127話 アズリア、招かれざる来客に
見れば、相変わらずアタシを直視せず横を向きながらも。
今答えたばかりの自分の言葉に照れたのか、ランディの頬が赤みを帯びていた。
「それッて……つまり」
これまで人と触れ合う機会が極端に欠けていたためか、他人の感情の機微に疎いという短所がアタシにはあったが。
それでも、ランディの言動から導き出される答えは一つ。
アタシが確信し、頭に浮かんだ答えを口にするより先に。
「……ランディ、お前まさか。岩人族に嫉妬してたって事かよ? もしかしたらアズリアを取られるかと」
「──ゔ、っ」
横から割り込み、アタシが想像したのと全く同じ答えを発したのはサバランだが。あらためて言葉に出されてみると、意外な心情でもあった。
しかもサバランの発言に対し、いつも冷静な対応を見せるランディは。図星を突かれたような表情を見せ、明らかに動揺する。
正に、サバランやアタシの推察が的中している事の証明と言える。
まさか、ランディが嫉妬の感情を抱くとは。
アタシが言うのも何だが──ランディという人物は、少し幼さを残しながらも端正に整った顔をしているし。
腕力や耐久力等の単純な身体能力でこそアタシが勝るものの、剣の腕前ではアタシより上。
さらには幾つもの魔法を扱う事も出来る、訓練生の中で一番といって良い成績優良者だ。
養成所にはアタシ以外の女の訓練生がいないからかもしれないが。訓練の過程を終えて兵士となれば、もっと良い女性との交際を望めるのではないか。
ごく一般的な発想ならば、ランディとの関係に不安を感じるのは。寧ろアタシの側ではないのか。
と……思っていたのだが。
サバランと、さらにアタシの視線に晒されたランディはというと。
「し、仕方ない……だろ、そりゃ。半年前、救援に来た岩人族とあれだけ親しげに話をしていたら、不安にもなる」
嫉妬している、という心の内側を吐露してしまったからか。
先程までは細々とした小声だったのが、普通の声量に戻り。嫉妬に至った経緯をランディが白状していくと。
「へえ、そういうもんかね」
相鎚を打っていたサバランが、無言でアタシに視線で合図を送ってくる。
──実は。
ランディの言う通り、アタシ単独で訪れた岩人族の街だが。
当初の予定では、ランディら三人も一緒に向かう計画だったのに。同行を断ったのはアタシではなく、三人だったからだ。
既にこの時点で、ランディからの告白を承諾した事を知っていたサバランとイーディスの二人は。「二人で行け」という理由で同行を断ったが。
既に岩人族に対する拒否感を隠していなかったランディを誘う事に抵抗があったアタシは、結局声を掛けずに。一人で外出する選択をしたのだったが。
サバランが目配せした理由も、おそらくは本来なら四人で岩人族の街に向かう算段だった事を知っていたからだろう。
アタシは余計な発言を挟まずに、ランディの誤解が正せたかどうかのみを確認する。
あくまで岩人族の街を訪れていたのは、鍛治師にクロイツ鋼製の剣を打ってもらう目的であり。
ランディが誤解しているように、岩人族に惹かれて、ではないという事を。
「で、でもさッ? これまでの会話に、この手紙。これでアンタの疑いも晴れただろ?」
「ああ。まさかたった二度の訪問で、岩人族に剣を打って貰える関係を築いてたなんてな」
しかし一見、こちらの出した証拠に納得したかの態度のランディから返ってきた言葉には。妙な刺々しさが含まれており。
不穏な空気がアタシとランディの間に漂う。
「あ、あれ……ッ?」
どうやらダルグからの手紙だけでは、ランディの誤解を解くには不十分だった。いや寧ろ、さらに誤解を招く要因になったのかもしれない。
ならば、解決策は一つしかない。
最初にアタシが犯した失敗──ランディの岩人族に対する感情を誤解し、モードレイ行きに誘わなかったからだが。
ダルグの剣を受け取りに行く際にランディにも同行して貰い、誤解を解く。
「だ……だったらランディ──」
そう提案をしようとした、その時だった。
『ま、魔物がっ! 魔物の大群が……こちらに接近してくるぞおっ⁉︎』
何者かの絶叫が、討伐隊が敷く陣地全体に響きわたり、一瞬で緊張が走り。
天幕の中で待機していた兵士らが外へと飛び出し、即座に武器を握って迎撃の準備を始めていた。
勿論アタシらも、魔物出現の警告を聞いたと同時に、知った顔との再会や会話ですっかり緩んでいた気持ちを一新し。
周囲への警戒を強め、迎撃に参加しようとする。
「アズリア、話の続きは後だっ」
「わかってるよ。まずは魔物をブッ倒すのが先なコトくらいはねッ」
つい直前、ランディの名前をアタシが口にした時点で。誤解に関する何かしらの提案があろう事を、ランディもおそらくは気が付いていたが。
魔物が襲来した、という緊急事態に。ランディは私欲をまずは置いておき、迎撃を優先する態度に。
ならばアタシも今、無理に提案をするのではなく。事態の解決に全力を注いだほうが賢明である、と判断したのだ。
問題は、陣地に迫ってくる魔物が一体どの方角から襲ってきたか、という点だ。
残念ながらアタシらはまだ、討伐隊の指揮官に到着の挨拶を済ませてはおらず。従って、周囲の兵士らに隊の一員として知られていない。
と、なれば。的確な指示や情報がアタシらを素通りする可能性も考えなくてはならない。
「──皆、魔物はこっちだっ!」
イーディスが耳に手を当てて、周辺の音を拾いながら。
会話に参加していた全員を、魔物が接近してきたであろう方向へと誘導する。
一行の中でもイーディスが耳や目等の察知能力に一番長けているのは、道中で一緒だったガリエラも異論はないようで。
さらにワイラーら岩人族も、反論を挟むでも勝手な行動を取るでもなく。イーディスの誘導で動くアタシらの後に着いて来る。
「へへっ、姐さんの戦いぶり、楽しみにしてますぜ!」
ワイラーら岩人族の若き戦士は、アタシと肩を並べて戦いに挑む事に喜びを覚え。得物である戦斧を構えながら、笑みを浮かべていた。
ワイラーとは直接、殴り合いの喧嘩で実力を見せたものの。
その他の岩人族とは簡単な手合わせや守備隊の訓練の参加を約束していたが。これまで二度の訪問で、結局は暇を見つける事が出来ず参加は叶わなかった。
岩人族らが残念がっていた、というのは守備隊長のガンドラから聞いてはいたが。
まさか岩人族の街ではなく、こんな場所で叶ってしまうとは。
「にしても、まさか到着して休む間もなく、魔物に襲われるなんてね」
本来なら、食事や休息を出来る限り削いで到着を急いだからか。せめて半日程度は、周囲の安全が約束されている天幕で一眠りしたかったのが本音だが。
冷静に考えれば、北狄を討伐するという目的で陣地を敷いているという事は。北狄に一番近いのも、我々という理屈となる。
となれば、襲撃を仕掛けてきたのはおそらくは──いや、間違いない。
北壁の城砦の守備隊を全滅させた、北狄の魔物らが陣地までやって来たのだ。




