来るなんてなぁ。分からないもんだ。
一番上に積んである『ほたいの焼き鳥・甘タレ味』を手に取り、蓋を開ける。
物好きの交換用として残してるけど、もちろん俺だって食べたい時がある。
「くぅ〜、やっぱ缶詰は焼き鳥系だな。これだけは自分用に残しておこうかな」
爪楊枝でひとつずつ口に運びながら、去年で時が止まったカレンダーがふと目に入る。
2020年の、11月に入ってすぐの頃だったか。日本が“こう”なったのは。
「もう二度目の春だから……2022年の3月ぐらいか。なんだかんだ、生きていけるもんだな」
電波が使えなくなったことで外部の情報は入らず、連絡も取れなくなってからはどれだけの人間が生きているのかも分かっていない。
まだテレビが生きていた頃、世界各地でダンジョンが出現したと言っていた。
今、人類の総人口はどれほどになっているのか。
「正直、あんまり興味はないけどな」
焼き鳥を一口含み、鶏肉の旨味を堪能する。
家族も数年前に亡くしているし、兄弟もいない。心配するほど親しい友人も作っていなかった俺は、他人も、何も気にすることなく自分のことだけを考えて生きていけると、あまり悲観はしていない。
……いえ、強がりました。大好きなアニメや漫画、ラノベの続きがもう読めないと思うと涙がとめどなく溢れてきましたとも。
ぶっちゃけ心にヒビくらいは入ってた。引き篭もりはアニメ、漫画、ラノベ、ネットで構成されてるっていうのに。
特殊能力が目醒めていたから、どうにか気持ちは立て直せはしたけど。
この特殊能力がなければ、引き篭もりの俺だってなりふり構わず人と一緒に生活をしていただろう。
――特殊能力。ダンジョンが現れ、人類がモンスターに蹂躙されるしかないのかと絶望の最中に目醒めた、ふたつの異能。そのひとつがこの特殊能力。
情報収集がてら人が良く集まる場所で、会話に聞き耳を立てていたら、そういう話が聞こえてきたんだ。
その時にはずいぶん驚いた。話を聞く限り、特殊能力はダンジョン出現から1〜2週間が経ってから目醒める人間がほとんどだったとか。
なるほど、と。だからずっとモンスターに良いようにやられていたのかと得心がいった。
なにせ俺は――“ダンジョンが出現する前に特殊能力が目醒め”ていたから。
あの日のことは、昨日のことのように思い出せる。
その日の朝は、酷い悪夢で目を覚ました。
冬のはじまりで、わりと寒い日だった。にもかかわらず、俺は真夏の日差しにでも晒されたのかと勘違いするほど汗をかいていたんだ。
恐ろしい夢だった。今でも、思い出すだけでブルッと肌が総毛立つ。
なのに、夢の内容は驚くくらい覚えていない。怖いという感情だけが残り、映像としては全く思い出せはしなかった。
怖かった。気持ち悪かった。おぞましかった。おおよそ、思い浮かぶ限りの嫌な感情をごちゃ混ぜに鍋で煮込んだような夢。
その夢から醒めると――俺は特殊能力が使えるようになっていた。
不思議な感覚だったな。まるで、生まれた時からこの力と一緒に育ってきたんじゃないかと感じるほどに、特殊能力という存在に違和感がない。
使い方も、瞬時に理解した。
昔はよく使っていた言葉や場所を、すっかり忘れていたのにふとした瞬間に思い出したら、芋づる式にそれに関連する記憶が次々に甦る事があるだろう。
それと似た感覚だった。すでに知っていて、思い出しただけ。
“コレ”の使い方もそれと同様だ。
「タブレット」
缶詰をテーブルに置き、中空に手をかざし呟く。
すると、かざした手の先に真っ黒のタブレット(縦30〜40cm。横に20〜30cmくらい)が瞬間移動のように一瞬で現れた。
宙に浮遊しているソレを手に取ると、画面に白い文字が高速で浮かび上がる。
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・名前/暗内智
・年齢/性別/22歳/男
《身体的能力》
・Lv.17
・HP1220/1220
・MP0
・攻撃力=30
・守備力=18
・俊敏性=35(+5)
・攻撃魔力=0
・支援魔力=0
・守備魔力=34
《特殊技能》
・【モンスターマスター】Lv.2
・【鑑定眼】Lv.1
・【逃げ足】Lv.MAX
《装備》
・なし
《アイテム》
・48/60
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人類が目醒めた二つの異能。特殊能力それともうひとつが……この“ステータス”だ。
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