3話 アズリア、劣等感を吐露する
初めてのランディとの模擬戦では、驚くほど呆気なく決着が付いてしまった。
アタシが力任せに何度も振るう剣の威力を、どうにか剣で受け流しながら耐え凌ぎ続けていたランディだったが。
徐々に力負けし、ランディの体力や精神力は削られていた。
あと一撃。
次の攻撃でランディの防御を崩せる、と確信していたアタシだったが。
常に渾身の力を込め重い両手剣を振るっていた事で、同時にアタシの腕力や体力も疲弊させていた。
寧ろ、調子に乗って大振りになっていた分、アタシの体力の消耗こそ激しかったのだろう。
息切れを起こした一瞬の隙を突かれ、ランディの鋭い切先がアタシの首元に突き付けられた。
あの時は、アタシとランディとの実力は僅差であり。次の模擬戦こそは勝ちを拾えるだろう、と軽く考えていた。
何しろアタシの剣は技術や知識の裏打ちのない、未熟な剣なのだ。養成所で足りない技術と知識を埋めれば、もっと強くなれるという確信があったからこそ。
しかし、日々の鍛錬で剣の技術を補えば補う程に。アタシとランディの実力の差は僅かずつではあったが広がっていった。
最初の模擬戦ではアタシの剣で受けた途端に、後方に怯んでいたランディだったが。二戦目、三戦目と回数を重ねる毎に、アタシの渾身の一撃を簡単に受け流すようになり。
六戦目となった今日の模擬戦では、ついに剣ではなく蹴りを腹に喰らって敗北してしまったのだ。
思い上がりなどではなく、日々の鍛錬でアタシの剣の技術は間違いなく向上していたのは。
サバランの盾による防御やイーディスの高速移動にも対応出来るようになり、他の訓練生相手であれば本気を出さずとも模擬戦では圧倒する結果を出していた事で実感していた筈だったが。
ランディに対しては、まるで真逆。
アタシが剣技を磨けば磨く程、養成所で手に入れた技術を使えば使う程。
寧ろ、ランディとの距離が遠くなっていく感覚すら覚えていた。
「負け続けて……少しだけ、ナーシェンの気持ちが理解出来たよ」
「……アズリア」
顔を伏せ、肩を掴むランディを見ないままアタシは。
半年前、アタシら四人を養成所の外で襲撃しようと画策した同じ訓練生・ナーシェンの名前を口にする。
ナーシェンが襲撃という凶行に走った直前の動機こそ、彼が同室への勧誘をアタシが拒絶した事だったが。
ナーシェンの根底にあったのは、ランディに模擬戦で敗北を喫し続けた事で。帝国貴族としての自尊心の高さ、傲慢さを見事に砕かれた──のが起因だと聞いていたからだ。
さすがにアタシは、ナーシェンのようにランディを排除してまで自分の優位性を確保したい……という心情までは今なお理解出来ないが。
あらゆる手を尽くしても、なお目標に手が届かず。寧ろ実力差を離されていく彼の焦燥感だけは、痛い程に理解が出来てしまった。
何より、アタシが悲観的な感情に支配されていたのは、今日の模擬戦の決着にであった。
ランディがこれまでの五戦のように剣で、ではなく。腹に渾身の蹴りを放つという手段に。
「何しろ、今日の一戦じゃいよいよアタシに勝つのに──剣を使う必要がない、と言われたような決着だったからね」
「それは違うぞ、アズリア」
そう言われ、顔を上げたアタシの眼前で。
着ていた制服の、利き腕である左腕の袖を捲り上げていくランディ。
「何が違うッてんだい」
「これを見ろ」
すると剥き出しとなった左手には包帯と、しかも添え木までが一緒に巻かれていた。
「ど、どうしたんだよ? この腕の怪我はッ!」
巻いていた包帯に血が滲んでいない、という事は斬られたり刺された傷ではない、という事だ。
一方で、包帯と一緒に巻かれている添え木は。骨が折れたか、肘や手首を痛めたかの時に固定するために使われる応急処置の道具だ。
つまり今ランディは、左腕を何らかの理由で痛めているという事を言いたいのだ。
「まあ、模擬戦の後に治療してもらって、骨は繋がったんだが。まだ添え木はしておけと、治癒術師に言われててな」
「ま、まさか、腕を痛めたまま、アタシと戦ってたのかよッ?」
だが、模擬戦でアタシはランディの左腕に有効な一撃を浴びせた記憶はまるでないし。他の訓練生との勝負で、左腕を負傷したというのも考え難い。
加えて、模擬戦の後は食事、そして部屋での休息とほぼランディとは一緒にいたが。腕を負傷するような事態に遭遇はしていなかった。
となれば、模擬戦の前にランディは既に腕を負傷していたとしか考えられなかった。
「違う」
しかし、アタシの推測をランディは左右に首を振って即座に否定し。
先程、アタシの肩に置いていた右手でこちらを指差しながら。
「俺が腕を痛めたのは、お前の剣を受け流せなかったからだ」
「アタシの? 剣で?」
予想だにしなかったランディの回答に、アタシは間抜けな程に声を裏返らせてしまう。
これまで六度の模擬戦で、ランディがアタシの剣を受け流した回数は一〇や二〇ではないし。その全てを涼しい顔で受け流していた筈ではないか──なのに。
「だって、アンタはいつも、アタシの剣を軽々とッ──」
「勘違いするなよ。アズリアの剣を『軽い』なんて思った事は、最初の一戦からただの一度もないぞ」
こうしてランディと言葉を交わすまで、模擬戦を重ねる度に実力差が開いていく……と感じてしまい、劣等感に打ちのめされていたアタシだったが。
ランディの言葉で、これまでの思い込みが次々と崩壊していく。
何しろ、軽々と受け流されていたと思い込んでいたアタシの攻撃は。ランディの腕に多大な負担を与えていた事が分かったからだ。
「これまでに六戦。アズリアと模擬戦で剣を交えて、威力が上がり続けるお前の剣で、戦いを終えてしばらくは腕が痺れてたが──」
言われてみれば、ランディが模擬戦を終えた直後はいつもサバランやイーディスに腕を揉まれていた事を思い出す。
あの当時は、アタシに勝利した事を二人に歓迎されていた行為かと見過ごしていたが。まさか痺れていた腕の感覚を戻す応急処置だとは。
「ついに威力を殺せなくなって、腕が折れた……というわけだ」
「もしかしなくても。蹴りで勝負を決めたのは」
「使いたくても、使えなかったんだよ」
確かに、ランディのこれまでの発言が全て事実であるなら。利き腕の骨を負傷した時点で、剣を振るえる筈がないのだ。
下手に剣撃を繰り出せば、ランディの負けになってしまう。
というのも、模擬戦には一つの決まり事があり。
「何しろ模擬戦じゃ剣を地面に落とせばその時点で負け。あの時は手から落とさず握ってるのが精一杯だったからな」
「そうか……だから、蹴りを」
つまりは、腕の骨が折れてもアタシに勝ちたかった執念こそが、腹への蹴りだったのだ。
アタシが想定した「剣を使うまでもない」という動機とはまるで逆。
ランディから勝利を掴みたいと真剣に願い、努力していたアタシに。真っ向から衝突してくれていたランディの態度と意図を知れて、心が救われた気がしたが。
その一方で、一つの疑問が湧き上がる。
「けど、何でそこまで勝ちたかったんだッてんだい?」
ランディに勝ちたい一心で夜な夜な剣を振るうのを日課にし、敗北に劣等感を覚えてしまう程のアタシが言うのも何だが。
腕の骨が折れてまでも、アタシに勝利したかったランディの執念は一体どこから湧いてくるのか──その動機を知りたくなったのだ。
すると、溜め息を一つ吐いたランディが。
「そんなの……アズリア。お前が相手だからだよ」




