152話 アズリア、犠牲者を確認する
驚きの反応をしつつもアタシは、未知の何者かが戦場に乱入してきた可能性に。警戒を強めて両手剣を構え直す。
幾つもの斬撃を受け、崩れ落ちる動く屍体の向こう側から姿を見せたのは。
「助けに来たぜアズリアっ!」
アタシと一緒に兵士らの援護をしていたワイラーら岩人族の戦士だ。
動く屍体の手足を両断した攻撃の正体とは、重い戦斧の一撃だったのだ。
見れば、数人掛かりで一体の動く屍体をズタズタに斬り裂いた岩人族らは。全員が何かをやり遂げたような、誇らしげな表情を浮かべている。
「あ、アンタらッ? 兵士の援護をしてたハズじゃ……」
だがワイラーらは確か、苦戦する兵士の救援に駆け付けた途端に。
直前に一度も斧を振るう機会がなかったためか。戦えなかった鬱憤を晴らそうと。兵士を襲う動く屍体を率先して攻撃していたのではなかったか。
「ッて──コトは」
思わずアタシの視線は。目の前の岩人族から苦戦していた兵士らへと向けられる。
すると、アタシが予想した通り。
兵士らを襲撃していた動く屍体と、それを隠れ蓑とし奇襲を目論む小鬼は。
その全てが活動を停止し、その死骸を地面に晒していた。この戦場での戦闘は既に決着していたのだ──討伐隊側の勝利で。
「ああ……そうかい。そういうコトかい」
だからこそ、ワイラーら岩人族の戦士はアタシの援護に来れた、という理屈だ。
さらに今のワイラーらの攻撃で倒された動く屍体の、最後の一体を以って。三人の騎士が他の場所から引き連れてきた敵も、全てを倒し切った事になる。
アタシが再び、兵士や岩人族らと動く屍体との戦場となった一帯に視線を戻すと。
今回の戦闘で岩人族には一人の犠牲者も出なかったが。残念ながら兵士側は数名ほど、動く屍体の怪力や牙の犠牲になった者もいた。
通常ならば、養成所のような戦闘訓練を受けた兵士が動く屍体に遅れを取るような事は、まずあり得ない話だが。今回の多数の動く屍体による野営地の襲撃では、装備が整わない状態で交戦した兵士も中にはいた。おそらくは生命を落としたのも、鎧を着込んでいなかったが故なのだろう。
地面に倒れ、二度と動かなくなった兵士の死骸がアタシの視界に入った、その時。
「……ッ! そうだ、そういや動く屍体の牙にゃ──」
アタシは不意に、二人の騎士が辿った末路が頭に浮かび。
途端に焦りの色を顔に滲ませる。
今回、動く屍体との交戦でアタシも初めて知った事実だが。
身体が腐り、鈍重な動きからは想像出来ない怪力によって生命を落としたならば。時間が経過し、新たな亡者に変貌しないように、処置を施せばよいが。
動く屍体の牙に噛まれ、肉を喰い千切られ殺害された場合。その亡骸は即座に動く屍体と化してしまう。
だから犠牲となった兵士の中に、動く屍体に噛まれた死骸が混じっているのなら。
まだ、この場における戦闘は終結してないのだ。
「……ランディ!」
アタシはまず、動く屍体が犠牲者を噛み殺す事で仲間を増やすという事情を知るランディに、目配せを送る。
犠牲となった兵士は目視で五人。さすがにアタシ一人で、噛み傷を確認するには数が多すぎたからだ。
さりとて、おそらくは事情を知らないワイラーりに説明する間にも。兵士の死骸が動く屍体と化して周囲に襲い掛かるかもしれない。ならば、全員で兵士の死骸を確認するのも得策ではない。
つまりは今のランディへの目配せは、即座に動く屍体として動き出す兵士の死骸がないか。その確認を手伝って欲しい、という合図だったが。
「わかってるっ!」
さすがはランディ。目配せ一つで、アタシが何を欲していたかを察し。
一つ頷いてみせた後。警戒のためか剣を抜いたまま、アタシが向かうのとは別の兵士の死骸へと駆け寄って行く。
アタシとランディが、倒れて動かなくなった兵士の状態を細かく確認する様子を。
岩人族らの救援もあって、どうにか生存する事が出来た兵士らは怪訝な表情で眺めていた。
『な、何をしてるんだ、あの連中は』
『亡者にならない処置をするんじゃないのか?』
純粋な疑問を抱く者から。
悪意を持った陰口を叩く兵士までいた。
『もしかしたら、金目の物を掠め奪るつもりなんじゃ……』
覚悟はしていた。
正規の兵士でもないアタシらが、自分らが苦戦していた敵を難なく屠っている武勇を間近で見せられれば。疑念と嫉妬が向けられる事くらいは、故郷や養成所で幾度となく経験した事だからだ。
……それでも、実際に生命を救った相手から謂れのない悪意を向けられるのは、良い気持ちはしないが。
「まあ、イイさね」
アタシらが二手に分かれ、兵士らの救援に駆け付けたのは。救援した事で感謝や尊敬の言葉を欲したからでは決してなく。
隊の最終目標である「北狄の打倒」を迅速に果たし、さっさと養成所に帰還したいからだ。
無事に帰還すれば、三度目の岩人族の街への外出許可も下り。ダルグから完成の報告があった「アタシだけの剣」を受け取る事がようやく叶うのが待ち遠しい。
だからアタシは──聞こえてきた陰口に心を少しも動揺する事なく、ただ淡々と倒れた兵士の死骸を確認し続けていた。
「……よし。噛まれた痕がない」
アタシが最初に調べた兵士の死骸には、胸の辺りに大きな窪みが見つかる。動く屍体の怪力で殴られた痕だ。
おそらくは肋骨が砕け、骨の破片が内臓を傷付けたのが致命傷となったのだろう。
一方で、騎士が狙われた首やその他、素肌が鎧に覆われず剥き出しとなった箇所には。少なくともアタシが目視で確認した限り、動く屍体に噛まれた痕は発見出来なかった。
次の兵士もまた、幸運な事に噛み傷はなく。
これならば、通常の埋葬の処置だけで亡者化を防ぐ事が可能だ。
「ランディ、そっちはどうだい?」
アタシが三人目の死因の確認を行おうとしたと同時に、確認を手伝ってくれているランディへの途中経過を訊ねる。
とはいえ、噛み傷があればとっくに動く屍体として動き出し。確認のために近寄ったランディは襲われているだろう。
だが、現時点ではそのような事態には陥ってはいない。
「こっちも噛み傷は見当たらない。俺がうっかり見逃がしたんじゃないなら、おそらくは──」
二人目の確認をしていたランディもまた、即座に死骸が動く屍体となる危険を否定してみせた。
まさに、その時だった。
『ヒッヒヒ……それでは、困るんじゃよ。それでは、な』
突如、ランディとの会話に割り込んできたのは。全く聞き覚えのない嗄れた老齢の男の声だった。




