15話 ヴェルゴ砦、北狄を迎撃する
帝国の最北端、帝国領と外側を分断するヴェルゴの北壁。
その唯一の通行口である城砦には、常に一〇〇名以上の兵士で構成された「勇壮なる槍」隊・「赤い軍旗」隊・「疾風の狼」隊の三部隊。
そして一〇名の騎士に加え、指揮を任されていたレームブルク伯爵は。
石壁を破壊しようとしたり、砦を突破しようと城壁に近付く北狄の魔物らを日々、討伐するのが任務となっていたが。
兵士がヘクサムに到着する三日前。
その異変は、何の予兆もなく起きる。
「た、隊長っっ? た、大変ですっ!」
見張りを担当していた「赤い軍旗」隊の兵士が、慌てた様子で異変を発見、報告を始める。
だが、長大な北壁では一日に何度も魔物が接近してくるため、魔物を発見する事はそう珍しくもない。
報告を受けた隊長のアグナスは、あまりに慌てた見張り役の兵士を軽く諌めるも。
「おい、何を慌ててるんだ? いつもの事だろうが」
「い、いえ、そ、それがっ──」
隊長の言葉を聞いてなお、兵士は落ち着こうともせずに砦の外を指差していく。
さすがに何を見たかが気になった隊長も、砦の外側へと視線を飛ばすと。
「な、何だ? あの数は⁉︎」
隊長のアグナスが見たものは、明らかに砦を目指している小鬼らの大群だったからだ。ザッと見た限りでも、小鬼の数は砦に常駐する兵士と同数かそれ以上。
確かに砦の兵士らは日々、石壁に近付く魔物らを討伐していたが。一度に遭遇する数は大概は数体、多くて一〇体程度。
それがまさか……こちらと同数、現れるとは。
兵士や隊長のアグナスも想定外の出来事だったが、先に魔物の大群を目撃していた見張り役のほうが一早く我に返った。
「ど、どうしますか……隊長っ?」
「ど、どうする……とは」
「野戦に打って出るか。それとも、砦に籠って防戦するか、です」
一見するだけでも相手は多数だ、となれば。普段のように砦を出て戦う事を選択した場合、こちらも多数の兵士を出撃させる必要がある。
確認出来ているのは小鬼のみ、訓練された兵士であれば一人で二、三体は相手に出来たとしても。戦闘が大規模になるのが予想される。
一方で、こちらから出撃をせずに城砦で迎撃する選択もある。相手が大群であれば、下手に野戦に持ち込むより兵士の損耗は抑えられるだろう。
「ぐ、っ……む、むむむぅっ……ま、まずは伯爵様に対応を確認して──」
隊長、とはいえ所詮は兵士であり。砦には格上の騎士や伯爵までもが常駐していたためか。
兵士に対応を問われた隊長のアグナスは、この場で明確な指示を出す事を躊躇し。
城砦内にいるレームブルク伯爵へ、魔物の大群が現れた報告とその対応を相談に向かおうと外から目線を切った──その直後だった。
響いたのは、爆発音。
「う、わあっっ⁉︎」
「な、何だ? 何が起きたっ‼︎」
まだ魔物の群れは砦に到達していない、にもかかわらず予想だにしない異変に動揺したせいか。今の爆発で横にいた兵士は転倒してしまう。
アグナスは何が起きたのかを把握しようと今一度、魔物の群れへと視線を向ける。
すると小鬼の大群から。今まさに放たれようとしていた巨大な火の玉を見て隊長は驚き、衝撃を受けた。
「ご、小鬼が、魔法だと?」
巨大な火の玉は、紛れもなく攻撃魔法。
だが隊長の知る限りでは、魔法を使える小鬼など存在していなかったからだ。
隊長が唖然とし、自分の認識を改めさせられている間にも。準備が完了した攻撃魔法は、城砦に向け放たれた。
続けて爆発音が周囲に響き、城砦が僅かに揺れる。
「隊長! 隊長おっ⁉︎」
「……は、っ?」
周囲からの呼び掛けで、我に返ると。いつの間にか隊長の元には、石壁の監視に当たっていた部下らが集まっていた。
部下の兵士らは全員が、呼び掛けで我に返った隊長に向かって城砦から出撃するべきだと主張する。
「このまま砦に篭っていても魔物の魔法で北壁が壊れてしまいます!」
「相手は小鬼です! ここはまず我々の部隊だけでも出撃しましょう!」
「う……うむ、っ」
当初こそ、城砦の指揮役であるレームブルク伯爵に野戦か籠城かの判断を仰ごうとした隊長だったが。
周囲の隊員らの士気の高さに困惑しながらも、確かに魔物の群れの中に攻撃魔法を使える小鬼がいる時点で。砦に籠城をする作戦は、あまりに得策ではないと思い。
周囲の勢いに押されるかたちで、出撃の許可を出してしまう。
アグナスの指揮下にある「赤い軍旗」隊は全部で三〇名。
魔法を使うとはいえ、相手が小鬼ならば。野戦に持ち込んでも互角以上の戦況が期待出来るだろう。
「後は、戦況を見ながら騎士や他の部隊の助力を得よう」
と、まだ状況を楽観視していた隊長だったが。
その考えはすぐに覆させられる事となる。
◇
「いくら頭数を揃えたとはいえ所詮は小鬼。全部、剣の錆にしてくれる」
「「はははっ! 違いない!」」
戦意高く、剣や槍を構えて城砦の門を開き。巨大な火の玉を撃ち出す攻撃魔法の目標とならぬよう、左右へと散開し。砦へと迫る小鬼の大群へ攻撃を開始する。
小鬼も棍棒や粗末な槍を構え、攻撃を仕掛けてきた兵士らと交戦するも。
『──ギャギャギャアアアアア‼︎』
「小鬼ごときが相手になるかあっ!」
帝国の兵士は、全員が養成所で戦闘訓練を受けているため。子供程度の体格しかなく、かつ装備に明確な優劣がある時点で、小鬼らを圧倒していき。
しかも城砦の周囲は、敵が身を隠す場所など全くない平原が広がるのみ。
唯一、小鬼と戦う時に懸念材料となる、奇襲や罠などの卑劣な手段も。野戦ならば気に留める必要すらない。
まさに序盤は、隊長が想定していた通りの展開に進んでいた。
魔法を避けようと、砦を出撃してから左右に部隊を分け、小鬼らに攻撃を仕掛けた事が功を奏し。
火の玉を砦に放った攻撃魔法を使う小鬼も、左右どちらを狙うかを迷っていたらしく。魔法の詠唱に集中が出来ず。
しかも、小鬼らの集団も左右の両端ばかりに偏らせてしまい。最後尾に位置する、魔法を扱う小鬼までの距離が薄くなっていた。
部隊を指揮していた隊長は、小鬼らの見せた隙を見逃がさなかった。
「退け退けえええっっ!」
「目指すは魔法使いの小鬼だっっ!」
隊員らが出撃を決めた合間にも、隊長は常駐していた騎士にも作戦を説明し。
隊長の案に賛同した騎士二名が、攻撃に参加するために再び城砦の門を開け。馬に騎乗した状態で戦場へと駆け出すと。
それぞれが剣と槍を握り、薄くなった小鬼らの群れの中央に突撃を敢行した。
しかも。
「我々も突撃を開始する! 続けええっっ‼︎」
騎士に続いて城門から出撃するのは、さらに別の部隊である「疾風の狼」隊の三〇数名の兵士ら。
隊長であるコルネットの号令で、部隊を三つに分割し。それぞれが左右と騎士が突撃した中央から進軍していく。
『ギッ……ギイィィッ!』
ようやく的を絞り、魔法の詠唱を終え。再び巨大な火の玉を目の前に発生させる小鬼だったが。
火の玉が小鬼の手を離れるよりも一息早く、跨がる馬に乗った二騎が前方の人壁──いや小鬼の壁を蹴散らしていき。
──そして。




