17話 ヴェルゴ砦、惨劇の開始
二人の騎士、オレントとロージャは馬に跨がりながら互いに顔を見合わせ。一度、確認をしたかのように頷くと。
馬の腹を蹴り、砦に接近する魔物らの第二陣へと突撃を開始した。
「狙いは分かってるなロージャ!」
「ああ、まずは魔術師からだろうっ?」
そう、砦にいる兵士が対象にしていたのは、あくまで小規模に発生する小鬼などの魔物だったからか。攻撃魔法に対抗する手段──魔術師を常駐などしていなかった。
先に出撃した二つの部隊は、いずれも剣や槍、或いは戦杖等の白兵武器しか装備しておらず。遠距離攻撃と言えるのは後方に展開した「勇壮なる槍」隊の一〇名ほどが、弓矢を所持していた程度でしかない。
部隊の事情を理解していた二人の騎士は、先程も魔法を扱う小鬼を最優先の攻撃対象に定め、突撃したのだ。
今度もまた、第二陣の中ほどの位置に紛れた小鬼魔術師を見つけ。二人の騎士は剣と槍を構え、魔法の詠唱を止めようと試みる。
だが──二騎の前に躍り出る巨大な影。
「な、何だコイツはっ⁉︎」
その正体は、騎士二人分程の背丈の巨体を持つ食人鬼であるように見えた。
突然、視界を遮った人影に困惑した二人ではあったが。即座に頭を切り替え。
「だが、立ち塞がるなら斬って捨てるまで!」
眼前に立ち塞がった食人鬼に対し、オレントとロージャはほぼ同時に、槍による刺突と剣による斬撃を浴びせた。
槍は胸へと突き刺さり、斬撃はその胸板を深く斬り裂いた。人間ならば確実に致命傷だし、より大きく強靭な肉体の食人鬼でも無事では済まない傷。
……の筈、だったが。
その食人鬼は、傷を負ったにもかかわらず、倒れるどころか怯みも動じもせず。
二騎の進路へ変わらず立ち塞がり、しかも両手を広げたかと思うと。
次の瞬間。
「ば、馬鹿なっ、馬を、腕一本で止めただとっ?」
横を通り抜けようとした二頭の馬の首に、伸ばした腕を回し。勢いよく駆けていた馬の脚を、その怪力で止めてしまう食人鬼。
速度を付けて駆けていた首を掴まれたのだ。馬が無事な筈もなく、首の骨が砕ける音とともに馬は血の泡を口から吹き、その場に崩れ落ちる。
確かに食人鬼は、鎧を纏わぬ人間であれば素手で身体を引き裂く事が出来る程度の怪力だとは知っていた二人の騎士だったが。
まさか馬の突進を止められるなどとは微塵も思ってはおらず、不測の事態に身体が上手く動かない。
「う、う……お、っっっっ⁉︎」
馬の転倒に巻き込まれ、握っていた武器と手綱を手放して地面に投げ出された二人は。どうにか倒れる馬の下敷きにならないよう、地面を転がるのが精一杯であった。
当然、馬二頭の突撃を止めた食人鬼は。その攻撃対象を地面に転がる二人の騎士へと変更し、怪力を誇る腕を振りかぶる。
まさに死を覚悟した瞬間、二人の騎士が見たのは。
「さ、先程の傷が、も、もう塞がっている……だと?」
「こ、コイツ……もしかして、食人鬼ではなく岩巨人っ──」
自分らが転倒の直前に与えた筈の、刺突と斬撃の傷痕が完全に消えていたのだという事実。
小鬼や豚鬼ら下位魔族と分類される中で、一番の上位に位置し。最も厄介な相手とされるのが岩巨人であった。
食人鬼には劣るものの巨体に怪力、さらには名前の由来でもある硬い岩の肌を持つ岩巨人だが。最も凶悪な能力と問われれば、誰もが一番に挙げるのは──傷を負っても勝手に塞がる再生能力だろう。
「……ああ」
その再生能力を目撃してしまった二人は。
完全に戦意を喪失した状態で、振り下ろされた拳に頭を叩き潰されてしまう。
先鋒の二騎が倒れたのは、ただ二人の騎士を失ったというだけの結果ではなく。
複数の小鬼魔術師の攻撃魔法を制する手段を失った事を意味した。
再生能力を持った食人鬼が二人の頭を叩き潰したのと同時に。背後にいた五体の小鬼魔術師が詠唱を終わらせ、その手に巨大な火の玉を浮かべる。
『ギ、ギャギャギャ!』
先程は、砦を守る兵士に向けられる直前に騎士二人の攻撃が届き。友軍へ魔法が放たれるのはどうにか阻止出来たが。
もう魔法を止める味方はいない。
左右に展開した「疾風の狼」隊と「赤い軍旗」隊、そして砦付近に待機していた「勇壮なる槍」隊に対して。
今、五発の巨大な火の玉──「爆裂火球」が放たれた。
「か、各自、魔法の効果範囲から、逃げろっ!」
部隊を指揮していた隊長や、砦の総指揮を任されていたレームブルク伯爵も慌てて部下らに散開するよう指示を出す。
例え魔法を扱えなくても、それなりの知識と経験がある隊長らや伯爵は。今、小鬼魔術師が用いた攻撃魔法が、限られた範囲内に爆発を発生させるという事を見抜いたからだが。
──直後。
左右に一発ずつ、砦側には三発の爆発が巻き起こり。
同時に爆炎が直撃した者、避け切れずに爆風と炎を浴びた者の絶叫と悲鳴が戦場のあちこちから木霊した。
「ぎゃあああああああ!」
「が、はぁぁぁっっ⁉︎」
爆風に吹き飛ばされた者、地面に着弾した途端に巻き起こる火炎に飲まれた者。
放たれた五発の「爆裂火球」は戦場にいた兵士を次々と戦闘不能へと追い込んでいった。
特に、三発もの火球が放たれた砦手前の被害は甚大であった。砦に残っていた全戦力が今まさに出撃する直前だったのもあり。
回避を指示した「勇壮なる槍」隊長のギャロンが火球の直撃を喰らい、猛火に包まれながら地面に転げ回っていた。
「ぐ、わあぁぁあ! あ熱い熱いぃぃイイイイ‼︎」
「……た、隊長おっ⁉︎」
「い、急げっ、ひ、火を消せえっ!」
部下らも慌てて、手持ちの水袋から地面で転がる隊長のギャロンに水を浴びせ、どうにか燃え移った火を消そうと試みるも。
僅かばかりの飲み水ではどうする事も出来ず、火が消えた頃にはギャロンの身体のあちこちは既に焼け焦げてしまい。かろうじて息はあるものの、立ち上がり戦闘に復帰は困難な状態だ。
今の攻撃魔法で、隊長のギャロン含め二〇から三〇名程。そして、後方の騎士二名が戦闘不能に追い込まれる事態に。
被害は甚大だが、それでも事前に隊長らが飛ばしていた回避と散開の指示は活きたと言える。もし指示がなかったなら、広範囲を覆った火球の爆発と猛火による被害は、さらに拡大していただろうから。
だが、第二陣の脅威は魔法で終わりではなく。
寧ろここからが本番だった、何故なら。
『ギャッギャッギャ!』
迫る第二陣の最前線に並び、両手に握っていた短剣を打ち鳴らし。舌舐めずりをしていた小鬼の変異種──血帽子。
仲間が火球に焼かれ、吹き飛ばされ離脱した事に多少の動揺をするも。戦線を維持するためにどうにか魔物らを迎撃しようと待ち構えていた兵士らが。
視線の先に確かに捉えていた筈の複数の血帽子の姿を、突如として見失う事態に。
「な? き、消えたっ──」
あり得ない、と驚きの声を思わず口に出してしまった兵士らだったが。その言葉を終えるよりも前に。
鎧で守られていない首元に、冷たい何かが当てられた感触──そして。
首に走る鋭い痛みと同時に、生温かい液体が激しく首から噴き出していく。
「が……は、あっ⁉︎」
そして、聞き覚えのあった不快な笑い声。
『──ギャッギャッギャ!』
それが、いつの間にか兵士の背後に回り込んでいた血帽子だと認識出来たのは。
手に持っていた短剣で首を斬り裂かれ、致命傷を負った直後だった。
「……こ、この……あ、れ?」
せめて背後にいた血帽子に一撃を喰らわせてやろうと、握っていた剣に力を込めようとするが。
首から血を噴き出し、全身からは力が抜け落ちていき。遂に立っている事すら出来ず、地面へと倒れ込み。
自分の首から流れ出る大量の血で溺れ、意識が遠のいていった。




