6話 アズリア、男同士の密約を知る
思い返してみれば、三人との邂逅の時に最初にアタシへの好意を表に出していたのは。確かにサバランだった気がする。
しかし、サバランの軽薄な口調からアタシは。物珍しい容姿と、養成所には女がほとんどいないという現状を予め聞いていたからか。
寧ろ、サバランへの警戒心を強めてしまったのは記憶にある。
だが、まさか。
「ああ。正直、アズリアを見た途端、頭に衝撃が走ったというか……一目惚れってのはこういう事か、って思ったね」
最初のアタシとの接触、あれこそサバランの全力の好意の表れだったとは。
サバランの慕情を知り、さらに思い返されたのは。
過去に二度、アタシが対戦相手からの反撃をまともに浴びる──そう覚悟した瞬間。
盾で相手からの一撃を止めてくれたのは、サバランだった事だ。
一度目は、初日の所長との模擬戦。
二度目は悪名付きの棍棒の追撃だ。
特に二度目は、既に側頭部に強烈な一撃を喰らった直後で、頭を殴られた衝撃で意識が飛びかけ。サバランに庇ってもらわなければ、致命傷を受けてもおかしくない状況だっただけに。
アタシは仲間であると同じくらい、実力を競う好敵手としても。とっくにサバランという存在を認め、敬意を払っていたのだ。
「遠征の後、アンタに『好きだ』って言われてたら──」
そこで一旦アタシは発言を区切り、会話を交わしていたサバランから視線を切る。
もし、ランディよりも先に。何度もアタシの危機を庇ってくれたサバランから、異性としての好意を告げられていたならば。
「……また違った未来があったかもしれないね」
サバランから顔を逸らしたアタシは、口から本心が小声で漏れ出てしまった。
きっとアタシはサバランの好意を受け入れていただろう、それだけは断言出来たから。
情けない話、故郷で住民のほぼ全員から侮蔑と敵意を常に向けられていたアタシは。他人の好意にどう応えたらよいのか、適切な距離感というものをまだ掴み切れずにいたからだ。
この半年の間、交際しているランディとの男女の関係やその営みも、そのほとんどが故郷の街娘らの真似事。
これが本当に正しいのか、確証など一つもなかったりするのが正直な話だ。
「……あ」
ふと、サバランから逸らした視線の先にはランディの姿が映り込む。
と同時に、今自分の口から漏れ出た発言が何を意味するのかを遅れて把握し。慌ててアタシは自分の口を手で覆った。
男女の関係に疎いアタシでも、今の発言が好意を受け入れ交際をしている最中のランディに対し、どれだけ侮辱的な意味を持つかという事くらいは理解が出来たからだ。
口を咄嗟に塞いだアタシが次に取った行動は、つい直前に漏らした言葉の否定だった。
「ち、違うんだよランディ? 決してアンタに不満があるとか、そういう話じゃなくてッ!」
この時、アタシはランディとの一連の会話から衝撃を受け続け、すっかり動揺し頭が回っていなかった事を遅れて理解した。
今、アタシがするべき最適な行動は「否定」ではなく「謝罪」だったと。今さら気付いてしまったのだから。
──完全な悪手。
しかしランディは、こちらの態度を訝しむ訳でもなく。謝罪をし損なったアタシに対して、逆に頭を下げて謝罪の言葉を口にする。
「……わかってるよ。むしろ、アズリアに何の説明もしなかった俺が悪かった」
「へ? せ、説明ッて、何を?」
ランディの突然の謝罪、その真意がまるで読めずに間抜けな声を発してしまったアタシ。
この場で謝罪をするべきはアタシであり、ランディから謝罪をされる場面でないのは明白だったからだ。
それに、ランディが言う「説明が足りない」とはどういう意味なのか。
そう言えば、確かに不可解な行動はあった。
「そ、それッて……さっきサバランとイーディスが、アタシらが付き合ってると知ってた時のコトかい?」
アタシの発言に、ランディが無言で頷いてみせた。
いや、ランディだけでなく視界の端に捉えていたイーディスも。そしておそらく、視界の外にいたサバランも頷いていたのだろう。
先程、ランディとの交際をとっくに知られていたとアタシが羞恥で顔を熱くした時。
驚き、冷静さを欠いたのはアタシだけで。同じ立場であるランディはまるで動揺を見せていなかったどころか。
サバランやイーディスと一緒に、納得した態度ですらあった事に。アタシは微かな違和感を覚えていた。
だから頭の片隅に強く残っていたのだ。
アタシの言葉を肯定したランディが、そして同時にサバランが口を開いた。
おそらくは、アタシにまだ話していなかったという「説明」の内容を語り聞かせるために。
「アズリアに好きだと告げるのを、俺はサバランに相談した。その時に俺も知ったんだ……サバランも、お前のことを好いていると」
「だから俺はランディと約束した。先に告白を譲る代わりに、もし断られたら俺との交際を応援してくれ……とな」
養成所に入ってから、あの遠征での一件までたった四日だ。その四日間、アタシは三人と部屋が同じという事もあり、一緒に行動していたつもりだったが。
知らない間にこのような密談が、ランディとサバランの二人の間で交わされていた事に。アタシは驚きを隠せなかった。
いや、もう一人。ランディとの交際を知っている人物がいる。
「本当なら、イーディスもこの話に加わってもらうつもりだったんだけとなあ」
「……俺だってアズリアを好ましいとは思う」
その人物──イーディスもまた、他の二人と同様に、アタシへの好意を口にしたのだ。
「──な、あッ?」
「が、お前たち二人と恋愛で競える、とはさすがに思ってないからな」
「で、イーディスは俺らとアズリアを応援する側に回った、というわけさ」
短時間に、しかも半年もの間同じ部屋で過ごしてきた仲間二人から。立て続けに好意を告げられたアタシは、困惑を深める。
そもそも、憂さ晴らしに訓練場の片隅で両手剣を振るっていた理由の一つに。自分の容姿に対する劣等感から、ランディからの好意に疑問を抱いたからだが。
己が「愛らしくない」と見限った容姿のアタシを、好ましいと想ってくれている人物が。養成所には少なくとも三人はいる、という現実に。
困惑すると同時に、長年アタシの心を侵蝕していた「愛らしくない」という呪縛から解き放たれた、と少しだけ感じていた。
当人らは、アタシに知られない裏で密約を交わすような真似をしていた事に罪悪感を覚えていたのか。
三人の間で交わしていた内容をアタシに告白し、何故かすっきりとした表情を浮かべながら。
「──というわけだ。男同士の馬鹿な話をアズリアに知られたくなかった、だからこれまで黙ってたんだ」
「いや、ありがとな……三人とも。話してくれて」
と同時に、サバランやイーディスにも密かに好意を向けられていたのを知り、少しだけ自分が女である事に自信が持てたアタシも。
きっと今、この場の誰よりも憂いの晴れた顔をしているに違いなかった。
おそらくは、生まれてから一番幸福な時間。




