4話 アズリア、額に残った傷痕
半ば、呆れたような口調のランディの言葉にアタシは耳を疑った。
「な、何でアタシだから……なんだよ?」
ナーシェンの一件から、アタシは他の訓練生らから注目される存在になっていた。
何故なら、アタシも帰還後に知ったが。
アタシとランディで倒した「村喰いのグリージョ」という小鬼の変異種は、高額の賞金が懸けられていた程に危険な存在だった。
表向きでは「所長とモードレイの守備隊に救出された」扱いとなり、あの小鬼を倒したのも所長らという事で通してはいたが。
何処から情報が漏れたか、あの時に実際に起きた真実が。訓練生の間に噂として広がってしまったからだ。
訓練生の中では一番の実力者と、周囲から認知されていたランディと。もしかしたら賞金の懸かった凶悪な小鬼を倒した程の実力を持つとされるアタシ。
そんな二人の模擬戦に、他の訓練生が注目しない訳がなく。
「ら、ランディ……アンタ、そこまでして一番って立場を守りたかったの、か──」
そこまでの過程を踏まえ、アタシがまず最初に導き出した結論を口にするも。
言葉にした時点から既に、アタシが実際に知るランディの人物像とあまりにかけ離れていた内容であると気付いて。
アタシは言葉を途中で止め、ランディから目を逸らしながら首を左右に振って。今自分の口から溢れた言葉を否定する。
「いや……これでもアンタとは半年、一緒にいたんだ。そんなつまらないコトに拘る輩じゃないッての」
「……否定してくれて、助かった」
ふと、顔を上げたアタシの目に映ったのは。何故か泣き出しそうなランディの表情だった。
先程まで呆れた顔をしていたにもかかわらず、だ。
「好きな女にそんな勘違いを続けられてたら、きっと俺の心はぽっきりと折れてただろうさ」
「──ゔ、ッ」
夜の訓練場で憂さ晴らしに剣を振るう程に、悲観的な気持ちになっていたのはアタシなのだが。
考えてみれば、男女として好意を向けている相手に「好意より名声を気にする男」と評されたとしたら。
逆にアタシがランディに同じ事を言われでもしたら、今のランディと同様の表情と感情になるのは間違いない。
「そ……その、わ、悪かったよ」
即座に否定したとはいえ、さすがに意図が伝わる程度にはランディを傷付ける言葉を口にしてしまったのだ。
アタシは落胆の表情を浮かべるランディに、謝罪の言葉を告げる。
すると、ランディもまたアタシと同様に両膝を地面に着けて座り込み、アタシと目線の高さを合わせると。
「……いや、まさか俺も。アズリアが俺に勝つ事に、そこまで執念を燃やしてたなんて、気付いてなかったんだ」
「ランディ」
「お前の気持ちに鈍感だった俺も悪かった」
謝罪を受ける側であったランディが、何故か頭をアタシへと下げたのだ。
何度も模擬戦で負け、勝利を掴む事に焦りを抱いたアタシの心情を把握出来なかった、その謝罪を。
そしてランディは、アタシの疑念であった腕の骨が折れてまで勝ちを拾いたかった理由に触れた。
「好きな女より強い男でありたかった。俺がお前にどうしても勝ちたかった理由ってのは、それだけだったのに」
「それが……アンタが勝ちたかった理由、なのかい?」
「そうだ。お前より強くなかったら、お前を守れないだろ?」
ランディの説明を聞いて、アタシは後頭部を激しく殴られたような衝撃を心に受けた。
「アタシを、守る……」
アタシが強さを求めていたのは、ただ養成所で学んだ技術や知識が結果として見えるのが愉しく思えたから。
つまりは、あくまで自分本位。利己的な理由でしかなかったが。
ランディは違っていた。他人であるアタシを守る、という目的で強さを求めていたのだから。
単に視点の違いだけではない、いわば人物としての器の広さ、大きさにランディとの差を感じ。
一瞬、放心してしまったアタシは。
「半年前、俺はアズリアを守れなかった」
直後、こちらへとランディが伸ばしてきた手に何の反応も返す事が出来ず。
ようやく我に返った時には、ランディの指が髪に隠れていた側頭部に触れた。
正確には、側頭部にある傷痕に。
「俺がもっと、あの悪名付きよりも強ければ……アズリアに傷を残す事もなかっただろうから」
ランディが言う通り、側頭部に残っていたのは半年前の死闘で、悪名付きが振るう巨大な棍棒の一撃が直撃した時の傷だ。
ヘクサムに帰還して、養成所の治癒術師の魔法で治療を受けたのだが。
治癒術師の魔法の熟練度や、傷を受けてからの時間が経過し過ぎていた事など不運が重なり。アタシが受けた傷は綺麗に治療する事が出来ず、肌に醜い傷痕を残す結果となってしまった。
とはいえ、棍棒の直撃を頭に喰らったのは。悪名付きの強さを軽視し、先制攻撃を不注意に仕掛けたアタシの未熟さ故だ。
ランディの責任など微塵もない。
負傷しても誰にも心配などされなかった過去のアタシは、傷が残った事を心配してくれたランディの気持ちが嬉しかった反面。
ありもしない責任をランディに背負わせる事はまた別の話だ。
だからアタシは、勝手にランディが背負い込もうとしていたのを否定しようとしたが。
「い、いやッ……この傷はアンタのせいなんか、じゃ──」
言葉を発した瞬間。
「……ッ⁉︎」
髪に触れていたランディの顔があまりに近過ぎ、鼻息を感じる程の距離だと知ったアタシは。
慌てて、髪に触れていたランディの手を払い退けると。座った体勢のまま後方へと退がり、距離を空けていった。
「ち、近いッ? 顔が近いッてえのランディ!」
ただ距離が近い、というだけなら別にアタシも焦りはしなかっただろう。
しかしランディは、鼻息を感じる程の距離から。さらに距離を縮め、顔が迫っている事を察知したのだ。
まるで、アタシの口唇に自分の口唇を重ねようと。
ランディの告白を受け入れ、男女の関係となってからアタシは。この半年の間に何度も、ランディと口唇を重ねていたが。
さすがに今、アタシが自分勝手にランディに抱いていた劣等感を吐き出したばかりの場で。何事もなかったように接吻を交わす程、アタシは無節操な性格ではない。
「はぁ、はぁ……まったく、油断も隙もないッ……」
だが、しかし。
今のやり取りも含み、一連のランディとの会話で。
「……あれ?」
胸中に、まるで汚泥のようにへばり付いていた醜い感情が。残らず剥がれ落ちたかのように気持ちが軽くなっていた事に──アタシは気付いた。
その時だった。




