■■第十一章■■
その後、ケリィは普段通りに授業中を過ごし、ようやく放課後を迎える。ユアンに促され、ケリィはパラディを教室の子供たち全員に紹介した。曰く、こういうのは公にした方が変な噂にならないのだそうだ。
パラディを前に色めき立つ子供たち。ケリィはただ、頭を掻いて立ち呆ける。
――…別に僕。噂なんて、どうでも良いんだけどな。
正直、この現状を面倒くさく感じているのが本音だ。だがしかし、何故か瞳を輝かせているユアンを前に、そんな発言できるわけがない。
…そんなケリィの内心を知ってか知らずか。ユアンはケリィと教室の皆を見比べ、徐に語りだす。
「――いいかい、皆。実はケリィに取り憑いているのは悪魔じゃなくて、
この妖精だったんだ」
途端、教室中を驚愕が包んだ。
「…は?」
勿論、ケリィも驚愕した事は言うまでもない。今、ユアンは堂々と嘘をついたのだ。
唖然となったケリィの前で、ユアンは真面目ぶって語り始める。
「パラディはとてもおちゃめな妖精さんだから、
ケリィの写真にいつも悪戯してたみたい。
でも本当は寂しがり屋で、皆と友達になりたがっていたんだよ」
…だから今日から、パラディを皆の仲間にして欲しいと、ユアンは爽やかに言い放つ。
「…ちょ、ちょっと待ってくれ、ユアン」
頭痛がして、ケリィはユアンの背に手を伸ばした。が、しかし、ケリィの言葉は子供たちの歓声によって遮られる。
「す…すげぇ!俺たち、妖精と友達になるんだ」
「妖精なんて初めて見たわ。すごく可愛い!」
「おい皆…これ、絶対僕たちだけの秘密だからな!大人に知られたら勿体ない!」
「わぁ…夢みたい」
甲高い声が耳に突き刺さり、ケリィは蹲った。その肩の上で、パラディがガタガタと震えているのがわかる。
「け…ケリィ。わし、ちと、怖い」
「…僕もだよ」
二人、顔を合わせて溜息をつく。
そしてユアンは、その様子を横目で確認し、柏手を打った。
「皆、静かに!パラディは恥ずかしがり屋だから、まだケリィにしか慣れてないんだ。
パラディと遊びたい人は必ず、ケリィを通すんだよ」
その言葉に、全員が頷き返したのを確認して、ユアンはケリィに視線を向けた。
意味深な笑顔に驚いて、目を見開く。
――…ユアン、まさか…君…?
パラディを使って、ケリィを教室の仲間に馴染ませようと企んでいるのだろうか。
それに気づいて、ケリィは慌てて立ち上がった。
「あ、あの。ごめん。僕、今日も用事が…」
これ以上の面倒事はまっぴらだ。ユアンには悪いが、ここは逃げさせてもらおう。そう考え、ケリィは教室の出口に向かう。…途端、その背中に褐色の腕が伸びた。
ユアンがケリィを引き止めるよりも早く、一人の少年がケリィの肩を掴んだのだ。
「――っすっげぇぜ、ケリィ!お前ってやっぱ、格好良いよな!」
珈琲色の瞳をキラキラ輝かせ、ハルは勝手にケリィの肩に腕を掛けた。
突然の展開に、言葉すら失うケリィとユアン。ハルは教室の子供たちを見渡し、叫んだ。
「よし決めた。今日からケリィは俺の友達な。一緒に遊びたい奴は校庭に来い!」
「…は!?」
状況が理解できないケリィは、抵抗する暇すらなく、そのまま教室の外に引き擦り出される。パラディごと連れ出されてしまったせいもあり、子供たちは一人、また一人と校庭に駆け出して来た。
「…う。ユアン…」
助けてくれ。と、そう願って教室の窓を振り返る。しかしそこには嬉しそうに微笑み、手を振るユアンの姿があって…
「良かったね、ケリィ!」
どうやら、彼はケリィに友達が出来て満足しているようだ。数名の女子に囲まれ、ケリィを応援するその姿を前に、ケリィはただ、項垂れるしかない。
「――…実はさ、俺。一度でいいからお前ときちんと話してみたかったんだよね」
ふと、背後から声が聞こえた。見ればそこにはハルが居て、照れたように笑っている。
「ケリィってさ、変な噂ばっかあるし怪しいっちゃ…怪しいんだけど。
なんというか、俺は嫌いじゃなかったんだよな」
無口で一匹狼なケリィに、ハルは密かに憧れていたのだと、そう白状した。
「…はぁ?」
奇妙な気持ちで、ケリィはハルの顔を見下ろす。
…そういえば、彼は昨日、烏を追っ払ったケリィに感激して声をかけて来た唯一の人間だったのだ。この言葉は彼の本心なのだろうと、ケリィは思った。
だから、なんだか異様に恥ずかしい。
「…あ、ありがと…?」
とりあえずお礼を言って、照れ隠しのつもりでハルに背を向けた。
そうすると、窓際でスケッチブックに鉛筆を走らせるユアンの、楽しそうな姿が目に入ってきてしまう。
―――仕方ないか。
だから、ケリィは思った。ユアンと、そして今日勇気を出して誘ってくれたハルの気持ちを、今日だけは汲んでみる事にしよう。
校庭に集まった子供たちに呼ばれ、ケリィは彼らの元に走って行った。
…そしてこの後、ケリィは少年らとの遊びに夢中になってしまう事になる。
元々、身体を動かす事が好きな性質だったのだ。元気盛りの子供たちと遊びまわる事が楽しくないわけがない。余りにも夢中になり過ぎて、気が付けば日も暮れる始末である。
結局、この一日のうちにケリィは、沢山の友達を作ってしまったのだった。