11話 アズリア、小石を投擲する
ならばどうやって危険を冒す事なく、所長に不審な存在を知らせるというのか。
その方法が知りたいあまり、アタシはイーディスの顔を覗き込む──すると。
イーディスは不意に身を屈め、足元の地面に転がっていた何かを拾い、アタシに見せる。
「コレは……石?」
「そうだ、小石を使う」
イーディスが拾い上げたのは、手の平ににぎりこめる程の小さな石だった。
石を「使う」と言われても、アタシにはまだイーディスの意図が読み取れなかったが。
疑問に顔を曇らせていたアタシとは対照的に、晴れやかな表情を浮かべながら。
「そうかっ、なるほど」
小石を見て何かを閃いたような声を上げたランディは、おそらくはイーディスが何がしたいのかを理解出来たのだろう。
「小石で窓の戸を叩いて、所長に音で気付かせて起こす、というわけか」
訓練場から見える養成所の建物、その窓を突然指差したランディの言葉に。無言で頷いてみせたイーディス。
二人の言葉のやり取りで、ようやくアタシもイーディスが何を想定していたのを理解出来た。
「そ、そっか、それなら確かに外からでもッ!」
しかし、小石を見ても。二人の会話を聞いた今なお、サバランにはイーディスの意図は伝わらなかったようで。
「え? アズリアは分かったのかよ?」
「ええと、つまりはね──」
アタシはサバランに、所長に不審な存在を知らせる──アタシではなくイーディスが発案者な方法を説明していく。
外から光や風を入れる目的で、部屋のあちこちに空けられている窓には。上下に開く木製の戸が備え付けられ、夜の間は戸が閉められていた。
当然、所長の部屋にも窓と木の戸はある。
イーディスの提案は、所長の部屋の窓に小石を投げ、木製の戸に命中させる事で。窓からの物音の異常で所長を起こす想定だったのだ。
最初こそ興味深くアタシの話を聞いていたサバランだったが。小石を窓に当てる、という話になってから、表情が曇ってきた。
「なあ、簡単に言ってるけどよ……窓の戸に石を当てるって。相当に難しいんじゃねえのか?」
サバランの懸念の通り、イーディスの提案を成功させるには様々な困難の壁がある。
まず所長の部屋は建物の二階部分にあり、外から狙うには高さでそれなりの距離があった。しかも今のアタシらの手元には夜の暗闇を照らす灯りもなく、視界が制限されている状況だ。
さらに言えば、石を投げる時の力加減も重要となってくる。石の威力が弱ければ、音が鳴らずに所長に気付かれない。かといって威力が強すぎれば木製の戸を壊してしまうかもしれない。
しかし、現時点で想定出来る困難を鑑みても尚。
「こんな夜中に所長の部屋の前まで馬鹿正直に忍び込むよか、幾らかマシだろ」
「まあ……そりゃ、そうか」
養成所の所員が複数人詰める建物に侵入し、二階にある所長の部屋まで一切気付かれずに移動する困難さは。
窓に石を投げる行為の比ではない。
アタシの言葉に、サバランだけでなく。話を聞いていた二人もまた頷いているのが、何よりの証明だ。
何よりも、今のアタシらにはイーディスが提案した以上の良案が浮かばなかったのもまた事実。しかも、アタシらがこうして話している間にも、不審な音の主は移動を続けているのだから。
「なら、早速所長を起こさなきゃ」
アタシら四人は早速、今いる訓練場の端から所長の部屋の真下にまで。落ちていた石を拾いながら、移動を開始した。
「……考えてみりゃ、幸運だったのかもしれないね」
移動の最中、ふとアタシは心に浮かんだ事をそのまま口にする。
普段の通り、ランディにも誰にも気付かれないまま訓練場の端で剣を振り。同じく、不審な音を察知していたとしたら。
一人ではどうしようもなかった、もしくは騒ぎをより大きくしてしまっていたかもしれない。
だが、今は幸運にも四人でいる。
暗闇や力加減など困難はあるが、四人で挑戦をすれば。いずれは所長も音に気付き、目を覚ますに違いない。
この時間、果たして巡回がいるかどうかは知らないが。誰にも発見される事なく、所長の部屋の真下に到着したアタシらは。
予め各々で拾っておいた石を、窓の戸に向けての投擲を開始する。
「よし、投げるぞ」
「……他の部屋の窓に当てないようにな」
投げる直前、イーディスがもう一つ注意を加えてくる。
目標を外れて壁に当たる程度なら。余程力加減を間違えなければ問題はないだろうが。
所長以外の部屋の音を鳴らしてしまうと、少々面倒な事態になる可能性があったからだ。
確かに他の所員でも不審な存在を知らせる、という本来の目的は達成する事は可能だが。
そもそも、夜中に訓練生であるアタシらが外にいる事自体が規律を破っている。不審者を追う前に、アタシらへの懲罰を優先されてしまっては本末転倒だ。
その点を考慮し、ナーシェンの一件で少しでも交流があった所長を頼ろう、とアタシは。いや他の三人もアタシと同じく考えたに違いない。
「──うりゃッ!」
そんなイーディスの注意を踏まえ、まずは最初の一投だったが。
訓練場から移動し、変化した周囲の暗さにまだ目が慣れてなかったのか。四人とも、目標であった窓の戸から大きく外れるという結果となった。
「最初聞いた時は名案かと思ったけどさ……コレ、思った以上に難しくないかい?」
横に並んだ三人を見たアタシは、想像以上に険しい顔を揃って浮かべている事に気付く。
特にサバランなどは、まだ一投目だというのに半分諦めたような顔をしていた。
「……むう」
「い、いや、こりゃ……無理だっての」
ただ木の戸に当てるだけなら、もう少し難易度は易しいのかもしれない。
熟睡している人物を起こす程度の力加減、それが難易度を上げていた。軽く投げるのと、力を込めての投擲では命中精度は大きく変わるからだ。
視界や距離に慣れるまで、もう何投か時間を有するとアタシが思った矢先。
「だが、最初の一投で感じは掴めた」
そう発言したのは、発案者であり。アタシら四人の中で、投擲武器の成績が一番良いイーディスだ。
余談だが──アタシは投擲武器への適性があまり無いようで。四人の中で一番、命中精度が悪く「下手」の部類に入ると言っても過言ではない。
こんな時、サバランの性格であれば煽ってきたり揶揄いそうなものだが。そういった発言が聞こえてこないのは、サバランもまたアタシ同様に投擲が下手であり。
最初の一投でも一番大きく外れたのは、アタシでなくサバランだったからだ。
「ほ、ホントかよ?」
「本当だ。まあ、見ていろ」
そのサバランの問い掛けを簡単に遇らい、目標の窓の戸へ向けて真剣な表情に変わったイーディスは。
腕を振りかぶり、おそらく絶妙な力加減で手に握っていた小石を放つと。
大気を切る音とともに、勢い良く一直線に飛んでいった石は。アタシやサバランの最初の一投など比較にならない程、正確に目標を捉え。
見事、窓の戸へと命中したのだ。




