5話 アズリア、二人の関係が露見する
「──なるほど、ねえ」
突如、目の前にいたランディではない人物の声がアタシの耳に届いたのだ。
一瞬だけ驚き、アタシは声の出所へと振り返るも。突然の乱入にあまり焦らなかったのは、声に聞き覚えがあったからだ。
「時々、部屋から姿が見えなくなると思ったら。こんな場所にいたんだな」
「サバラン、アンタまでッ──」
振り返ったアタシの視界の先に立っていた人物とは、同室のサバラン。
今は亡きコルム公国の元騎士階級の貴族の家出身で、盾を扱い防御の技術に長けた男でもあり。
普段の軽い口調から軽薄な性格だと勘違いされがちだが、意外にも周囲をよく観察しているためか、他人の小さな異変を察知するのが得意だったりする。
そんなサバランが、部屋から二人も消えているのを知れば。状況を放置しそのまま就寝する……そんな選択はしないだろう。
しかし、一つ疑問がある。
「しっかし。サバラン一人で夜中に出歩いて、よく所長や他の連中に見つからなかったな」
「ああ、それはな──」
サバランは他人への観察眼に優れた反面、慎重な行動を取るのに不向きな性格だという短所を有していた。
しかも就寝時には建物内の照明のほとんどは消され、視界は完全に闇に閉ざされる。まともに動くのは難しく、かといって角灯など携帯照明を持ち歩けば、自分の位置をわざわざ周囲に知らせるようなものだ。
かく言うアタシも、夜な夜な剣を振るおうと訓練場に向かった際。二度ほど建物内を見回っていた所員に見つかり、説教を喰らった経緯がある。
何が言いたいかというと。アタシらの部屋から建物一つ越えて、この訓練場の端まで。養成所の誰にも発見されずに移動する事が、サバランに可能かどうかだったが。
「……安心しろ。サバランだけじゃない、俺もいる」
サバランの背中からひょっこりと顔を出したのは、同じく同室のイーディス。
つまりはこの場に、部屋を共にする四人が奇しくも揃ってしまったという事だが。
「何だい、イーディスがここまで案内したんかい。それなら納得だよ」
彼が同行していた、と知り。アタシはサバランがこの場に辿り着けた疑問が氷解する。
サバランと同様に元コルム公国出身ながら、貴族ではなく裏稼業──情報屋や追い剥ぎ、野盗などの犯罪行為で生計を立てる職業に就いていたイーディスは。
かつ夜目が利く、という特技まで有しており。結果として、アタシら四人の中で音や気配を消して行動する能力に一番優れていたからだ。
サバラン一人で養成所内を出歩いていたなら、ほぼ間違いなく所員に発見されてるだろうが。彼ら二人がアタシらの元に到着したのは、イーディスの活躍のお陰なのだろう。
「でも、アタシを負かしたランディはともかく。何でアンタらまで、わざわざこんな場所まで……」
それでも、アタシらに話があるのなら。余程危急な要件でもなければ、部屋に戻ってから。或いは翌朝でもよかったのではなかろうか。
と、アタシは考えてしまったのだが。
「そ、そりゃランディに負けてから、あんな分かりやすく落ち込んでたからな……気にもなるだろうが」
「え?」
サバランの説明に、アタシは思わず驚きの声を漏らしてしまった。
ランディとの六度目の模擬戦に敗北した際、本当なら悔しさと自分の不甲斐なさのあまり、大声で叫びたい衝動に駆られたのをどうにか耐え。懸命に平静さを装ってみせたつもりだったのだが。
サバランは、そんなアタシの心の底の葛藤を見事に見透かしていたのだ。
「分かりやすく……ッて、そんなにあからさまに顔に出てたってのかい?」
「「ああ」」
しかし、サバランが内心を見抜いたのは。他人の細かな異変を察知する彼の長所だからかもしれない、と。
アタシは恥ずかしさを払拭したいあまり、他の二人にも。サバランと同様の質問をするも。
返ってきたのは、二人が声を揃えた同意の言葉だった。
平静を装っていたつもりで。実際には一番本心を知られたくなかった同室の三人に、何も隠し切れていなかったという残酷な現実を知ったアタシは。
みるみる内に頬が、いや耳を含めた顔全体が羞恥で熱を帯びてくるのが自分でも分かる。
アタシは咄嗟に、サバランやイーディス、ランディからも目を逸らし。表情を三人に悟られまいと、口元を開いた手で覆い隠す。
だが同時に。
顔が熱くなるのとは正反対に。頭のどこか一部分だけは酷く冷静な自分がそこには、いた。
冷静な思考の部分が、サバランらの説明では納得出来ない点を見つけだし、羞恥で動揺していたアタシの口を動かした。
「お、落ち込んでたのが、心配ならッ……もっと前に心配する余裕はあったよな? 食堂とか、部屋でとかッ」
「そりゃあ……」
アタシの指摘を聞いた途端、サバランとイーディスはほぼ同時にランディへ視線を向けたのを、アタシは見逃がさなかった。
だからアタシは敢えて言葉を挟まずに、サバランかイーディスの次に何を言うのかを待つと。
「お前と付き合ってるランディを置き去りにして、俺やイーディスが解決するってのは、道理が通らねえだろ」
「え? な、何で、アタシとランディのコトをッ⁉︎」
何故かサバランは、アタシがランディと男女の仲になっていた事を、まるで知っていたかのように話したのだ。
ランディとの交際を、同室の二人に隠す意図はアタシにはなかったが。
だからと言って、馬鹿正直に話しておく事でもないと思い。結局は二人に何も説明しないまま、半年が経過していた……という訳だ。
つまりサバランは、本来であればアタシとランディの関係を知らない筈なのに。
「待て待て待てッ……なあ、もしかして」
いや……サバランだけではない。
先程、ランディに視線を向けたのはイーディスも同様だった。
その行為が示すものは間違いない。イーディスもまた、ランディとの関係を知っていたのだと。
「イーディス。アンタもまさか──」
「……悪い。半年前からとっくに知っていた」
サバランとイーディス、二人にランディとの関係を知られていたと説明されたアタシは。ただでさえ羞恥で熱を帯びた顔が、さらに熱くなっていくのを感じていた。
先程まで冷静だった頭の部分すら、困惑と動揺で染まっていく。
「あ……あ、あああ、ッ……」
寧ろ、関係を知られていたの事実を、アタシは知らなかったのだ。
二人には何か一言、文句や愚痴を吐いてやろうという感情が湧き上がり。二人に指を差して口をぱくぱくと動かしていたが。
困惑のあまり、言葉が喉から出てこない。
言葉を失うアタシをよそに、衝撃の発言をしたばかりのサバランは。
さらなる追撃の言葉を続けていく。
「もし、ランディが選ばれなかったら。次は俺がアズリアに『好きだ』と告白してやろうと思ってたんだけどな」
「……へ?」
サバランが告げた言葉には、アタシを女として好意を抱いているという意図が含まれ。実質的に愛の告白を受けるのと何ら変わらなかった。
「あ、アンタまで……アタシのコトを、ッて、ほ、本気かよッ……」
困惑がさらに深まる頭でアタシは、サバランに今の言葉の真意を問い質す。




