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114話 アズリア、貴族の恋愛事情とは

 今のガリエラの言葉からは、諦めにも似た感情が伝わってくる。

 

「あ……アタシ、何か悪い事を言っちまったかい?」


 明らかに周囲の雰囲気が重く、憂鬱(ゆううつ)になるのを察し。

 アタシはこれまでの対応に、何かガリエラの機嫌を損ねるような言動が含まれていたのかを、直接本人に確認すると。

 

 突如、手首を掴まれる感触。


 何事か、と掴まれた腕の側へ振り向くと。目の前に立っていたのはサバランだった。


「お、おいっ、ちょっと耳を貸せっ?」


 慌てた様子のサバランは、手首を真下へと引っ張って強引にアタシを屈ませる。身を屈めないと、背丈の高いアタシの耳に顔が届かないからだ。

 

 そう言えば、サバランは今でこそ同じ訓練生ではあるが。彼の出身も確か、貴族だったというのは本人談だ。

 だとしたら、今のガリエラの発言について何かを知っているかもしれない。


 アタシは話を聞くため、自分から率先して身を屈め、サバランに今の話の真意を訊ねようとする。


「……なあ、どういうコトだよ、今の話」

「あのな、アズリア。貴族ってのは、自分の都合で結婚の相手を選べないんだ」


 その後、なるべくガリエラに聞こえないよう配慮しながら。サバランが貴族の結婚事情についてを簡単に説明してくれた。

 ──要約すると。


 貴族の女性は自分の家を維持、もしくは地位の向上のため。より地位や財産の優位な家との関係を結ぶ目的で、婚姻契約を親によって結ばれるのが日常であり。

 そこに本人の意思や恋愛感情が反映される事はほぼない、と言う。


 説明を聞き終えたアタシは、ふと「ある事」に気付き、ガリエラへと視線を向けた。

 

「──ッて、コトは」


 サバランの話が正しいならば、目の前のガリエラにも、親に強制的に決められた結婚相手がいる……という事になる。

 屋敷を飛び出してきたが、彼女(ガリエラ)も間違いなく貴族令嬢なのだから。


「アンタにも、もう……決められた男がいるッてのかい?」

「お、おいアズリアっ!」


 アタシの意図に気付いたサバランが質問を制するも、こちらが一足早かった。


 冷静に考えれば、サバランが何故アタシの言葉を制しようとしたのか、理解出来たかもしれない。自分だって、ランディとの関係を周囲に出来る限り知られまいと振る舞っていたのだから。

 だが、この時のアタシはガリエラへの配慮よりも。悪いと思いつつ、好奇心が勝ってしまっていた。

 そんなアタシの礼を欠いた質問に。


「確かにいるな。書類の上では、だが」

「ん?」


 対してガリエラはというと。機嫌を損ねる、という反応は一切見せず。

 それどころか何の関心もないような態度で淡々と、結婚相手の存在を肯定する。


 いくら自分で選んだ相手でなく、親に強制された関係だったとしても。あまりに無感情なのではないか、とアタシは違和感を覚えた。


「何か……結婚相手の話だってのに、パッとしない反応だね」

「まあ許せ。私は、相手の顔も素性も知らないのだからな」

「……は?」


 違和感の原因を即座にアタシへと明かしてくれたガリエラ。

 何と、結婚相手の顔を見た事がないと言い出したのだから。


 もしアタシがガリエラ同様に、顔も知らない男と恋愛、その先の結婚までを何者かに強要される事を想像したら。

 少なくとも、相手の顔くらいは確認に向かうだろう。

 なのに目の前の彼女(ガリエラ)の、あまりの相手に関心の無さに唖然(あぜん)とする。


「そ、そんな事、あるのかよ……」

「まあ、貴族なんてのはそんなものだ。それに──」


 驚くアタシを、手を顔の前でひらひらと何かを払うように動かし(あし)らうガリエラだったが。

 不意に何かを思い出すように突然、動かしていた手がアタシを真っ直ぐに指差すと。


「これに関しては、アズリア。お前にも責任が少しはあるんだぞ」

「なんでだよッ!」


 何と、親に結婚相手を強制された理由をアタシだと言い掛かりを付けてきたのだ。


 そもそもガリエラと対面したのは、間違いなく今日が初めてであり。遭遇(そうぐう)した当初は、アタシの顔と名前が一致していなかった時点でガリエラも同様だろう。

 ならば何故、ガリエラの家の事情にアタシが絡んでくるのか。

 頭に浮かんだ疑問に答えたのは、ガリエラではなく。


「そうか──ナーシェンがあの騒動で死んだからか」


 これまで会話に一切混じらなかったイーディスが、割り込んでくる。

 その回答はおそらく正解だったのだろう、ガリエラが無言で(うなず)いてみせたが。


「ん? んんんん? ど、どういう……コトだい?」


 あの騒動とガリエラの結婚相手に、一体何の関連性があるというのか。

 アタシの頭は、あまり触れた経験のない貴族特有の事情に理解が追い付かず、疑問だらけで首を(かし)げてしまう。


 困惑するアタシが愉快なのか、ガリエラは手で口元を隠してどうにか笑いを(こら)えながら。

 ……いや。どうも笑うのを我慢していたのは彼女(ガリエラ)だけではない。

 見れば、貴族の事情を説明してくれたサバランも。先程、会話に割り込んできたイーディスも。二人とも笑いを(こら)えている様子だったからだ。

 

「後継者の愚弟(ナーシェン)が消えた以上、男爵家の当主を継承する役割は私に再び巡ってきた……だが」

「……帝国(ドライゼル)じゃ、女は爵位を継げない」


 そう言えば、ガリエラとの決闘の最中に。本来ならば一番早く生まれた彼女(ガリエラ)が男爵家を継ぐ筈だったのに。次に生まれたナーシェンが「驚くだから」という理由で、彼女(ガリエラ)を押し退()け後継者に選ばれたのだと。

 だが半年前の騒動で、ナーシェンは生命を落とした。となれば、後継者は再びガリエラとなる。


 しかしここで問題が発生した。

 帝国(ドライゼル)では、女性は爵位を継承出来ないという決まり事になっているらしい。

 決まりに沿うなら、ガリエラはまたも男爵家の継承権を失う事になる。

 そこでガリエラの父親、ラウム男爵が(ひらめ)いた唯一の解決策──それが。


「そうか! だから急遽(きゅうきょ)、結婚相手を迎えなければならなくなった、と」

「父──我が家の当主は、結婚相手に爵位を継がせるつもりだったのだろう」


 そう、ガリエラを結婚させるという案だ。

 ガリエラが爵位を継げなくても、ガリエラの結婚相手の男が爵位を継承出来るからだ。


 事情が理解出来ていないアタシを置いて、ガリエラその他で交わす会話の内容で。

 全く接点のないように思えた二つの出来事が、どう影響し。結果としてアタシの責任という結論に至ったのかを、ようやくアタシは飲み込む事が出来た。


「その相手が決まったのが、屋敷を出るほんの数日前だ」

「そ、そりゃ……顔も知らないハズだよな……」


 とは言え、アタシに興味を持ったという理由で屋敷を飛び出し、討伐隊への参加を強引な手段で決めてしまうガリエラだ。

 結婚相手に興味があったなら、知ったのが数日前だったとはいえ。馬を駆って相手の元へ向かうくらいの行動力は備わっているとは思う。

 にもかかわらず、行動を起こさなかったのだから。本当に結婚相手に興味が湧かなかったのだろう。


「だから、アタシのせい……だなんて言い出したッてワケか」

「……まあ、そういう事だ。決してお前と、その、ランディとの関係が(うらや)ましいと嫉妬したからではないぞ」

「はいはい」


 一瞬だけ、興味も無い相手と家の存続のために結婚を強制されるガリエラに憐憫(れんびん)の感情が湧きはしたが。

 冷静に考えれば、それでもガリエラは貴族だ。兵士として戦場に送られるアタシらよりは、余程裕福な環境である事には違いない。

 だからアタシはガリエラに同情するのを止めた。


「決して嫉妬ではない! 嫉妬ではないんだからな!」


 ガリエラの抗議の声を周囲に響かせながら、アタシら一行は進んでいく。


 地図に記されている討伐隊の合流地点に到着するまでは、まだ二日程の距離が残っていたからだ。

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