13話 アズリア、不審なモノの正体
そんなイーディスを呆然と、アタシ同様の反応を見せていたランディ。
言葉に出さなかったが、もしかしたら今回のイーディスの態度は。アタシより前から養成所にいたランディらも、実は初めて見るのではないか……とすら思ってしまう。
「早くしろ三人とも」
すると、離れた場所から声が掛かる。
見れば、イーディスはいつの間にか相当な距離、アタシらから先を歩いていた。
「もたもたしてると機を逃がす」
「わ、わかったよッ」
加えてアタシは考え事をしていた間、その場に立ち止まったままだったようで。後を追ってこないアタシらに痺れを切らし、急かすような言葉を投げたのだろう。
所長らの後を追う、というイーディスの提案には一抹の不安を感じたものの。アタシとて不審な音が何なのか、という好奇心が皆無という事ではない。
アタシを含む三人もまた、先を歩くイーディスに同行し、養成所の入り口を目指す事とした。
「にしても、イーディス。何でわざわざ訓練場に戻ってきたんだ?」
一人、先行していたイーディスと合流した途端に、ランディがとある疑問を口にする。
それは、先程までアタシらのいた場所から養成所の入り口まで、イーディスが選んだ進路についてだった。
「そうだぜ、建物と宿舎を突っ切れば早いだろ。どう考えても、こっちは遠回りじゃ」
今アタシらがいた場所、所長の部屋の真下から目的地である入り口は、真逆の位置にある。ならばサバランの言うように建物を壁伝いに真っ直ぐ走り抜けるのが最短の距離だと思うのだが。
イーディスが選んだのは、アタシが剣を振るい鍛錬していた訓練場にまで戻り。養成所を取り囲む木製の柵を伝って、入り口へと向かう経路だったのだ。
当然、建物を突っ切るよりも遥かに遠回りとなる選択をした事に。ランディやサバランから疑問の声が出たわけだが。
「忘れたわけじゃないだろうが、さっきの所長の命令で多分、所員のほぼ全員が目を覚ましただろう」
確かに今、建物の外まで響いた所長の号令で所員全員が夜中に叩き起こされ。建物の中では、一〇名程度の所員らが準備の真っ最中だろう。
そんな時にもし、建物の外で足音を立ててしまったら。
「建物に近いと、少しの足音で気付かれてしまう可能性もある。何しろ、建物にいる人数が多いからな」
普段の巡回ならば一人、二人の耳を誤魔化せばよいが。
全員が起きていたとすれば、一〇人分の耳を誤魔化さなくてはならない。
しかも今は夜、となれば。服装や装備を整えるためにあちこちの部屋で照明が灯され、窓から漏れた光が建物の外も照らし出すだろう。
隠れて移動するにはあまりにも状況が悪すぎる、というのはアタシにも納得が出来た。
「それに、こちらには力加減が苦手なのもいるしな」
二人の疑問に対するイーディスの回答と同時に、アタシを除く三人の視線がこちらに集中する。
一瞬、アタシは三人の視線の意味を理解出来なかったが。少し遅れてようやく「力加減が出来ない」という対象が自分である、という三人の意図を知り。
「あ、アタシかよッ⁉︎」
「……いや、お前以外に誰がいるんだよ」
イーディスに指摘されるまでもなく、アタシは気配を消したり足音を出さない、といった隠密行動が不得手だった。
養成所での、音を出さずに行動する訓練ではアタシは、珍しく下から数えたほうが早い成績だったりする。
アタシは三人の視線を振り払うかのように、口にする必要のないイーディスへの同意を慌てて言葉にする。
「と、とにかくッ! で……訓練場なら見つからずに移動出来るってワケかい」
「ああ。逆に準備に急かされて、離れた訓練場に注意なんて向けられないだろうからな」
確かに、所長の命令で外への巡回の準備に急ぐ連中は、建物の周囲での物音には反応が出来ても。広い訓練場を隔てた位置のアタシらが、多少足音を立てた程度では反応が出来ないという事か。
「なるほど、ねえ」
さすがはアタシとは真逆に、常に隠密行動の訓練ではランディより優れた成績を出すイーディス──その先導で。
訓練場を柵に沿ってぐるりと迂回し、危惧していた所員からの目をイーディスの想定の通りに逃がれると。
所長らが出発の準備が整うよりも前に、アタシらは無事に入り口に辿り着く事が出来た。
どうやら所員らの準備が予想以上に手間取っているようで。
所長は腕を組みながら、苛立ちを隠す事もせずに爪先で地面を何度も鳴らしながら。
「……遅いっ! まだ全員揃わねえのかっ‼︎」
「か、勘弁して下さいよ……そりゃ、突然叩き起こされて街の見回りとか……戦場ならともかく、半年は何もなかったじゃないですか」
所長と所員の会話が聞こえてきたアタシらは、あまりにも覚えのある内容に。
「な……なあ、半年前ッて」
「ああ、多分……いや間違いなく俺たちの事だと思うぞ」
ちなみに半年、というのはおそらくはナーシェンとの一件なのだろう。
イーディスが火に特殊な染料に浸した薪木を焚べ、救援の狼煙が昇ったのを養成所からも目視が出来た事で。一時は大騒ぎになったらしい、と後で聞いた話だ。
「どうやら、到着するのが少し早過ぎたみたいだったな」
見れば、装備を整えた所員はまだ二、三名ほどしか入り口に姿を見せておらず。
入り口と街とを隔てる鉄製の門を開いて、外へと出発するにはまだ相当の時間を要するだろう、というイーディスの発言に。
身を隠すために潜んでいた物陰で、アタシが一瞬気を緩めた。
──まさに、その時だった。
閉ざしていた鉄の門を、外側から何者かが叩く音が鳴ったのだ。
「……む⁉︎」
最初に反応を見せたのは、腕を組んでいた所長。
予想だにしなかった事態に、既に装備を整えこの場に集まっていた所員らが。恐怖と動揺からか、腰に挿した剣を鞘から抜こうとするのを。
「いや、待て」
所長は組んでいた腕を一本、横へと伸ばして所員らが剣を抜くのを制していた。
アタシにも所員らが動揺し、剣を抜こうとした心情は痛い程に理解が出来た。
何故なら一番油断していた矢先に、想定外の物音に驚き。
「う、お……ッ⁉︎」
まさに心の隙を突かれたアタシは、思わず背後に倒れ、地面に尻を着いてしまっていたからだ。
「大丈夫か、アズリアっ?」
「あ、ああッ。ちょっと、驚いちまっただけだよ……」
倒れたアタシに、油断をしなかったからか物音に動じなかったランディが手を伸ばし。尻を着いて地面に座り込んだアタシを立ち上がらせてくれる。
さて。
所員らの動揺を制した所長はその後、入り口と外を仕切る鉄製の門へと、何の躊躇もせずに歩み寄り。
何と、門を開こうとしていたのだ。
「ま、待って下さい所長っ! 敵か味方か分からないのに、門を開けては危険では?」
さすがに所長の行動の意図が理解出来ず、門を開けるのを止めようとする先程話していた所員。
一瞬だけ、声を上げた所員を見た所長だったが。何の理由の説明をするわけでもなく、一瞥した後。
所員の意見を完全に無視して、門を開けてしまったのだ。
開いた門の向こう側を見たアタシは、驚きのあまり近くにいた三人に確認を取るように声に出す。
「あ……アレは……へ、兵士ッ、だよな?」
アタシが口にした通り。門が開き、所長や所員ら、そしてアタシら四人が見たのは。
地面に倒れていた一人の兵士だったのだから。
「あ、ああ……でも。様子が、おかしい……」
見れば兵士は、着ていた鎧兜のあちこちが大きく破損し、傷を負っているのか返り血か全身が血に塗れており。
激しく衰弱しているためか、未だ立ち上がる事なく、弱々しく地面を這って前に進もうとしていた。




