第24章 正しく、ありたかった
翌日になった。
ディアンは貴族街に来ていた。
レイビスに、もう一度会わないと。
会って、もう一度言わないと。
でも、なんて言う?
グーリッジの屋敷の付近をうろつき、さて、どうやって中に入ろうかと思案していると、
門の前で誰かが話しているのが見えた。
赤い髪の――
「あ……!」
ロレンが、少し消耗したような顔で門番にお辞儀をして、こちらに歩いてくる。
ディアンは、通りの細道に隠れ、ロレンを待った。
物思いにふけったロレンの腕を引っ張り、道に連れ込む。
「うわ――っ!」
「お前、まだ国出てなかったんだな」
「ディ――ディアン君っ!」
心臓を抑えたロレンが、目を白黒させている。
「あそこで、何してたんだ?」
ロレンは、たじたじと言葉を詰まらせながら、口を動かした。
「て――手紙をレイビスに届けたんですよ」
「手紙?」
ええ、とロレンが頷く。
「門番の方が、今日は誰もいれないように言われているらしくて。
……今夜だけでも国を出るために、待ち合わせ場所を書いて、渡しただけです」
ディアンはふぅんと喉を鳴らし、ロレンの腕を放した。
――なら、レイビスの心配はいらねぇな。
「ディアン君も、気を付けてください。
君がいなくなった後、アルトゥールさんが聖騎士に斬られて……。
大変だったんですから……!」
「は……?」
あの貴族が、斬られた……?
いったい、なんで。
裏で、繋がっていたはずじゃ……。
そこまで考えて、やっとピンときた。
(……裏切られたってわけね)
パルチェスのときとは違い、
少し、胸の中に風が吹くような感覚があった。
なら、古剣は――あの屋敷の中か。
ディアンはちらりと屋敷を覗いた。
「僕はもう行きます。最後にまた会えて、良かったです」
んなこと思ってねぇくせに。
「ああ――じゃあな」
ディアンは、宿の方向に歩いていく背中に、小さく言葉をかけた。
意識が、ずっと屋敷に固定されたままだ。
パルチェスがいない。
一人で、やる。
動きがあるのは、夜だろう。
一度酒場に戻って――ラウジの短剣を盗んでこよう。
ディアンは、踵を返した。
酒場に着いたときには、日が高く昇っていた。
2
昼過ぎ。
ラウジは厨房に篭って作業する父を背中に、カウンターで手際よく食材を切り揃えていた。
昨日のパルチェスが頭から離れない。
野菜を切るとき、考え事が頭に浮かんでしまう。
「……」
包丁を無駄に回転させ持ち替えながら、考える隙間を埋めて、
慣れた作業をこなしていった。
――カラン。
店のドアが開き、ベルが揺れる。
まだ開店には随分時間があった。
ラウジは、反射的に顔を上げる。
「すみません。まだ開店――」
入ってきた白い制服に、言葉が途切れた。
聖騎士は、ラウジを一瞥もせず、丁寧に扉を閉める。
「……クレディス? どうした?」
ラウジは作業の手を止め、カウンターから酒場に出た。
クレディスは、他人を見るような目を向けた。
「……確認させてください」
「……」
ラウジは足を止めた。
そして、悟る。
目の前にいるのは、クレディスではない。
『聖騎士クレディス』だと。
クレディスは身体ごと向かい合った。
「パルチェスを斬ったのは、あなたですか?」
その声色に感情は無く、ただ規則に則って確認という処理をしているだけだった。
ラウジは頷く。
「ああ。俺だ」
「……」
クレディスの目の影が、より一層濃くなった。
だが、それだけだった。
クレディスが罪状を諳んじる。
「――よって、情状酌量の余地なし。
規則に従い、あなたを処罰します」
クレディスは音もなく剣を抜いた。
店の照明が鋭い剣先を反射し、銀色に輝いた。
ラウジはちらりと厨房の奥を見る。
「……待ってくれ。ここではなく、外にしてくれ」
「逃亡の可能性がありますので却下します」
「……」
クレディスは剣先を見つめながら言った。
耳鳴りがする。
静かだ。
いや、鍋が煮える音。
窓にぶつかる風の音。
酒が染みついた木の匂い。
すべてが際立つ。
ラウジは、目の前に立つ、抜身の剣の恐ろしさを実感した。
動いたら……。
触れたら、斬られる。
だが、こうして立ち止まっていても、結果は同じ。
クレディスがよく口にしていた『詰み』そのものだった。
ラウジは瞼を閉じ、
友人の剣で執行される瞬間を、覚悟する。
その時、裏口の戸が開く音と、ぱたぱた駆け寄る軽い足音が聞こえた。
二階に移動するために酒場を通りがかったディアンが、その光景を目撃する。
「え……?」
ディアンの足が止まった。
「――お前、何してんだよ!」
*
ディアンはラウジの真正面に立ち、両手を広げた。
――意味が分かんねぇ。
クレディスの眉が上がる。
「……執行できません。退いてください」
寒気がするほど冷ややかな声だった。
ディアンは、強い口調で言った。
「退かねぇ」
「……」
クレディスの剣先がピクリと動く。
間合いを測りなおした。
「……ならば、あなたも執行対象になります」
クレディスの剣にディアンが映りこむ。
ディアンの肩に、暖かい手が乗った。
「……ディアンは、関係ない」
「――っ」
クレディスに向けられたラウジの言葉が、気に食わなかった。
勝手に話を進められてばかりで、頭に来る。
ディアンは、ラウジの手を振り払った。
クレディスを睨む。
「俺は退かねぇ。お前が退け、クレディス」
「私は、正しく執行しなければなりません」
クレディスはきっぱりと言った。
「……そっか」
ディアンはクレディスの剣を見た。
「ラウジを斬るっていうんなら、俺から斬れよ」
「……」
「俺の方が、ラウジよりたくさんやってるぞ、悪いこと」
「……」
クレディスの剣先が少し揺れる。
ディアンは、クレディスを睨んだまま、必死にラウジの前に立つ。
クレディスが動かない間、
酒場に、沈黙が降りた。
ディアンは、浅い呼吸の合間に目を逸らし、ぽつりと呟く。
「俺は、間違ってばっかりだ」
クレディスの肩がピクリと上がった。
「親父にも、ゾランにも、反抗してばかりで」
ディアンの心から、言葉が零れる。
「復讐もうまくいかなくて」
ディアンの頬に、一筋の涙が流れた。
「お前はわがままだ。
……正しく処罰するってんなら、初めから、そうしろよ」
「……」
クレディスの剣先が、動く道筋を失う。
薄い紫色の目が、小刻みに揺れた。
「――今なら、斬れるんだろ?」
「え……」
クレディスは、声が出た後、自身の反応に困惑している様子だった。
「俺とラウジ、執行対象なんだろ。……さっさとやれよ」
クレディスは、無意識に柄を固く握っていた。
縋るように。
溺れないように。
手放したくないように。
でも、揺れる。
これでは、正しく振れない。
――たく……ない。
クレディスの内側に、あってはならない言葉が浮かんだ。
ラウジがディアンを後ろに回すように前に立つ。
「クレディス。お前は、どうしたい?」
その言葉は、聖騎士の制服を通り抜けて、クレディス自身に直接届いた。
唇を噛む。
言ってはいけない。
抑え込むのが、正しい選択。
だけど。
「……斬りたく……ありません……」
正しさのひび割れの隙間から、クレディスの本音が零れた。
ラウジはそれを聞くと、さらに近づく。
「……っ、それ以上――」
言葉とは裏腹に、剣先が躊躇う。
ラウジの伸ばした手が、クレディスの手に触れる。
そして、
まるで幼い子供に刃物の扱いを教えるように手を取って、
クレディスの剣を――鞘に納めた。
「――……」
「……二階に行こう。ディアンも」
ラウジは、呆然と立ち尽くすクレディスを引っ張り、連れていく。
ディアンも、その後ろについて階段を上っていった。
*
ラウジは、ディアンの部屋に入った。
クレディスはまだどこかぼんやりとした表情で椅子に座り、窓の外を眺める。
ラウジはベッドに腰かけ、ディアンは、ドアにもたれ掛かって二人を見ていた。
クレディスの手が、どこか懐かしむようにデスクに触れる。
虚ろな目は、今まで見てきたクレディスとは別人のように揺れていた。
背中に入っていた緊張が解けるのが分かった。
でもそれも一瞬のことで。
「……ダメですね。ここに来ると、つい気が緩んでしまう……」
クレディスは姿勢を正した。
ラウジに向き直る。
「ラウジ、街を出てください。
私は、あなたを斬れなかった。
だから……次はきっと、制圧隊が組まれます」
ラウジが、納得するように視線を向ける。
言葉にならない何かが、二人の間でやりとりされる。
数秒の沈黙で、何もかもが進められてしまいそうだった。
「お前が斬ったって報告すればいいだけだろ?」
簡単じゃないか。そのくらい。
ディアンの言葉に、二人が揃って首を振った。
「クレディスは、嘘が下手だ」
「下手以前に、団長に嘘は通じません。いつも……すべてを見透かされる感覚になります」
クレディスは額に手をやって苦々しく言った。
ラウジが静かに聞く。
「お前はどうする、クレディス?」
クレディスは、自嘲気味に笑った。
「……処罰、されるでしょうね。内密に」
「……」
「仕方のないことです。謹慎か、投獄か。
……最悪の場合は、斬られて終わりです。ただ……」
クレディスの目に、冷たい光が宿る。
「素直に斬られてやるつもりは、ありませんけど」
二人の間に沈黙が降りた。
斬らなかったから、斬られる。
その打開策は、もはやない。
そう思っているようだった。
「――あのさ」
ディアンが沈黙を破る。
「それ、グーリッジを引きずり降ろせば解決するんだろ?」
――順番を間違えるな。
パルチェスの言葉が頭に響いた。
ああ、分かってるよ。
まずは――こいつらを、利用して、
グーリッジを、殺ってやる……!
クレディスが眉に力を入れてディアンを目に映した。
「簡単に言わないでください。
それができないから、困っているのでしょう?」
「でも、あいつ悪魔の召喚する気だから、そん時に斬ればいい」
数秒、沈黙が降りる。
ラウジがぽつりと呟いた。
「悪魔の召喚? ……最近貴族が騒いでるやつか」
ディアンが頷いた。
「宝は全部グーリッジの屋敷にあるし、
パルチェスの計画でも、今日、グーリッジを殺る予定だったし」
クレディスが額に手をやった。
「……待ってください、話が、飛びすぎです」
ディアンは、かいつまんで話した。
「……」
クレディスは固まり、思考整理に徹し、
ラウジは――ディアンの正面に立って、頬をつねった。
「あでででで!」
「どうして、もっと早く、言わない……?」
怒りを隠さず、眉に皺を盛大に寄せている。
本気で怒っている。
「いつでも、俺に言う機会があっただろ?」
「……だ、だって……」
ディアンは、不覚にも涙が出そうになった。
――巻き込みたくなくて……。
そんな言葉を、ぐっと喉に押さえつけた。
「ラウジ、よしてあげてください。
……きっと、巻き込みたくなかったのでしょう」
「……」
ラウジは黙った。
ディアンは、キッとクレディスを睨んだ。
(分かったフリするんじゃねぇ!)
クレディスは涼しい顔で受け流した。
「もしその話が本当なら、私は、団長と話すことが出来るかもしれません」
クレディスは、真面目一辺倒で言った。
ラウジが首を振る。
「無理だ。お前じゃ言いくるめられて、また、ああなる」
ディアンは、交渉にアジトまで来たクレディスが、失敗して帰ったことを思い出した。
「お前、正直すぎるバカなんだろうな」
「……」
睨まれる。
ディアンは、目を逸らした。
「――私は、その召喚を成功させたくありません」
頭の整理が終わったクレディスが、芯のある声で言った。
「天使の像が祈りの象徴だったなら……
白いポルルージュで代用が可能、ということでしょうか」
ディアンは頭を掻いた。
紙に何かが書かれていたけど、読んでいない。
「分かんねぇ。代用とか、召喚とか。
でも……なんで白いポルルージュなんだよ」
クレディスは一瞬キョトンとしたが、丁寧に話した。
「花言葉ですよ。白は――祈り。
よく手紙などに括り付けて、気持ちを伝えあうでしょう?」
「知らねぇ」
「……そうですか」
クレディスの肩が少し下がった。
「……そういえば、レイビスから紫の花をもらったな」
菓子に付けられた花。
クレディスの目の色と同じような。
「それは、『謝罪』の意味があります。喧嘩でもしたんですか?」
(……ラウジと同じこと言うんじゃねぇ)
眉を寄せたディアンは、頭の奥でピンと何かが光った。
「じゃあ――黄色のポルルージュは、希望、だったりするのか?」
「ええ。そうですね」
「なら――」
ディアンは、希望の子と呼ばれる理由はそこからか。
なら。
「俺が希望で、お前が謝罪。
なんだ……結構、当たってんな」
ラウジは口元を隠す。
クレディスは首を傾げた。
そして、目の色に気が付き、少しむっとした表情になった。
「それで、俺たちはどうする?」
ラウジが問う。
ディアンは、にやりと笑った。
「――クレディスに聞きたいんだけど」
「なんですか?」
「俺が、もう一度盗むって言ったら、お前は怒る?」
クレディスは一瞬悩む間があった。
「……勘違いしないでください。私は、怒りで執行したことはありません。
ただ……私はもう、正しくない」
クレディスは、天井を見上げた。
淡い金髪が、さらりと揺れる。
「――正しく、ありたかった」
何かを思い、息を吐く。
そして、再びディアンの方を向いた。
「でも、正しさだけでは、前に進めなくなりました。
……何を盗むのですか?」
ディアンはこぶしを握る。
「今夜、俺は屋敷から宝を盗む」
二人は、目を丸くした。
ディアンは続ける。
「あいつはきっと、追ってくる。でも、聖騎士は使わねぇんじゃねぇか?
……あいつにとっても、宝は爆弾だから」
クレディスは、長いまつげを瞬かせて、微かに口角を上げた。
「……誘き出すのですね。確実に」
ディアンは頷いた。
「俺は、宝を山に捨てる。
お前は、山の入り口にいて、あいつを斬れ」
クレディスは、ディアンの言葉に一瞬表情を無くし――
「――……ふ」
笑った。
「来た時点で、黒が確定。
ラウジを生かすには……これしかありませんね」
ゾクゾク、とディアンの背筋に痺れが走った。
眩しかった光が、泥の上に堕ちたんだ。
ラウジが口を開く。
「ならば俺は、うまく情報を街に流し、団長の失踪とクレディスが結びつかないように調整しよう」
クレディスは一瞬考えた。
団長殺しの罪。
そこまで考えていなかった様子だった。
ラウジが笑う。
「旅にでも出るつもりだったか?」
「……いえ。あなたがいるから、そうはならずに済みそうです」
ディアンが手を叩く。
「よし。じゃ、そういうことだ」
目に、復讐の炎を灯らせて、言う。
「罠を仕掛けて、獲物を釣る」
「狩りの時間だ」




