14話 アズリア、国境で起きた異変
「お、おい……その鎧はっ?」
それに、地面に倒れていた兵士が着ていた鎧の違和感に、目の前の所員らだけでなく。遠くから様子を隠れて見ていたアタシらも気付く。
衛兵が自分の身を守るために胴体に装着する鎧には、一体どの街に所属しているのかが分かるように細工が成されている。
例えば、鎧の一部分の形状を変えたり。胸や肩辺りに街を治める領主が貴族なら家紋を入れる等。と……いうのをアタシは養成所で学んだのだが。
「なあ……アタシの勘違いじゃないなら。あの鎧、ヘクサムの鎧とは少し違わねえか?」
「勘違いじゃないぞアズリア。ありゃ、この街の鎧じゃない」
アタシが見る限り。血塗れで倒れたままの兵士が身に付けていた鎧は、普段から見慣れたヘクサムの鎧でもなければ。
数少ないアタシの知識にある、故郷や岩人族らが暮らすモードレイの街とも違っていたからだ。
「……だよなあ」
だとすれば、あの兵士は一体どの街の所属で。しかも何故に地面に倒れ、立ち上がれない程に衰弱しながらヘクサムに来たのだろうか。
このような夜更けに。
しかも街には、外から不埒な者の侵入を防ぐために養成所よりも頑強で高い木製の柵が街の周囲に張り巡らされ。数箇所ある街の入り口には、夜の間は見張り役の門番は置かない代わりに鉄製の扉が置かれ、しっかりと閉ざされていたのに。
「おい、お前っ! ちょっとそこの門を見てこいっ!」
「……え? えっ、お、俺ですか?」
どうやら所長も、アタシと同じ疑問に辿り着いたのか。
声を荒げて一番近くにいた所員の肩を掴むと、養成所から最も近い位置にある──半年前にアタシが初めて潜った門を指差して。
扉がどうなっているのか、状態の確認を命じていた。
「そうだ! いいからとっとと確認して報告しろっ!」
「は、はいぃっっ!」
急かすように背中を叩く所長の圧に、慌てた様子で返事を裏返しながら。街中へと飛び出していった所員。
次に所長が行ったのは、まだ起き上がる事が出来ない兵士への対応だった。
「お前は奥でまだ寝てる治癒術師を呼んでこい! ここに! 今すぐだ!」
「りょ、了解ですっ!」
ただの疲労や衰弱であるなら、治癒術師が出来る事は少ない。治癒魔法では傷を塞げても、体力を回復する事は出来ないからだ。
兵士の状態を詳しく確認してもいない、にもかかわらず。所長は何の躊躇なく、治癒術師が必要であると。
つまり──兵士が血に塗れているのは返り血ではなく、負傷していると判断したのだ。
推測が的中しているなら、相当な傷を負っているだろう兵士に向かって所長は。
「お前、その鎧……ヴェルゴで何が起きたんだ?」
着ていた鎧から、この場にいる他の誰もが見抜く事が出来なかった兵士の所属を言い当てたのだ。
だが、所長の言葉の直後。
集まっていた所員らの表情が明らかに動揺に染まる。
「う、ヴェルゴ、だって⁉︎」
「お、おい、嘘だろ……だって、あそこは」
半年前、故郷しか知らなかった以前のアタシならば。所員らが動揺したその理由を、全然気付けなかっただろうが。
ナーシェンの一件以来、何度か交流を持つ事になったモードレイの岩人族らから。アタシは色々な知識を学ばせて貰い。その中には、ヘクサムやモードレイ周辺の地理や情勢もあった。
だからこそ。
「な、なあランディ……ヴェルゴっていや、確か北の魔物の侵入を防いでる……」
「ああ、間違いない」
今、所長が口にし、所員らに一瞬で緊張が走った「ヴェルゴ」が何を指すのかをアタシは理解していた。
ヴェルゴの北壁。
アタシらが暮らす、帝国という国の外には。小鬼ら魔物が多数集い、「北狄」と呼ぶ国のような集団を作り上げていると聞いた。
帝国はアタシが生まれるよりも前に。外敵である魔物から民を守るため、北の国境に沿って堅固な石壁と砦を設置し、兵を配置したのがヴェルゴだ。
ふと横を見ると、確認のために話題を振ったランディが。アタシに驚きの視線を向けているのに気付く。
「だけど、よく知ってたな」
「あ──い、いや、ちょっと事情があってさ、偶然覚えてたんだよッ」
それでも、ヴェルゴという単語に即座に反応が出来た理由は。アタシが今口にしたように、ある事情があったからだ。
まだ北から襲来する魔物を防ぐ手段がなかった当時、帝国が迅速に国境沿いに石壁を建造出来たのは。
岩人族らの尽力と建築技術があってこそだと、モードレイで何度も聞かされていたからなのだった。
それこそ、今この場で思い出されてしまう程に。
だがアタシは、本当の事情を説明する事なくどうにかランディとの会話をやり過ごすのに成功する。
「ふぅ……危ない危ないッ。思わず正直に『岩人族に聞いたよ』って言いそうになったよ……」
というのも。ランディやサバランは何故か、アタシと岩人族らが接触する事を異常なまでに警戒を示すのだ。
思えば、ナーシェンの一件で所長と一緒に救援に来てくれた衛兵長のガンドラや岩人族らに対し。あの時から既にその傾向を見せてはいたが。
果ては、アタシが半年の間に何回か「モードレイに行く」と報告する度に。強く引き留められる始末だったり。
最初はアタシを女として見てくれている、故の嫉妬なのかと考えもしたが。他の訓練生や所員らと会話をしても、同じような反応を見せた事は一度もない。
だからアタシは今回、ヴェルゴの事を把握していたその経緯を口にするのをどうにか押し留めたのだ。
ランディやサバランに、不要な疑惑を抱かれないために。
会話を切り上げたアタシらも、建物の物陰から注視する中。
負傷の影響なのか、立ち上がれない程に衰弱した兵士が。どうにか上半身を起こし、弱々しい声で所長の質問に答える。
「と……突然、小鬼らの大群が……砦に、直接攻め込んで来た……っ!」
「──な、何だとっ⁉︎」
兵士の証言に、驚きを隠す事なく大声を発した所長だったが。
対照的に、周囲にいた所員らは困惑の表情を浮かべ。寧ろ驚く所長へと半信半疑の視線を向けていたが。
さすがに今の所長に、自分らでは理解が及ばないから事情を説明して欲しい、と頼む程の度胸を。所員らは持ち合わせてはいなかったようだ。
「あ、あのさランディ……」
そして、物陰にいるアタシも。
まさに所員らと同じ気持ちだった。
「そりゃ砦があって、魔物が北にいるんだ。攻め込んでくるのは当たり前……じゃないのかい?」
アタシが幸運だったのは、横にいたのが所長ではなくランディだった事だ。
所員らと同様に、ヴェルゴの北壁で何が起きたのか……全く理解が出来ていなかったアタシは。素直に横に並ぶランディへと疑問を口にし、説明を求める事が出来た。
しかし、ランディが話し始めるよりも先に。
「それで、北壁はどうなった! も、勿論、魔物は撃退したんだよな、な!」
所長が血相を変えて、負傷した兵士へと詳細を聞き出そうとした──すると。
「……砦は……壊滅した」
兵士が発したのは、衝撃的な一言だった。




