7話 アズリア、力加減を間違える
それでも、アタシの心情の変化など他人に把握出来るわけがなく。
アタシの心からの感謝の言葉を額面通りに受け止められなかったのか、揃って納得のいかない表情を浮かべていた三人。
ならば、とアタシは立ち上がり。
「まあ、でも。確かにアタシだけ除け者扱いされてた、ッてのは腹が立つ話だねえ……」
目線の高さを合わせるため、地面に座り込んでいたランディへと歩み寄ったアタシは。
突然、眼前にアタシが迫ってきた事に思わず息を飲むランディへと手を伸ばし。
「う……お、っ?」
「だからッ──」
立っているアタシと座っていたランディ。丁度見上げた体勢となっていたランディの額を、指で力強く弾いてみせた。
これまでに何度か、冗談や揶揄いを諌める意味合いで三人の額を指で弾いてきたが。
今回に限っては、感謝の言葉では払拭出来なかったアタシへの罪悪感を、払うという意図があるため。半端に軽い力で弾いたのでは、意図は伝わらないと思い。
つい、力を溜め過ぎてしまったせいか。
「い……っっ⁉︎ 痛ってえぇぇっ!」
「い、いや? あれ……?」
アタシが指を弾いた途端、叩かれた額を両手で抑え。
これまでの雰囲気をぶち壊す大声で痛みに悶絶しながら、地面に倒れ込んでしまうランディを見て。
「……力の加減、間違えたかな」
アタシはランディの額を弾いたばかりの指をジッと見ながら。次こそは間違えまいと思い、背後にいたサバランとイーディスに視線を向け。
ゆっくりとした歩調で距離を詰めるアタシに対し、驚きの声を口にした二人。
「お、おい、まさかっ……俺らも?」
「ち、違うアズリア、お、俺は関係ないっ! だからっ──」
二人の視線は、接近するアタシと倒れて痛みで悶絶中のランディとを交互に見ており。出てきた言葉は明らかにアタシを拒絶する意図が含まれていた。
だけど、ランディだけ額を弾いておいて、二人には何もしないでは。力加減を間違え、痛がるランディに悪いし。
何よりも半年も隠し事をしていた二人の罪悪感を晴らす事にもならないだろう。
だからアタシは敢えて二人の言葉を無視し、額に指が届く距離に迫ると。
怯える二人を安心させるため、出来る限りの笑顔と穏やかな声を取り繕ってみせる。
指で額を弾くのは、あくまで三人のアタシへの罪悪感を取り除くのが目的であって。
アタシだけを除け者にした事を、根に持っている理由ではない──ええ、決して。
「はは、大丈夫だっての。次はきっと上手く加減するからさッ」
「そ、その笑顔が逆に怖いんだってえの!」
いくらアタシが言葉で伝えても、二人はまるで警戒心を解いてはくれなかった。
これ以上の問答は逆効果と考えたアタシは、今度こそ力加減を間違えまいと。ランディの時よりも指に込める力を弱め、サバランの額へと固めた指を伸ばし。
指を──弾いてみせた。
「が、っ⁉︎」
続けて、同等の力加減で隣に並ぶイーディスの額を弾いた。
「ぐ、おぉぉっっ!」
連続して額を弾がれた二人は、さすがにランディのように地面に倒れ込み、悶絶こそしなかったが。
額を押さえながら、膝を突いて蹲ってしまい。何も喋らない状態に二人ともなってしまっていた。
「あ、あれッ? おかしいなあ……」
ランディの時もだが、アタシが想定していたのは「痛えだろアズリアっ!」と返してくる反応だった筈なのに。
想定とは掛け離れた実際の結果に、アタシは居た堪れない気持ちとなる。
これまでの暮らしに必要がなかった事から、アタシは自分の持って生まれた常人を超えた膂力を加減するのが下手だったりするのだが。
まさか、こんな時にも力加減が出来ないとは。
どうやら、額の痛みが和らいだのか。起き上がってきたランディや、頭を押さえ屈み込んでいた二人も立ち上がり。三人が揃って、アタシへと非難の視線を向けた。
「あ、アズリア、お……お前なあ、っ」
「ま、まあ、それよりもッ──」
アタシは三人の視線を避けるかのように。訓練場や養成所など、周囲に視線を巡らせていた。
ランディの悶絶も含め、一連の会話の声が周囲に漏れ。夜間、建物内を巡回している所員や誰かにアタシらの位置が察知される可能性があったからだが。
「邪魔も入った事だし、これ以上訓練場にいても面倒だ。そろそろ部屋に戻らないかい?」
「確かに、所員に見つかったら後が面倒だもんな」
アタシの意見に、真っ先に賛同したのはサバランだった。
まだアタシが先程指で弾いた箇所が痛むのか、額を手で押さえながらも。
サバランの言う通り。夜間に養成所内を巡回している所員に発見されると、厄介な事になるのは容易に想像が出来た。
所員が主に警戒しているのは、外部からの侵入者ではなく訓練生による脱走だったりする。
夜に剣を振るう鍛錬を始めてからこれまでに二度、アタシも巡回中の所員に見つかってしまったが。
その時は一人だったのもあり、長々と説教を聞かされた程度で解放されたが。
今回は四人という数で、しかも訓練場の片隅という位置も都合が悪く。施設の脱走の疑いを問われれば、弁解の余地はなかったりするためだ。
「俺も賛成だ」
サバランの隣にいたイーディスも、今の状況を完全に理解したからか、部屋に帰るという意見に同意する。
サバランとイーディスは部屋のある宿舎に、アタシは無断で借りていた訓練用の両手剣を戻すため。それぞれ足を動かそうとした、その時。
「ちょっと待ってくれ、三人とも」
アタシらを呼び止めたのは、多分に一番強く指で弾いたからか、額を赤く腫らしていたランディだった。
だが、ランディら三人が訓練場に訪れた目的はアタシだと言っていたし。アタシの目的だった剣の鍛錬を終え、模擬戦に負けた憂いもランディとの対話ですっかり晴れた。
なのに、まだランディには何か目的があるというのか。
アタシは武器庫に向かおうとしていた足を反転させ、ランディがアタシらを呼び止めた理由を聞こうとする。
「それってのは、部屋に戻ってからじゃ駄目なのかい」
「そうだな。視界は明るいほうがいい」
アタシの疑問に、ランディは上空を指差して答えた。
確かに、就寝の時間になると部屋や廊下の照明は残らず消されてしまい、所員や所長の待機する部屋以外は真っ暗となってしまう。
まだ月や星明かりのある外の方が、ランディが言うように視界が確保出来るというものだ。
つまり、ランディは視界を必要とする行動をアタシらと一緒に行おうとしているのだ。
その行為とは何なのか、アタシにはまだ全く見当が付いていないのだが。
「何だ何だ、まだアズリアと語り足りないってのか、ランディ?」
アタシが足を止めた事で、一度はあと数歩で建物に入る位置まで足を進めていたイーディスやサバランも。
何事かと思い、踵を返して元の場所にまでわざわざ戻ってきてくれる。
「いや、すぐに済む話だ」
「勿体ぶらずに早く言えよ」
戻ってきたサバランに急かされ、ランディが三人を引き止めた理由を語り始めた。
ランディが四人でやり残した事、それは。




