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12話 アズリア、イーディスの興味

 乾いた木を叩いた時に鳴る音が、大き過ぎもせず、無視される程小さくもなく絶妙な音量で響く。


 これで目を醒さないのであれば、もう一投して音を鳴らすしかない。

 アタシを含めた四人が再び石を握り、所長の部屋の窓目掛けて小石を投じようと構えた──その時。


 窓が開いた。


「……ん? 何だぁ、確かに」


 当然ながら、木の戸を持ち上げて窓の戸を開けて姿を見せたのは、暗闇の中でも見間違う事はない。

 禿げた頭に大きな傷痕が特徴的な、所長のジルガだった。


 木の戸の異変で起きたからだろう、窓の外を覗き込んだ所長(ジルガ)は。

 建物の真下で石を投げる準備をしていたアタシら四人をすぐに発見する。


「お、お前らあ⁉︎ 今は夜だぞっ──ん、な、何だ?」


 ここまでは想定した通り、所長(ジルガ)に見つかったアタシら四人は。無言のまま柵を指差し、どうにか身振りだけで養成所の外の異変を伝えようとする。

 言葉で説明したほうが簡単なのは理解しているが、二階にいる所長(ジルガ)に聞こえる程の声量を出せば。

 他の所員に見つかってしまう可能性が大きかったからだ。


 こんな夜更けに突然起こされて、しかも謎の身振りを見せられているのだ。最初は明らかに苛立ちを見せていた所長(ジルガ)だったが。

 

「何だあいつら、必死に柵を指差して──」


 突如、言葉を止めた途端にある一点を凝視(ぎょうし)し、表情を険しく変化させる。

 所長(ジルガ)が見ている先は、柵を越えたヘクサムの街だ。

 おそらくはアタシらの身振りの意図を汲み取り、柵の外の音の異変を察知したのだろう。

 

「まさか、お前ら……それを知らせようと、俺を起こしたって理由(わけ)か」


 窓から掛けてきた所長(ジルガ)の言葉に、アタシら四人は揃って(うなず)き続けた。


 養成所の外、ヘクサムの街中で起きている異変を知らせるのは勿論(もちろん)だが。それで養成所の規律を破ったと吊し上げられるのは、何としても避けたい。

 だから報告する相手に所長(ジルガ)を選び、このような方法に出たわけだが……果たして。


 しかし、次の瞬間。

 

「あッ」


 アタシらに何も告げず、窓を閉めて部屋へと引っ込んでしまった所長(ジルガ)


「な、なあアズリアっ……俺たち、許されたんかな?」

「さて、どうだろうねえ……」


 夜に部屋を出ていたのを、この場で言及されなかった事に安堵(あんど)する一方で。見逃がしてもらえる言質(げんち)が取れなかった事にアタシは、いらアタシらは一抹の不安を覚え。

 目的を達成したのに部屋に帰るのを躊躇(ためら)い、この場に留まってしまっていた。


 すると直後、建物の中から所長(ジルガ)の大声がここまで響き渡る。


「起きろお前らあ! 緊急事態だ! 装備を整えて今すぐに施設の入り口に集合だぞ、急げえっ!」


 声の対象になっているのは就寝していた所員なのは間違いない。養成所の所員らは、ヘクサムの衛兵を兼用しているからだが。


「──ッ⁉︎」


 所長(ジルガ)の声が聞こえた途端、アタシも思わず手に握っていた石を手放し、姿勢を正してしまった。

 養成所に入って半年、一番厳しい内容だったのが所長(ジルガ)が担当する訓練だったからか。身体に染み付いてしまったらしい。


 見ればアタシだけでなく、ランディやサバランもまた同様に姿勢を正していたからだ。

 唯一、何故か所長(ジルガ)の声の影響を受けていなかったイーディスが。呆れ顔を浮かべながら、アタシら三人に問い掛けてくる。


「……で、だ。これからどうする?」

「ど、どうする、ッ……て。どういう意味だよ、イーディス」

「どうも何も、言葉そのままの意味だ」


 不審な存在を報告する、という元来の目的はどうにか果たせたアタシらは。後は部屋に戻る以外の選択肢はなかった筈なのだが。

 何故かイーディスは、部屋に帰る以外の選択肢をアタシに提案してきたのだ。


「あの不審な金属音に(うめ)き声。その正体が気になってない、と言えば……正直、嘘になる」

 

 半年もの間、養成所にいたアタシは。ヘクサムの街の事情を少しばかりは理解していた。

 先程も言ったように、養成所の所員は全員が街の治安を守る衛兵を兼任している。そんな事情もあり不審な人物が好んで養成所に近づく事は、まず有り得ない事態。

 アタシも半年いるが、夜間に不審な音を耳にしたのは今回が初めての事だったし。それはアタシよりも養成所に長く所属していたイーディスも、おそらくは同様なのだろう。


 だからこそ。イーディスは不審すぎる存在の正体に興味を抱いたのかもしれない。

 そして同様に、アタシも気になっていた。


「そ……そりゃ、そうだけど」

「ならば、正体を確かめたくはないか?」


 そう言ったイーディスは、養成所の入り口を指差していた。

 先程、所長(ジルガ)はアタシらの報告を受け。所員らを率いて、不審な存在を直接確認に向かう算段なのだろうが。

 つまりイーディスは、方法はともかく。自分の目で直接に不審な存在の正体を見定めるつもりなのだ。


 普通、四人の中で無茶を言い出すのは決まってアタシかサバラン。ランディとイーディスは無茶を制止する、という役割だったが。

 今回に至っては、アタシとイーディスとの役割が完全に逆転してしまっている珍しい状況。それでも嫌でも不快でもないアタシは。


 イーディスに、正体を確かめるための方法を質問した。

 

「けど、どうやって?」

 

 さすがに、所長(ジルガ)にアタシらの事が知られている中で。気配を殺して所長(ジルガ)らに続いて入り口を出るのが難しいのは、(にぶ)いアタシでも理解が出来たし。

 養成所を囲む木製の柵は一見、乗り越えるのは容易と思いきや、柵には警告の魔法が張り巡らされており。柵を乗り越えて不審者を目視すれば、魔法が反応しアタシらは発見されてしまう。


 しかしイーディスは変わらずに、所長(ジルガ)が所員らを集めていた養成所の入り口を指差し。


勿論(もちろん)、所長らの後を着けてに決まってるだろ」

「お、おいおい……いくら何でも、さすがに見つかっちまうだろっ……」


 イーディスの回答に言葉を割り込ませてきたのはサバランだった。

 先程まで黙ってアタシとイーディスの会話を聞いていた二人だが、別に姿勢を正したからと言っても言葉を話せなくなったわけではなく。会話をしっかりと聞いていたから。


 サバランの反論にはアタシも全くの同意だ。


 所員らも馬鹿でも無能でもない。隠密行動が得意なイーディスだけならばともかく、気配を隠すのが苦手なアタシらまで同行すれば。夜間に部屋を出ている事が他の所員らにも露見してしまうだろう。

 しかし、サバランの言葉に全く動じる様子もなくイーディスは。


「……そこは安心しろ。所員らは突然叩き起こされて頭がそこまで回っていない。所長に着いて行くのに必死で、俺たちの気配になんか気が付かない」

「お、おう……わかったよ」


 あまりに強気で断言するイーディスの態度が、余程珍しかったのか。彼の言葉の圧に押され、サバランも反論を取り下げてしまった。


 というのもあるが、それよりも。


「……イーディスがあんなに言い張るなんて」

「ああ……珍しいな」

 

 呆気(あっけ)に取られたアタシは、横にいたランディと互いに顔を見合わせながら、一言だけ言葉を交わす。


 イーディスは確かに、アタシらとは違った目線での提案をしてくれる事が多い。つい先程の所長への接触方法もだ。

 だが一方で、無茶な提案はしてこなかったし。三人の誰かが乗り気でないなら提案を取り下げる、という印象があった。

 少なくとも、今回のように好奇の感情を表に出し。無茶な提案を通してくるイーディスは、半年間でアタシは初めて見たかもしれない──からだ。


「それじゃ、所長らの後を追うぞ」


 先頭を率先して歩き出すイーディスは、柵に囲まれた養成所の入り口へと小走りで向かっていく。

 


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