8話 アズリア、夜空の下で誓う
そう言うとランディは、振り返ったアタシら三人の前に負傷している筈の利き手を伸ばし。
「なあ皆んな、手を……出してくれるか?」
要はランディと同様に手を出せ、という提案なのだろうが。
アタシ同様に他の二人も一瞬、三人で顔を見合わせる、まだランディの意図が分からなかったからだ。
とはいえ。
別に伸ばした腕が突然、手首から斬り落とされる訳でもない。アタシらは半年の間、一緒に過ごしたランディを信頼していたからこそ。
「コレで、イイかい?」
「ああ」
アタシら三人は一瞬だけ躊躇したものの。ランディが差し出した手に合わせて、全員が利き腕を伸ばす。
それを見たランディは満足そうな笑顔を浮かべ。
「俺たちが出会ってから半年。あらためて、四人での友情を誓わせて貰いたくて……な」
「友情を……誓う……?」
二人が互いに手を握り、相手との理解を深めようとする行為は身に覚えがあるものの。
四人が同時に手を握り合うのは、少なくともアタシの記憶にはない。
……それに。
「な、なあランディ、ゆ……友情を誓うとか、今さらじゃねえか?」
ランディの提案に、まず疑問の声を上げたのはサバランだった。
見れば、自分で発言しながら「友情」という言葉に照れ臭さを覚えたのか。羞恥で頬を紅潮させていたが。
確かにサバランの発言にも一理ある。
だから、堪らずアタシも口を挟んだ。
「サバランの言う通りさ。何で『今』なんだよ」
アタシらが一緒に過ごした半年の間に、実行しようというなら、ランディが希望するように友情を誓う機会は数多くあっただろう。
……それこそ周囲の目を盗み、ランディと男女の営みを行う程度には。
少なくとも、巡回する所員や他の訓練生に見つかるかを警戒している今。わざわざ主張するような事なのかと、アタシは正直思ったのだが。
「……この施設は兵士になるための場所だ」
こちらの問いに、ランディは突然アタシらから視線を外し、夜空を見上げながらポツリと言葉を漏らした。
「だから養成所を無事に出れば、俺らは別々の戦場に派遣されるだろう」
「まあ、確かに。兵士になってまで四人一緒じゃさすがにいられないよな……」
所長やランディらの話によれば、養成所で訓練を受けるのは最短で二年。養成所の成績が芳しくない場合は、さらに出所が延びる場合が多々あるらしい。
となれば、成績が上位であるアタシら四人は。このまま鍛錬を続ければ、あと一年と半年程で兵士として戦場へと駆り出される……という事となる。
しかもアタシらがいる帝国とは、周辺地域に戦火を広げ続けている侵略国家なのだ。兵士が必要とされる戦場は、尽きる事がなかったりするのだから。
「戦場に立てば何が起こってもおかしくない。強敵に出会ったり、味方の裏切りに遭うかもしれない」
「確かに、ね……」
ランディの言葉に、思わずアタシはナーシェンや副所長との一件を思い返す。
アタシは「勧誘を断った」事に加え、訓練で口を挟んだという理由のみで殺意を抱かれ。養成所外で計画的な襲撃を受けてしまったからだ。
養成所に来て、たった三日で。
いくら「魔の血を引く」等と嫌悪されていた故郷でも、一六年の間。さすがに集団で殺害、という最終手段には遭わなかったというのに。
あれから半年の間──他の訓練生からナーシェン程の敵意を向けられる事はまるでなく、平穏な鍛錬の日々を過ごしていたが。それは、他の訓練生がナーシェンや副所長がどうなったかを知っているからで。
何しろ軍隊には、帝国貴族や騎士などアタシよりも身分が上の人間が多数所属している。
兵士として従軍し、置かれた環境が変わった途端に。ナーシェンや副所長同様に、地位を悪用する連中がいないという保証などない。
アタシが過去の出来事を思い出していた間に、夜空を見上げていた筈のランディの視線は再びアタシらへと向けられ。
自分の目の前に伸びていたアタシらの手を、アタシ、サバラン、イーディスの順に触れながら。ランディは説明を続ける。
「アズリアの模擬戦に込めた想いを聞いて、その後。サバランやイーディスまで、全員が偶然にもこの場に揃った」
「アタシはそもそも、アンタがこの場所を見つけられたコトに驚いたけどね」
何度も言ったが、いくらアタシが部屋にいないからといっても。就寝していた部屋から訓練場までは、所員らが詰める建物を通り抜ける必要があった。
だからランディが偶然にアタシがいる場所に辿り着く可能性は限りなく低い。
そしてそれは、同じくこの場にやってきたサバランとイーディスにも言えるのだが。
「ただの偶然だとは分かってる。でも……言い出さずにはいられなかったんだ」
つまりは、あまりの偶然が重なり過ぎたために衝動的に口にしてしまった、とランディは告白したわけだが。
今の説明を聞いて、笑い出すサバラン。
「は、はははっ!」
「サバラン?」
「大人びてると思ってたお前が、まさかそんな理由を口にするなんてな」
すると歩を進め、アタシの前に出たサバランは。ただ伸ばしていただけの自分の手を、しっかりとランディの手の上に重ねていった。
「いいぜ。誓おうじゃねえか、俺たちの変わらない友情を」
「……なら、俺も加えて貰おう」
サバランに続いてイーディスもまた同様に、二人が重ねた手の上に、自分の手を置いていくと。
男三人の視線が揃って、まだ手を重ねていないアタシに集まるのが分かる。
「ゔ……ッ」
三人の視線と、視線に込められた無言の圧力をまともに受けてアタシは思わず口から呻きが漏れる。
三人は何も語らず無言のままだったが、言葉はなくとも六つの視線が何を意味しているのか。それくらいは鈍いアタシでも理解は出来る。
「わ、わかってるよッ! あ、アタシだって、アンタらのコトが嫌いじゃねえんだから!」
だからこそ、アタシは少し釈然としないながらも。ランディへと歩み寄ると、サバランやイーディスと同じように、三人の手の一番上に自分の手を重ねていった。
「──よし」
最後にアタシが手を置き、四人全員が同じく手を重ねた事になるのを確認したランディは。
一つ息を大きく吐き。アタシ含め三人の顔を見ながら、誓いの言葉を口にし始めた。
「これから先、俺たちの未来がどう分かれ。どうしようもない結末が待ち受けていたとしても、だ」
ランディの言葉は非常に残酷ではあった。兵士として戦場で働くという意味、それは敵とは生命の奪い合いに他ならない。
相手の生命を奪うのだから、当然ながら相手に殺され、戦場で散る覚悟も必要となる。穏やかに寝床の上で死ぬなど、到底望めない運命がアタシらには待っているのだから。
──だけど、ランディはこうも言葉を続ける。
「今日この時、俺たちがこの場で交わし合った友情だけは。これから何があろうと変わる事はないし、誰にも奪わせはしない」
「……ああ」
「月夜の下で誓った友情か、いいじゃねえか」
ランディが誓いの言葉を終えると、イーディスは黙って頷き。サバランは夜空を見上げながら、気恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。
これから四人にどんな運命が待っていようとも。仲間であるというサバランやイーディスへの親愛の情、そして。
ランディに抱いた慕情は不変である、とアタシは今誓ったわけだが。
「おい、アズリア。お前……何、泣いてんだ」
「……え?」
サバランから指摘を受けたアタシが、自分の眼の下を空いていた側の手で触れると。
指先が濡れる感触。
「ホントだ……アタシ、泣いてる」
指摘の通りだった。
確かにアタシは感極まって涙を流し、泣いていたのだから。




