112話 アズリア、微笑ましい疑念
観念したのか、もしくはアタシの腕で首を固められているからか。
喉奥から絞り出すような情け無い声で。
「……謝罪する。一瞬でも疑ってしまった事を」
「お、俺もっ……わ、悪かった」
イーディスの言う「疑った」とは、合流した際にガリエラを背負っていた姿から。彼女が脚を痛め、その原因をアタシだと断じた事を指す。
そもそも、ガリエラは脚を負傷などしてはおらず、その疑惑自体が的外れだった。
だからこその、謝罪。
二人の態度から、この謝罪が無理矢理な感は否めないが。それでもアタシは、二人からの謝罪の言葉を引き出せた事に満足し。
腕の力を緩め、二人を開放してやる。
「よろしい」
謝罪を受け入れた事で、この件はこれにて決着した。
仮にこの先、二人に疑念を向ける場面に遭遇したとしても──今回の件を引き合いに出す事は絶対にない。
許す、とはそういう事なのだとアタシは思ってたからだ。
しかし、そんなアタシの決意を知らずか。
「で、でもよぉ──」
「……何だい、サバラン?」
アタシの腕から逃がれたばかりのサバランが、何かを訴えようとしていた。
無理に謝罪させた事を即座に撤回するつもりなのだろうか。だが、どうもサバランの話の焦点は謝罪云々ではないようで。
ならば、一体何に異を唱える算段なのか。
アタシが次の発言に注視していると。
「もしホントにガリエラ様と戦り合ったとしても、全員がお前の勝ちを信じてたんだ。それだけは評価して欲しいぜ」
「──は?」
サバランが言うに、合流が遅れたアタシらの事情を完全に読み切っていたランディ以外の三人は。
先程の謝罪の通り、てっきり後方で殴り合いを再開したと予想していたものの。誰一人として、アタシの勝利を疑ってなかったというのだ。
──つまりは、先程謝罪した誤解は。アタシの勝利を信じていたが故に起きたのだ、と。
見れば、そう発言したばかりのサバランは何故か得意げな表情を浮かべている。
まるで今の話が、無理やり謝罪させられた自分の評価を改善するに値する内容なのだ、と信じて疑わないような態度だったが。
「馬鹿なコト言ったのは、この口かい?」
「い、痛っってええええ! み、耳が千切れちまうう!」
アタシはそんなサバランの耳を摘んで、真上へと持ち上げた。
どうせ信じるなら、諍いを起こして勝利より、何も問題を起こさなかった事を信じて欲しかった。
サバランの発言は下げた評価を回復するどころの話ではなく、寧ろ逆効果。そこへ得意げな顔をされたのだから、苛立ちが湧くのは当然。
顔を傾け、背伸びをして。引っ張られる耳への痛みを少しでも緩和しようとするサバランだったが。
それでもアタシは耳から手を離そうとはしなかった。サバランの耳を千切るつもりはないが、溜飲を下げるにはもう少し痛がっても良いと思ったからだ。
だが、そんなアタシに横槍が入る。
「そのくらいで許してやれよ、アズリア」
それは先頭を歩いていたランディの声。
街道を歩き始めながらも、まだ合流の時の出来事で揉めていたアタシらの仲裁をしてくれたのだ。
アタシとしては、もう少しサバランに仕置きを続けたかったが。
折角のランディの仲裁を無碍にする選択はなかった。何しろ、先程は完璧にアタシの行動や心理までもを読み切ったのだ。
あの時、本当に嬉しかったのだ。
これまでの一六年間、誰も自分を理解しようとする対象など現れなかった過去を持つアタシは、特に。
「まあ……アンタが言うなら」
そう言ってアタシは、摘んで引っ張っていたサバランの耳から手を離した。
真上へと持ち上げる強い力が急に無くなった事で、身体の均衡が不安定になったサバランは。その場で地面に尻を着き、転倒してしまった。
「……痛ててて。た、助かったあ……」
地面に打ち付けた腰よりも、つい先程までアタシが摘んでいた耳を両手で撫でていたサバランだったが。
すぐに何事もなかったかのように立ち上がり、移動を再開する。
すると、同じく歩き始めたアタシの隣へと並んできたのは。
脚を負傷した、と誤解をされていたガリエラ。
「──な、なあアズリア」
まさに誤解を払拭するような、しっかりとした足取りでアタシの横を歩いている。
それもその筈。
まさに金属鎧の重量で脚に必要以上の負担を強いるのを避ける目的で、ここまでガリエラを背負ったのだから。
そのガリエラが、隣に並ぶアタシへと質問を投げ掛けてくる。
「お前たちは、いつもこんな雰囲気なのか?」
「え? あ……そうだ、ね」
その直後、馬上のマデリアを除くアタシら四人が、互いに誰かへと目線を動かした。
養成所に入って半年、岩人族の街に行った時等のごく一部の例外を除けば。アタシら四人は如何なる場所でも、行動を一緒にしていた。
だから自ずと、四人の普段の役割分担も最早、固定されていたと言ってもよい。
軽口を叩き、雰囲気を作るサバラン。
無口ではあるがサバランの抑え役のイーディス。
そして四人の先導的立ち位置のランディ。
まさに今、ガリエラの目の前で繰り広げられていたような出来事が。これまでの半年の間にも何度も行われてきたのだから。
──と。つい回想に浸り、ガリエラへの返答を忘れていたアタシだったが。
「そうか。良い仲間に恵まれたな、アズリアは」
アタシの顔を横から覗いたガリエラは、表情を勝手に読み取って結論を出す。
先程の誤解と同様に、勝手に人の感情を汲み取るなど。怒ってもよい筈だったが。
ガリエラの回答は、まさにアタシの結論と同じ大正解だったので。今回は見逃す事にした。
というより、思っている以上にアタシは。
思った事や感情が顔に出やすいのだろうか。
感情を隠せていなかった可能性に気付き、不安に思うと同時に恥ずかしさも込み上げてくる。
「にしても、先程は私も驚いた。何の説明もない内から、私とアズリアに何が起きたのかをピタリと的中してみせた事に」
確かに、ランディが詳細な部分まで予想が的中した事には、嬉しいより先に。
驚きの感情が勝ってしまった。
この半年の間で、アタシはどれだけランディという人物に心と身体を許してしまったのだろう、という。
小鬼との戦闘に、二度のガリエラとの攻防。さらに重量のあるガリエラを背負って駆けた事で──喉が渇く。
丁度、照れ隠しという意味もあり。腰から下げていた水入りの革袋に口をつけた、その時。
「失礼な話かもしれないが。二人は、その……そういう仲だったりするのか?」
「──ぶ、ッ!」
ガリエラの唐突な質問に、アタシは思わず口に含んだばかりの温い水を全部残らず噴き出してしまった。




