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113話 アズリア、関係を知られる

 幸運にも、口から噴き出した水飛沫(しぶき)の先には誰もいなかったが。


「な、なな……ッ?」


 制服の(そで)で濡れた口を(ぬぐ)いながら、どうにか落ち着かせようとするも。

 ガリエラの指摘で動揺した心が鎮まる気配はない。


 驚くのも無理はなかった。

 

 確かにアタシとランディは、ガリエラの推察通り男女の関係にあるのは間違いない。

 しかし、知っているのは同室の二人(サバランとイーディス)所長(ジルガ)との確執を説明する過程で、ランディとの関係を話すしかなかったマデリアのみ。

 その三人が不意に漏らした、という事ではない。

 

 もしかしたら、アタシの考え違いかもしれない。

 アタシは最後の悪足掻(あが)きに、どうにか話題を誤魔化(ごまか)そうとするも。


「な、何だよ、『そういう関係』ッてのは──」

「だから! お前と恋仲なのではないかと聞いているんだっ!」


 今度こそガリエラは質問の意図を、男女の仲と明確にしてきたのだ。これでもう、誤魔化(ごまか)しも言い逃れも出来ない。


 しかし。

 だとすると、アタシには疑問が残る。


 アタシら一行がガリエラの救援に割って入ってから、今の今まで。ランディとの関係が露見するような不審な言動はしていない筈。

 養成所でも、出来る限りはランディとの関係を隠していたからか。これまで、誰にも気付かれてはいなかった。

 なのに、まだ知り合って間も無いガリエラが。ランディとの関係を看破するのは、どう考えても無理がある。


 ガリエラの問い掛けに答える前に、アタシはもしかしたらランディとの関係を知り得る三人が、うっかり暴露したのではないかと。

 アタシの水噴きに始まり、ガリエラの大声の指摘ですっかり最後尾を振り返っていた四人を。

 一人ずつ順番にアタシは睨み返していく。


 まずは一番怪しい人物のマデリア。


 アタシが(あご)に一撃を命中させ、地面に転倒した際の治療のついでや。他にも脚を負傷したガリエラの馬の傷の治療の際等。

 話す機会は(いく)らでもあったが。


「はっ、馬鹿馬鹿しい。別にあたしゃ赤髪娘の恋愛話なんかにゃ興味はないし。そもそも他人の身の上話を軽々しく話すもんかい」


 と、一々腹の立つ返答でアタシの疑問を一蹴するが。

 納得出来る点も多々ある。

 養成所のほぼ全員がこの老婆(マデリア)の治療を受けた事がある、と断言しても良い。それだけ大勢の人間と関わりながらも、治療の最中に。他人の事情や(うわさ)話を口にしているのを、見た事がなかったからだ。

 マデリアが話していない、となれば後三人。


 いや、当人であるランディは候補から外れるので。

 残るはサバランとイーディスだったが。


 先程、謝罪の言葉を引き出すために。二人の首に回した腕に、少しばかり(・・・・・)力が入り過ぎてしまったようで。

 アタシと視線が合った途端、即座に首を左右に振り、自分は決して口にしていない事を無言で主張する。

 誰も喋っていないのであれば。本当にガリエラは独力で、ランディとの関係に勘付(かんづ)いたというのか。

 アタシの興味はその一点に絞られる。


「……なあ、ガリエラ? 何で、アタシがランディと男女の関係なんだ、ッて思ったんだよ」

「それは勿論(もちろん)、アズリアの取った行動を見事なまでに的中させた、先程の予想だ」


 理由を訊ねたアタシに、躊躇(ちゅうちょ)する事なくガリエラが答えたのは。

 やはり、というべきか。


「他の仲間は背負われた私を見て『足を怪我した』と思い込んでいたのに、全く違う予想をしていたのだから驚くしかないだろう」


 この後、確実に待ち受けている討伐隊での大規模戦闘に備え。ガリエラに右眼の秘密を明かし、すっかり遅れを取ってしまい。合流を急ぐためにガリエラを背負って移動したのだが。

 その姿を見て、ランディ以外が二人で揉めた挙句に脚を負傷させたと不名誉な誤解をされる中。


 ランディのみが、ほぼ正確にアタシが取った行動や意図をしっかりと読み切ってくれた。あの時のランディの発言で、少しばかりアタシの心は救われた気がしたが。

 ガリエラはと言うと、ランディの予想のあまりの鋭さから。アタシとの関係を(いぶか)しんだと言うのだ。

 

「だから思ったんだ。この二人はもしかしたら、他の仲間よりも深い関係なのではないか……とね」

「なるほど、ねぇ」


 疑問さえ解消してしまえば、これ以上ランディとの関係を隠す事もない。

 養成所で、交際している事を他の訓練生に公言していない理由は単純明快。アタシの他に女の訓練生がいないからだ。

 よもや、訓練生の誰よりも背の高いアタシを女扱いするとは思えないが、それでも。ヘクサムの街で(まれ)に起きる恋愛絡みの事件や厄介事に、アタシを晒したくないというランディの配慮だ。


 それに、ガリエラにはランディとの関係以上に隠蔽(いんぺい)すべき、右眼の秘密を既に明かしてある。

 だからアタシは、発言する直前にランディへと目線を向け。目が合った途端に、片目の目蓋(まぶた)を閉じてみせる。

 ──そして。

 

「──アンタの言う通り。アタシとランディは男女の関係さ」

「やはり、そうだったか」


 アタシの肯定の言葉に、納得するように腕を組んで何度も(うなず)きながら。

 しかも何故か、嬉しそうな笑顔まで浮かべているガリエラの態度に、少しだけ違和感を覚える。

 

「……何でアンタが嬉しそうなんだよ」


 もし今目の前にいたのがガリエラでなければ、この胸に湧き上がる羞恥を隠すために拳を握り、顔面に腕を伸ばしていただろう。

 だがこれでも、ガリエラは。

 この一六年間で初めての、気軽に会話を交わす事が出来た、アタシに近い年齢の女性だったのだから。

 なので、顔を背けるのがアタシは精一杯の反応だったが。


 アタシの態度になど気にも介さず、ガリエラは言葉を続ける。

 

「好き合ってる相手と恋愛が出来る、良い事じゃないか。貴族には自由な恋愛などないからな」

「──え?」


 笑顔のままガリエラが口にした内容に、アタシは一瞬頭が真っ白になる。

 言葉の意味が理解出来なかったからだ。


 当然ながら、故郷の街(ローゼベリ)の住民から忌み嫌われていたアタシには貴族の知り合いなどいる筈もなく。

 (したが)って、貴族の風習や決まり事をアタシが知る(よし)もない。普通に考えれば、騎乗の馬と金属鎧を所持する程に金銭に余裕のある男爵家なら。平民よりも恋愛の対象の選択肢は増えるのではなかろうか。


「貴族ってさ、もっと自由に振る舞えるんじゃないのかよ?」


 その時、故郷(ローゼベリ)でアタシを執拗(しつよう)に虐めてきた貴族令嬢の顔と姿が思い浮かべていた。

 周囲に「白薔薇姫」などと呼ばれ、アタシとは真逆の真っ白な肌にくるくると巻かれた黄金の髪の少女──いや、女を。

 あの女の傲慢(ごうまん)で傍若無人な態度を思い出したら、貴族の恋愛が何故に不自由なのかが全く理解出来なかったからだ。


 だからこそ咄嗟(とっさ)に、アタシの口から出てしまった言葉に。

 ガリエラは一瞬、寂しげな表情を浮かべ。


「……そうだったら、良かったんだがな」


 そう彼女の口唇(くちびる)(わず)かに動き、小声で(つぶや)いたのを、アタシは見逃しはしなかった。

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