151話 アズリア、酒宴の席に意識を戻す
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ヤマタイはシラヌヒ城。
魔竜に勝利した宴の席に舞台は戻り。
「……てなコトがあって、一六歳の頃のアタシはランディと交際したんだよねぇ」
杯に注がれた酒を一気に呷ったアタシは、過去の思い出話に一旦の区切りを入れた。
最初は軽く話してやるつもりだったが、酒が入った事で予想以上に話に熱が込もり、長くなってしまったからだ。
「なるほど……な、そんな過去がお前にはあった、というわけか」
「まあ、退屈な話だっただろ」
過去の話を聞きたい、と希望したカムロギを始め、一緒にいたユーノやフブキも。自分とは全く関連のない話題が長々と続けば、さすがに飽きているだろう。
そう、アタシは思っていたのだったが。
「ねえっ、おねえちゃん! それでそれでつづきはどうなったの?」
「へ、ッ?」
身を乗り出して顔を近付けてきたユーノは。アタシの予想に反し、話の再開を心待ちにしている態度を見せた。
見ると、ユーノの前に並べられた皿の料理や酒杯は、回想を語り始める前から少しも減っていない。宴の食事や酒をあれだけ絶賛していたユーノが、である。
つまり、それだけ熱心にアタシの話を聞いてくれていたのだ。
しかも予想外の反応を返してきたのは、ユーノだけではなく。
「そっか……アズリアが剣の腕だけじゃない、心も強い理由が話を聞いて分かった気がするわ。ねえ、姉様?」
「ええ。今の私たちと同じ年齢で、まさか……それ程の艱難辛苦を乗り越えていたとは……」
フブキの隣にはいつの間にか、姉でありカガリ家当主でもあるマツリが並んで話を聞いていた事に驚く。
しかも、ユーノと同様に姉妹二人もまた、皿に盛られた料理に一切口を付けていない様子だったが。
「「ねえアズリア(様)っ、話の続きはまだ(ですか)?」」
アタシの視線に気が付いた二人は、姉妹らしく声をピタリと揃え。回想話の再開をユーノと同じく急かしてきたのだった。
だが、アタシが一番驚いた反応はというと。カムロギでもユーノでも、ましてやフブキ・マツリの姉妹でもなく。
「うう、ぅぅぅっ! な、何という事でしょう! そんなっ、そんなっ……」
何と、顔を両手で覆っていたお嬢が、ボロボロと大量の涙を流し。話の邪魔にならないように声を殺しながらも号泣していたが。
アタシの話が終わった事で、抑えるのを止めて大きな声で泣き始めたのだった。
さすがにユーノやカムロギらも、突如として号泣し出したお嬢の反応に呆れ果てたような顔を浮かべる。
「ち、ちょ? おまッ……な、何、大泣きしてんだよ、お嬢ッ──」
アタシは慌てて、大粒の涙を流し泣いているお嬢を落ち着かせようと声を掛けるも。
どうやら人前で泣き出す程の感情が収まる様子はまるでなく、それどころか。
「で、ですがっ! あの時、私が素直にお前を保護しておけてればっ……そのような劣悪な環境になど置かせませんでしたのにっ」
「そ、そりゃあッ──」
この時アタシは、後もう少しで。
『故郷の連中の態度の増長は、ほぼお嬢が原因だろうが』
と言葉にしてしまうのを、何とか喉の時点で押し留める。
既に謝罪をされ、アタシが許した以上は。誰が原因だったかを掘り下げるのは得策ではない、そう思ったからだが。
するとアタシの、いや……お嬢の横からスッと。四角く折り畳まれた絹の手巾がこちらへと差し出された。
「アズリア様、これをお使い下さい」
差し出したのは、お嬢の女中としてずっと一緒に行動していた、セプティナだった。
絹の生地は、市井には殆ど流通してはいない高級品。それは大陸だけでなく、この国でも同様だ。
「あ、ああ……ありがと」
無言ながら、セプティナの眼差しからは。「絹の手巾でお嬢の涙を拭け」と言われているに等しい眼圧を感じたので。
「ほら、泣くんじゃないッての」
「ううう……でも、アズリアぁ……」
実際には言われてないが、女中の希望通りにアタシは。まだ泣くのを止めないお嬢の目に手巾を当て、涙を拭き取りながら。
その手で、お嬢の頬を布越しに撫でた。
「あのなあ。確かに苦労はしこたま積んだかもしれない……けどな、アンタに哀れまれるほど、アタシの過去は不幸じゃないんだよ」
その言葉は、決してお嬢を落ち着かせる目的で吐いた嘘ではない。
確かに、一つの街の住民全員に敵意を向けられるという環境は。今あらためて考えても背筋が寒くなる話だ。
もう一度経験したいか、と問われたら即座に拒絶するだろう。
だが同時に。
もし仮に、母親にも街の住民にも拒絶されなかったとしたら。アタシは養成所に行く事なく、戦う術を学べなかったかもしれず。しかも世界を旅する事を選ばなかった可能性が大だ。
「だからこそ。アタシは今、ここにいるんだ」
だとすれば、ユーノとの魔王領での邂逅もなかった事になるだろうし。
この国で、フブキやマツリを魔竜から助け出す事もなかっただろう。
「お嬢、アンタだって。アタシがそんなつまんない女だったら、きっとアタシのコトなんて気にも留めなかっただろうよ」
「そ、そんな事ありませんわっ!」
それに、敢えて口にはしなかったが。
まさかお嬢との和解が成立し、普通に会話を交わせるなんて機会にも恵まれなかっただろう。
「──なあ、アズリア」
すると、これまで会話の輪に加わらずこの国の武侠らを囲みながら酒と料理を楽しんでいたヘイゼル。
落ち着いたら精霊樹が繋ぐ「道」を使って、大陸へと帰還するアタシには同行せず。この国、マツリの元に残ることを選んだ彼女だが。
突如、アタシらの会話に割って入ってきたのだ。
「お前さんの話がホントだとして。だったら帝国の兵士になってなきゃおかしいっての」
ヘイゼルの指摘は、この場にいた誰もが想定していなかったようで。
ユーノやフブキ、マツリやカムロギも「あ」という声を漏らし、全員の視線がアタシに集まる。
「……養成所で、まだ何かあったんだろ?」
「そう言えばっ──」
そして先程まで泣いていたお嬢が、何かを思い出したように声を上げる。
そう。
ローゼベリもヘクサムも、お嬢の公爵家が統治する白薔薇領だ。だとすれば知らない訳がないのだ。
ヘクサムが辿った、その結末を。
「私の記憶が確かなら……ヘクサムは壊滅した、はずでは」
「ははッ……やっぱ、知ってたかい」
唖然としながらお嬢が漏らした呟きを聞きながら。
アタシは黙って、空になった自分の杯に酒精が強い酒を選び、静かに注いでいった。
「じゃあ、続きを話そうか。アタシと養成所の仲間たちがどうなったのか、をねぇ──」
この投稿でこの作品は連載五年を迎え、明日から六歳となります。
と同時に第10章も完結です。前回の章で400話も長々と続けた事を反省し、一旦区切ろうかと。
11章は回想の続きとなりますが、舞台は帝国だけでないと今のうちに言っておきます。
後、合間に軽い外伝を挟めたらいいかなと。




