128話 ヴァロ伯爵家、次男の暗躍
──時を少しばかり遡って。
婚約者であったガリエラとの話に一区切りが付き、会話の場から離れたヴァロ伯爵家次男・フェフが入っていったのは。
伯爵家の紋章が大きく描かれた天幕ではなく、陣地の端に位置する個人用の天幕だった。
「……はあぁぁ」
先程までは、温厚そうな笑みを殆ど崩さなかったフェフだったが。天幕により周囲の目が遮られたからか。
大きく息を吐くや、両膝から崩れ落ち。両手で頭を抱えながらその場に膝を突いて座り込む。
それ程に、想定外の出来事だったのだ。
婚約者である男爵家令嬢ガリエラが討伐隊に参加している、という事態は。
「な、何で討伐隊に、婚約者であるあのラウム家の令嬢が……」
長子であるクラウゼが無事、伯爵家当主の後継となる事が決定すると。
継ぐ家がない次男のフェフは。三年前のコルム公国侵攻戦で多大なる戦功を挙げ、陞爵も間近と噂されるラウム男爵家の長子にて令嬢ガリエラとの婚約を結んだ。
年齢に見合わず童顔で温厚な容姿や、小柄な背丈という外観の印象のフェフは。
実際に武器を握り戦場に立つよりも、読書で溜め込んだ知識を活かしての内政が得意分野であり。
これまでも伯爵領の税の管理や各地の領主らからの陳情等には、大概がフェフが対応していた。
男爵家としても、当主のグロッケンが武勇で成り上がったという立場もあり。領地経営の知識に欠ける点が幾つもあり。
グロッケンのもう一つの懸念。長男であるナーシェンに家を継がせる事にまだ迷いがあった、という問題からも。
伯爵家からの、内政能力に長けたフェフとの婚姻の提案は、男爵家にとって感謝以外の何物でもなかった。
だが半年前、ヘクサムの兵士養成所で発生した一つの大事件が、ヴァロ伯爵家とラウム男爵家に激震を起こした。
伯爵家三男で養成所の副所長だったカイザスと、訓練生として入所していたナーシェンが悪名付きの魔物に殺害されたのだ。
伯爵家は、血縁者の中で唯一の魔術師という才を開花させたカイザスを失った事で。
数々の貴重な魔導具を入手出来る伝手と伯爵家の大きな財源を断たれてしまい、多大なる金銭的損害を被った。
次期後継者をこの事件で失った男爵家では、長女と婚姻を結んだフェフが男爵家当主の座に収まるのがほぼ確定した。
我が帝国では公爵家を除き、爵位を女性が冠する事は基本、許されていなかったからだ。
しかし、ただでさえ周辺国家に戦争を次々と仕掛ける中、武勇が優先される風潮が国内にはあり。武勇で名を馳せたラウム男爵家の名を継ぐ人間として多少の戦功を立てなければ、周囲にどんな陰口を叩かれるか分からない。
だからこその、今回の討伐隊の参加だった。
その筈だったのに。
「しかも鎧を着込んで……あの格好は、まるで騎士ではないかっ……」
男爵家との婚約は、両家の都合が幸運にも合致したからであり。あくまで書類上での契約、という感覚だった。
だからフェフは今日まで、一度も婚約者と顔合わせをした事がなく。相手側もまた、フェフの事を殆ど知らなかったのだ。
だが、実際に会う機会が無くとも。
人の口や自分の耳に入ってくる噂までは止められない。婚約者であるガリエラの評判もまた、噂としてフェフの耳に届いていた。
曰く──男爵家の武勇は長男より長女に受け継がれてしまった、とか。
夜会にも出席せず領内の魔物討伐を優先している、等。
明らかにフェフが知る貴族令嬢像からは掛け離れた内容に。
最近、活躍で名を馳せたラウム男爵家への醜い嫉妬の感情から、虚偽や誇大妄想を交えて噂を流しているのではないかと。このような内容を一笑に付し、まさか真実だと思ってはいなかったのだが。
先程、初めて対面した婚約者は、女性用に改良された金属鎧を装着し。鎧の表面は決して新品ではなく、細かな傷が至る箇所に刻まれていた。
つまり、あの鎧は紛れもなく彼女専用に仕立てた金属鎧であり、しかも今回の使用が初めてではない。
数々の目に見えた事実から浮かび上がる結論。
「……まさか。あの噂は全部、真実だったとでもいうのか?」
浮かんだ一つの結論を「信じたくない」という心情から、フェフは抱えた頭を左右に振っていた。
フェフが苦悩する理由。
それは決して数々の噂が真実だったからではなく、別れ際に婚約者が宣言した内容について、であった。
一体何処で接点があったのかは不明だが。婚約者は何故か、伯爵家が報復対象として認定しているヘクサムの訓練生らと行動を共にしていた。
しかも、この討伐任務でも行動を共にする──などと宣言したのだから。
婚約者が、ただ強情を張るだけのフェフが知る範囲での令嬢像であるなら。自由にするのは小競り合いまで。
大規模戦闘が開始すれば「保護」を理由に、報復対象から強引に引き剥がす事も可能だったが。聞こえてきた噂が全部真実であるなら、強引な手法は……おそらく通用しない。
数々の戦功を挙げたラウム男爵の血を色濃く受け継ぐ、と噂されており。金属鎧や討伐を黙認されている、という事は。
少なく見積っても、彼女が並の騎士と同等かそれ以上の実力を有していると物語っているのだから。
婚約者の身にもしもの事態が起これば、婚約は解消となり。伯爵家の財政を回復する手段が一つ、失われてしまう。
それだけは避けねばならない──が。
「仮に、あの連中から無理に離そうとすれば。あの訓練生らに何かを勘繰られる危険がある」
そう。
この討伐隊をヴァロ伯爵家の名で立案し、伯爵家からも少なからず私兵を投入しているのは。北壁を越えた北狄の討伐、という立派な戦功をフェフに挙げさせるためだが。
もう一つ。
三男を殺害した張本人であるヘクサムの訓練生四人を、この戦場で抹殺するためでもあった。
本来ならば、フェフが指揮官の地位に就き。ただ座して戦果を待てば良かったのだが。そうしなかったのにはさらにもう一つ。伯爵家の事情があった。
それは、伯爵家夫人スカリーゼである。
夫人最後に産んだ子であり、魔術師としての才能を見出されたからか。幼い頃から親元を離れ教育を受けた三男のカイザスを、夫人は溺愛していた。
だから三男が死んだ、と報を受けた時の伯爵夫人の落胆ぶりは「酷い」の一言に尽きた。
そして、愛する息子を死に追い遣った憎き相手への復讐心は、ただ屋敷で報復対象の死の報告を待つだけでは満たされなかった。
「……母上」
そう呟いたフェフが、天幕に運び入れた自分の荷物の中から。子供の頭ほどの大きさの水晶製の球を取り出し、魔力を込め。
何故か、その場にいない伯爵夫人に向けた言葉を発したのだ。




