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雑用係の私ですが、草刈りしながらのんびりレア薬草を摘んでいます!  作者: 志摩


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第7話 念願のキノコ採取&アルディスの小話1



 会場をあとにした二人。


 賑やかな夜会の喧騒が嘘のように静まり返った館の裏庭へと足を踏み入れた。


 夜の冷たい空気が心地よく肌を撫で、月光に照らされた草木が仄かな露を宿して輝いている。


 アルディスは片手にランタンを持ち、もう片方の手でしっかりとエルネの手を握っていた。


 先ほどまでの完璧で隙のない騎士団長の顔は消え去り、その表情にはエルネだけに向けられる優しい笑みが浮かんでいる。



「アルディス様、あちらです! ほら、あの大きな樹の根元……!」


 エルネがパッと目を輝かせ、指をさした。


 暗がりの中、古い大木の根元にひっそりと、しかし存在感を放つように青白く発光するキノコの群生があった。



「本当に光っているな。これが言っていた『寒天茸』かい?」


「はい! 夜露を吸って、月明かりの下でだけぷるぷるとしたゼリー状にカサが膨らむんです。夜のうちに採取しないと、朝日に当たった瞬間溶けてただの水になっちゃう、すごく繊細で珍しいキノコなんですよ!」



 エルネはドレスの裾が汚れるのも意に介さず、すぐにその場にしゃがみ込もうとした。


 しかし、それより早くアルディスが自分の上着を脱ぎ、湿った地面へ手際よく敷いた。


「アルディス様! そんな高級な上着を地面になんて……!」


「いいんだよ。君のドレスが汚れるよりずっといい。さあ、座るといい」


 アルディスはエルネを上着の上に優しく座らせると、自分もその隣に膝をついた。


 ランタンの灯りを少し弱め、キノコが傷つかないよう手元を穏やかに照らす。


 エルネは丁寧に、しかし手慣れた手つきで寒天茸の根元をナイフで傷つけないように摘み取っていく。


「見てくださいアルディス様、こんなにぷるぷるです! これ、実はすごく上質なスープの出汁になるんです。明日、館の厨房をお借りしてアルディス様に作って差し上げますね」


 満足そうに寒天茸を採取袋へと収め、満面の笑みを向けてくるエルネ。


 その愛らしさに、アルディスの胸の奥がぎゅっと締め付けられる。


 彼はそっと手を伸ばし、エルネの頬に触れた。


「ありがとう、エルネ。……さっきは、せっかくの夜会なのに嫌な思いをさせてしまってすまない」


「え? 嫌な思い、ですか?」


 エルネは首をかしげた。

 シエルカに暴言を吐かれたことなど、彼女の頭からはとうに吹き飛んでいたのだ。


「シエルカ様のことでしたら、大丈夫ですよ。それよりも、あの後ちゃんと体を洗い流せたかの方が少し心配ですけど……」


「君は本当に心が優しいな。……だが、俺は怒っていたんだよ。君を泥臭いなどと侮辱し、傷つけようとしたことが許せなかった」


 アルディスの金色の瞳が、夜の闇の中で深く静かに揺れる。


「君がどれほど誇り高く、どれほど素晴らしい知識と力を持っているか、俺が一番よく知っている。あんな浅はかな者たちに、君の価値を汚させはしない。……これからはもっと、俺の側を離れないでほしい」


 少し低く、甘く囁かれた言葉に、エルネの心臓が跳ねた。


 アルディスの上着から漂うほのかな香木と、夜風の匂い。

 重ねられた彼の手の温もりが指先から伝わってきて、エルネの顔が一気に熱くなる。


「あ、アルディス様……。私、そんな……。アルディス様のお役に立てているなら、それだけで嬉しいです……」


 照れて視線を泳がせるエルネを見て、アルディスは嬉しそうに目を細めた。

 彼は優しくエルネの髪に触れ、額に軽く唇を寄せた。


「お役に立つどころではないさ。君は俺の光なんだから」


「〜〜〜っ!」


 顔を真っ赤にして固まるエルネの手を優しく包み込み、アルディスは立ち上がった。



「さあ、寒天茸も採れたことだし、冷えないうちに戻ろうか。明日の朝は、君の作ってくれる特別なスープを楽しみにしているよ」



「は、はい……! 一生懸命作りますね、アルディス様!」


 月明かりの下、採取袋を大切に抱えるエルネと、彼女を慈しむように見つめるアルディス。


 二人は手を繋ぎ直し、静かな夜の庭園を仲良く館へと歩いていくのだった。







 *アルディスの小話1


 王都の最深部、重厚な装飾が施された執務室には、厳かな沈黙が満ちていた。


 重厚な執務デスクの向こう側に座るのは、この国を統べる国王オズワルド。

 そしてその正面には、長旅から戻ったばかりの騎士団長アルディスが、一礼を捧げて立っていた。


「——報告は以上となります、陛下」


 アルディスが静かな声で締めくくると、オズワルドは手元に置かれた報告書から視線を外し、深く椅子に背をもたれかけた。



「ご苦労だった、アルディス。……公式的にはここまでだ。皆下がれ」

 

 オズワルドは他のものを下がらせて、アルディスを近くに呼んだ。


「報告書には『現地の薬草収集家の手助けにより事なきを得た』と極めて簡潔に書かれているが、実際のところはどうだったのだ? 長年悩んだお前が、五体満足で生還したなど、王宮医官たちも俄かには信じがたいと騒いでおるぞ」



 オズワルドの問いに、アルディスはわずかに目元を緩めた。

 その冷徹な騎士団長が見せた僅かな変化を、国王の鋭い眼光は見逃さなかった。


「……奇跡のような出会い。私が辺境の森で力尽き、命を落としかけていた際、助けてくれた少女がいた。名を、エルネ」


「ほう。ギルドの薬草収集家か?」


「ええ。ですが、ただの採取職人ではなかったよ。彼女の持つ『鑑定眼』は、我が国の最高峰とされる宮廷鑑定士すら遥かに凌駕していると感じたよ」


「ふむ」


 アルディスは当時の光景を思い返すように、ゆっくりと語り始めた。



「私が苦しんでいた際、彼女は一目で私の体内に巡る呪毒の波長と、周辺に生えていた名もなき野草の成分を完全に見破り、そして、通常であれば高度な調合設備を要する解毒薬を、その場の簡易な道具と彼女独自の圧倒的な精錬技術だけで作り上げ、私の命を繋いだ」


 オズワルドは興味深そうに眉をひそめた。

 彼は国王として、その技術を手中に収めたい反面、友としてアルディスの病を治したものに礼をしたいと思っていた。


「む……お前の病といえば、特定にすら時間を要する難解なものだと思ったが。それを現地調達の野草と簡易調合で解毒したというのか? 到底、一駆け出しの収集家にできる芸ではないな」



 アルディスは腕を組み、顎に手を当てると真剣そうな顔つきになった。

 オズワルドは重要な話か、と身構える。


「さらに驚くべきは、彼女自身がその凄まじい才能にまったく無自覚である点です。彼女はただ『お役に立てて良かったです』と、純粋な親切心だけで私を救ってくれました。……あの過酷な状況下で、あれほど清らかで無垢な存在に触れたのは、私の人生で初めてのことでした」



 語るアルディスの声には、いつになく熱が帯びていた。

 言葉の端々に滲み出るのは、単なる命の恩人に対する感謝を超えた、深悼なる愛おしさと執着だった。


 オズワルドはフッと口元をほころばせ、意味深に顎を撫でた。

「……惚れたな」



 あまりに小さな呟きに、アルディスは聞き取れない。

「? 何か言ったか?」


「いや…あの冷血と恐れられ、どの名門貴族の令嬢にも目もくれなかったお前が。一人の女を評価し、熱弁を振るうとはな。実に興味深い」


「評価など……ただ、彼女の存在そのものに救われたのは事実だ。オズワルド、近いうちに彼女の鑑定技術の高さを正式に実証し、城に招いては? 彼女の才能は、この国にとってもかけがえのない財産となるだろう」



「くっくっく、なるほどな。国のためと言いつつ、本音はその娘を自分の手元に置き、誰の目にも触れさせたくない……といったところか?」


 オズワルドの軽妙なからかいに、アルディスは否定も肯定もせず、ただ静かに微笑を返した。


 その瞳には「その通りだ」と言わんばかりの強い意志が宿っている。


「良いだろう。お前がそこまで惚れ込み、命を託した少女だ、一層興味が湧いたぞ。一度、そのエルネという娘を城に招き、直接会ってみるとしよう」


「……お手柔らかにたのむ。彼女は大変つつましく、繊細な性格をしていた。まあお前も気にいると思うから、あまり近づかないで欲しいんだが」



「分かった。お前を骨抜きにした奇跡の少女に、無礼な真似はできん。……しかしアルディス、お前がそこまで夢中とは、セシリアや王妃が知ったら大騒ぎになりそうだな」



 オズワルドが笑いを噛み殺しながら言うと、アルディスは「すでに少しばかり騒がしくなっております」と小さく息をつくのだった。



 国王の心の中に、まだ見ぬ田舎の少女・エルネへの強い興味と、彼女がもたらすであろう王宮の新たな風への期待が、確かに芽生えた瞬間であった。


「なので、私は長期休暇を申請します」


 アルディスは突然深々と臣下の礼をとる。


「な、お前。前々から言われていた休みをここで使うのか!」


 オズワルドは和やかなムードから一転、焦りの表情であった。


「ええ。今まで仕事をしていることでしか魔力発散ができないことを理由に、休みをほとんど取りませんでしたので。『治った時には死ぬほど休め』と仰るのを聞いた覚えがございます」


 苦虫を噛み潰したオズワルドは、瞼を閉じた。


「それは俺だな。確かに言った覚えがある。ほぼ全ての討伐、遠征に行くお前を心配したのだが……。騎士団の根回しはしておけ。貴族どもはなんとかしよう」


「よろしくお願いいたします。じゃあ」


 アルディスは満足した面持ちで部屋を後にした。


「いくらなんでも性急な……」


 アルディスの仕事量を考えると、人員を増やすだけではなんともならない。

 冒険者ギルドにも声をかけて、討伐依頼を回さねばならない。

 オズワルドは顰めた顔を少しだけ綻ばせた。


「いや、まあ、うん。良い知らせだな」






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